6月11日(木) 17:00
今日までやらずに生きてきた。取材の仕事があり、嵐山へ向かった。取材後いつものように、幸運にも琴ヶ瀬茶屋に行くことができた。恵まれた天気の日に当たってとてもありがたかった。このあと私は、「嵐山モンキーパーク」に行こうと思っている。嵐山に来るたびに気にはなっていたものの、今まで一度も行ったことのない場所だった。
「いつまでもいられますね」「いつまでもいられるよね」
午前9時半ごろ、私は京都の嵐山(あらしやま)にいた。阪急嵐山駅の改札を出て、桂川(かつらがわ)のほうへと歩く。昨日までの数日間は天気が不安定だったが、今日はよく晴れている。風も涼しく、こんな日に嵐山に来ることができたのは幸運だと思った。
ここにいるのは取材のためで、10時から、渡月橋(とげつきょう)の近くの神社で神職を務めている方にお話を伺うことになっていた。自分には珍しく時間に余裕を持って到着することができたので、ゆっくりと目的地のほうへ向かった。
待ち合わせ場所として指定されていた神社の境内には、すでにYさんがいた。Yさんは今回の取材の同行者である。というか、この仕事は、Yさんがテーマを設定し、そのテーマに関連する専門家の方々にアポイントメントを入れて、そして私が話を聞いて記事としてまとめるというもので、つまりYさんが中心的存在で、私はそれをサポートする係、という感じなのである。
「今日の取材がうまくいきますように」とお詣りをしてから、境内の一角にある社務所のインターホンをYさんが押す。しばらくして、今日インタビューさせていただく相手が現れ、室内へと迎え入れてくれた。
インタビューはくだけた雰囲気で、いつも緊張しがちな私も割と落ち着いた気持ちで進めていくことができた。日本の歴史や京都の街のなりたちに関わる話も多く、そういうときに自分の学のなさが嫌になったが(私がそこら辺に詳しければもっと話を掘り下げられたのに、と悔しかった)、とにかく、予定をオーバーして1時間半ほど、たっぷりとお話を伺った。
「貴重なお時間をいただきありがとうございました」と挨拶をして先方と別れ、Yさんと私は琴ヶ瀬茶屋(ことがせぢゃや)へと向かう。
琴ヶ瀬茶屋は大堰川(おおいがわ)(桂川は流れの場所によって呼び名が変わり、渡月橋より上流は大堰川と呼ばれる)沿いにある川べりの店で、多くの観光客が利用する川下りの船に飲み物や食べ物を販売しに行く“売店船”の拠点であり、飲食スペースも兼ねたような場になっている。
Yさんからは事前に「取材のあと、予定がなかったら琴ヶ瀬茶屋に行かない?」と言われていたから、今日は最初からそのつもりだった。ただ、川が近いうえ、半ば露天のような店なので、悪天候であれば営業は休みになる。梅雨の時期だし、行けたら儲けものぐらいに思っていたのが、恵まれた天気の日に当たって、ありがたいことである。
瓶ビールとグラスふたつをもらい、ついさっきまで真顔で仕事をしていたのにもう乾杯しているのが面白い。
背後に迫る山と目の前の川の、ほんの少し隙間に張り付くようにして小上がりの席がいくつか設けられているこの店。出てくる料理や販売されているドリンク類は特に凝ったものではないが、この場所で味わうだけで、他と比べようのない特別なものになる。
しばらく静かにスマートフォンを操作していたYさんが「よし、自慢が終わりました」と言う。仲のいい友人に「今、こんな場所で飲んでます」と写真を添えてメッセージを送ったらしい。川面に反射した陽光が、すぐ目の前に停まっている売店船の舳先に複雑な縞模様を作っている。それが揺れるのを眺めながら、たしかにこの状況は誰かに自慢したくもなると思う。
Yさんは昨日まで仕事の用事で東京にいたらしい。昼間の上野を歩いていたら警察に職務質問を受けたそうで、それはYさんの人生でも初めてのことだったらしい。
「荷物を開けて見せてもらえませんか?って言われて、嫌ですって言って」
「嫌ですって言ったんですか」
「パソコンが入ってるだけだし、嫌ですって」
「そんなふうに突っぱねられるんですか?ややこしくなりませんか」
「いや、ならないよ。そういうルールだから」
「ほら、何か法に触れるものを持っているわけじゃないから、見せても別に……」
「何も持ってないよ。でもそういう問題じゃないんだよ。名前とか職業を聞かれるのもさ、個人情報を聞こうとしているわけだから、こっちも聞く権利がある。あなたのことをちゃんと聞いて、そしたらこっちも教えますって」
「すごいですね。そんなふうに言ったら面倒なことになりそうで」
「ならない、ならない。そうですか、わかりましたって去っていったよ」
と、そんな話を聞いていると私たちが注文したおでん盛り合わせといか焼きが運ばれてきた。持ってきてくれた方はたまにお店を手伝っているんだそうで「ここは空気が美味しいでしょう。ここで仕事しているからどんどん元気になって、もう80歳ですよ」とツヤツヤしたお顔で笑う。山に抱きかかえられるような場所にあるこの茶屋はいつ来ても涼しい。遮るもののない渡月橋あたりの強い日差しを感じて来た感覚からすると3度か4度ぐらいも気温が低いように思える。「いつまでもいられますね」「いつまでもいられるよね」と同じことばかりふたりで繰り返した。
「これからモンキーパークに行こうと思うんですよ」
瓶ビールをもう1本追加し、それも飲んで缶チューハイをそれぞれ1缶ずつ。湯豆腐も注文して、お店の人が川べりに居ついている大きな鯉に食べ物をあげているのを眺める。鴨が一羽、優雅にやってくる。その鴨には名前がついているそうで、お店の方がその名を呼ぶのだが、もう一羽、反対方向からやってきた鴨と見分けることが私にはできない。
このチューハイを飲み終わったら「嵐山モンキーパーク」に行こうと私は思っている。嵐山に来るたびに気にはなっていたものの、今まで一度も行ったことのない場所。モンキーパークというからには、猿がいるのだろう。一度、テレビを見ていたらロケ地としてそれらしき場所が映っているのを見たことがあるような……しかし記憶は定かではない。
「これからモンキーパークに行こうと思うんですよ」とYさんに言ってみる。山の上にある施設らしいから行くだけで少し疲れるかもしれないし、そもそもそのような観光スポットにYさんが興味を持っているとは思えなかった。だから「あ、そう。じゃあ僕はここで」と、そんな返事があるだろうと予想していたのだが、「いいね。行こう」とYさんは言った。私と同じく、一度も行ったことがないらしい。
会計を終え、またこんな日に来たいと琴ヶ瀬茶屋を何度か振り返りながらモンキーパークの入口へと向かう。入園料は大人ひとり800円。入口に列をなす人がいて、近くにはこれから入園するらしい団体客がいて、かなりの盛況ぶりである。
「山頂まで20分ほどかかります」というようなことを書いた貼り紙が入口に貼ってあったのを見た。なるほど、ゲートをくぐるといきなり長い石段の道である。
私たちとすれ違う、つまり山を下って出口へと向かう人々を見ていると、海外からの観光客がすごく多いことがわかる。8割か9割かは海外の家族連れやふたり組に見えて、「海外旅行に来たみたいで楽しいね」とYさんが言う。色々な国の、それぞれに少しずつ違う響きの言葉が聞こえてくる。
よく整備された登山道を歩いていくような感じで、森林の澄んだ空気が美味しく感じられるのだが、さっきまでのん気に飲んでいた時間と違って、なかなかの運動である。すぐに息が上がり、空気の美味しさがどうとか、そういう状態ではなくなってくる。
道の途中にいくつも休憩用のベンチが置かれていて、私よりだいぶ年上のYさんが「ちょっと休憩していい?」とそこに座る。向かいのベンチには親子だろうか、年の離れていそうなふたりが座ってのんびりと言葉を交わしている。会話の内容はわからないが、フランス語のように聞こえた。
「海外には動物が放し飼いになっているような場所が珍しいんだって。だからすごく面白いみたい。奈良の鹿とかさ」と隣でYさんが言う。実際にここに来るまで、なんとなくあまり人のいない、レトロな遊園地みたいな場所を想像していた私だったが、まさかこんなにも人気の観光地になっているとは思わなかった。というか、嵐山に来るたび、「山もあって川もあって、風光明媚みたいな感じの場所だけど、それにしても海外の人はここで何をして過ごすんだろう」と不思議に思っていた。有名な竹林の道やいくつかの寺院以外に、「これが最高!」という見どころはあるのだろうかと。みんな、モンキーパークに集まっていたんだな。
やっと山頂付近にたどり着くと、いきなり周囲に猿たちが現れた。
山頂からの眺望は素晴らしく、私たちはまず猿よりそっちに見惚れてしまった。「あれが愛宕山(あたごやま)で、あっちが比叡山(ひえいざん)だね。こんな見晴らしがいいと思わなかったよ」とYさん。
モンキーパークは1956年に開業し、以来、“嵐山群”と呼ばれる約120頭のニホンザルを一頭ずつ識別し、観察し続けてきたらしい。閉園は16時半だが、猿たちが早めに山に帰っていくことも多く、15時を過ぎている今だからか、それほど猿の姿は多くなかった。
ただ一か所、山頂にある休憩所の建物の周りには猿たちがたくさんいて、それはその休憩所で猿にエサやりができるかららしかった。私たちもそこに入ってみることにする。
それほど広いスペースではないが、そのなかに多くの観光客が集まり、手渡しで猿たちにエサをあげている。
リンゴを細かく刻んだものと落花生とが、猿のエサとしてそれぞれ100円で販売されていた。スタッフの方が「この時間帯はリンゴのほうがよく食べるかもしれないです」と教えてくれたのでそっちを購入してみる。
休憩所の周囲に張り巡らされた金網の隙間から猿にエサをあげられるようになっている。なかにはまだ小さな子どもの猿もいて、みんなその小さな子にエサをあげようと頑張っているようだ。
私もその周囲の人々を真似て、金網の近くに寄ってきた猿にリンゴのかけらを渡してみた。小さな手で、しっかりとリンゴのかけらを受け取り、淡々と食べている。
そこで売られていたリンゴを買って、ただ隙間から猿に渡したという、それだけのことなのに、なんだか楽しい。
室内には海外の家族連れがたくさんいて、小さな子どもたちも大勢いる。その子たちは、日本に来て嵐山という場所で猿にエサをやったことを、ふと、大人になって思い出したりするのだろうか。
「どこか一か所でのんびり過ごすような仕事に憧れるんだけど、そんな日が来るかな」
休憩所を出て、しばらくじっくりと猿たちの様子を眺めた。毛づくろいをしている2頭の猿。1頭でうろうろしている猿。色々な姿がある。
高台に小屋があって、そこでスタッフがひとり、立ち入り禁止エリアに入っていく人がいないか、監視しているようだった。禁止事項に該当するような行動をする人がいないか、チェックしているようではあるが、基本的にはただそこにいるという感じで、何かあれば対応するという立場なのかもしれない。
Yさんがそれを見て、「あんな仕事がしたいよね」と言う。私は「え、ここにずっといるのは結構大変そうじゃないですか?夏は暑そうだし、冬は寒いし」と返したが、たしかにその簡素な作りの小屋は、つげ義春のマンガに出てきそうで、魅力的に見えた。
Yさんはもうすぐ定年を迎えるので、この先の人生について考える機会が多いらしい。さっき琴ヶ瀬茶屋で働いていた80歳になるという方は、65歳までは8時間勤務の仕事をずっと続けていて、それ以降も、何か手伝いのできる場所をあちこちに探しては働いてきたと言っていた。「なんかして働かな、ボケますからね」とも。
「どこか一か所でのんびり過ごすような仕事に憧れるんだけど、そんな日が来るかな」と言っているYさんは、絶対にそんな時間に耐えられないのではと思うほどフットワークが軽く、本業の合間を縫って海外旅行に出掛けたり、日本各地をめぐったりと忙しく過ごしている。
膝がガクガクする感覚を味わいつつ、山を下り、嵐山駅から電車に乗ってひと駅、松尾大社駅で下車する。お酒の神様として有名なこの神社は、今朝の取材にも関連があり、この機会に行っておきたいと思っていたのだ。Yさんは何度もお詣りに来たというが、私はここに来るのが初めてだった。
お酒を飲んで文章を書くような仕事をしているのだし「いつもお世話になっております」と手を合わせておこう。
駅を降りてすぐ大きな鳥居が見える。広い境内では、大勢の人が集まって日本酒を飲み比べるイベントも開催されていると聞く。
境内の一角には「亀の井」という湧き水があり、自由に汲んでいけるようになっている。持っていたペットボトルを空にして、そこに汲んでいくことにする。ひと口飲んでみると、口当たりが柔らかく、美味しい気がする。
延命長寿のご利益があると昔から伝わってきた水らしい。私は一体いくつまで生きていくんだろうか。65歳も遠い、80歳なんて想像もできない。
境内にある売店や「お酒の資料館」という施設は時間が遅くてもう閉まっており、振り返ってみれば、どう考えても私たちは琴ヶ瀬茶屋でのんびりし過ぎていたのだった。「どこも開いてないね。まあいい!これはさ、また出直しなさいという神様のお導きでしょう。また来よう」とYさんが言い、駅までの道を引き返すことにした。
帰りの電車をいくつか乗り継いでいきながら、途中、ちょうどいいタイミングで水無瀬駅に停車する電車に乗ることができた。水無瀬駅前には高橋商店という、Yさんも私も大好きな角打ちがある。「これも神様のお導きじゃない?1時間ぐらい飲んでいこう」と、さっきまで帰るつもりだったのにそこで電車を降り、軽く飲んでいくことにした。
水無瀬もまた水のいい街で、高橋商店で飲むウイスキーの水割りは、明らかに他で飲むのとは違うのだ。近くの神社に湧き水があって、やはりそこも水を汲みに来る人が大勢いるようなスポットになっている。この水割りもきっと私の寿命を少し伸ばしてくれるに違いないと思いながら、ありがたく飲む。今日一日でだいぶ長生きすることになった。
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スズキナオ『今日までやらずに生きてきた』次回最終回第24回は6月25日(木)17時配信予定
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