「いつもの感じで投げていいですか?」 豪雨のブルペンで東浜巨が見せた大物感と、手のひらの骨がきしむほどの剛球

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「いつもの感じで投げていいですか?」 豪雨のブルペンで東浜巨が見せた大物感と、手のひらの骨がきしむほどの剛球

6月10日(水) 10:05

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流しのブルペンキャッチャー回顧録

第9回東浜巨(ソフトバンク)

あの土砂降りのなかでの"捕球"は、きっと一生忘れないだろう。それくらい、今でもはっきりと覚えている。

沖縄尚学高の東浜巨(なお)が3年生になる直前の2008年2月、私は沖縄へと向かった。ちょうどプロ野球の春季キャンプが行なわれている時期だった。

めったに訪れることのない沖縄である。この際、プロ野球キャンプも時間の許すかぎり取材し、原稿の題材にしたい。そしてなにより、野球をもっと深く学びたいという好奇心が、胸の奥からふつふつと湧き上がっていた。

プロ野球のキャンプは、宜野湾の横浜(現・DeNA)と浦添のヤクルトを訪れた。ブルペンでは捕手に最も近い位置に陣取り、工藤公康や寺原隼人ら一流投手たちのボールをこの目にしっかりと焼きつけた。

そして、次に向かったのが沖縄尚学だった。この2カ月後に選抜優勝投手となる東浜のボールを受けることになるのだが、プロのスピードに目を慣らしておけば、そんなに驚くこともないんじゃないか......"決戦(ボールを受ける日)"の前は、こっちだっていろいろ考えるものだ。今の球児たちがよく口にする「最高の準備」というやつである。

沖縄尚学時代の2008年春の選抜大会で優勝した東浜巨photo by Katsuro Okazawa

沖縄尚学時代の2008年春の選抜大会で優勝した東浜巨photo by Katsuro Okazawa





【嵐のなかでも動じない大物感】東浜と相対した日は、朝から激しい雨に見舞われた。熱帯特有のスコールというやつだろう。今でいう「ゲリラ豪雨」に近い。360度、見渡すかぎりが雨の幕に覆われ、南国の鮮やかな景色はすっかり白く霞んでいた。

これはさすがに無理だろう......そんな空気が漂うなか、比嘉公也監督から届いたメッセージは、「屋根付きブルペンなのでやれます。お願いします!」だった。

こうなれば腹をくくるしかない。選手寮からほど近いブルペンまで歩いただけで、ユニフォームのズボンもスパイクもずぶ濡れになった。その上からプロテクターとレガースを身につけ、捕手の位置に立った。

レギュラーキャッチャーで、東浜の1学年後輩の嶺井博希(現・ソフトバンク)が付き添ってくれた。

「ボール濡れますから、自分が拭きます」

ありがたい......。気配りと心配りのできる嶺井は、天性のキャッチャー気質を備えている。

ブルペンの屋根を叩く豪雨の音が怖いほど響いていた。高校ナンバーワン右腕との"決戦"を彩るBGMとしては、これ以上ない。もはや気分は、土砂降りのなかへワーッと駆け出していくような一種の極限状態......つまり、ヤケクソである。

「いつもの感じで投げていいですか?」

「もちろんだよ!」

マウンドに立つ東浜だけがフラットだった。屋根を打ちつける雨音も、周囲のざわめきも、まるで存在しないかのように淡々としている。嵐のなかでも動じないその姿に、なんともいえない大物感があった。

182センチの長身痩躯に、真っ白な練習用ユニフォームがよく映える。五厘に刈り上げた頭は小さく、顔立ちも驚くほど端正だ。

つい見とれていると、立ち投げの初球がもうそこまで来ていた。

フォームは、その頃からすでに絶滅危惧種になりつつあったワインドアップ。グラブの中にしっかりとボールを隠し、左足をこちらへ向かって踏み出しても、最後まで胸を見せない。いわゆる閉じた、開かないフォーム。このメカニズムなら制球を乱すことはないだろう。捕手としても不安はない。構えたミットを信じて、安心して待っていられる。

それにしても、なんだ、この捕球の衝撃は!

スリムな体躯から繰り出される、きれいな右のオーバーハンド。見た目の印象から、「パチン!」と軽快な音を立てて収まるタイプの球かと思っていたら、「ガツーン!」という衝撃が手元を突き抜けたのである。浅く握って前で弾くように投げる球ではない。指を深くかけ、リリースの瞬間に指先へ力を込めて、ボールを最後まで押し込むように投げる。まさに"剛球"だった。

【天才的な指先の感覚】いよいよ腰を下ろして、本気のピッチングが始まった。



「外いっぱいでお願いします!」

とりあえず「投げればいいんでしょ」といった気配はまったく感じられない。一気に眼光が鋭くなっている。

初球。外角いっぱいに構えたミットへ、ボールはピシャッと吸い込まれてきた。ボールは雨で濡れ、マウンドの足元も緩んでいる。投手にとっては最悪に近いコンディションのはずだ。それでも東浜の投球からは、そんな状況を言い訳にしようとする気配がまるで感じられない。

むしろ、こういう状況だからこそ、東浜のなかにある特別なアドレナリンが静かにたぎっているように見えた。ミットを構えているこちらのほうが、その熱量に煽られてしまうほどだった。

とにかく威力がとんでもない。ボールの硬さが普段の倍ほどに感じられる。受けるたびに手のひらの骨がきしむ。ミットに収まるのではなく、めり込んでくる。

「調子いいみたいです!」

東浜が微笑む。

寮で着替えている時、ちらりと目に入った東浜の上半身を思い出した。鎖骨と肋骨が浮かび上がる細身の体。そこからは、とても想像できないような快速球がミットに突き刺さってくる。

「スライダー、いいですか?」

「もちろんだよ!もう、なんでもいいから放ってこい!」

2月とはいえ、沖縄の空気は十分に蒸し暑い。豪雨が生む細かなミストと汗が顔中にまとわりつく。こちらのヤケクソ度も一気に上がっていた。

スライダーが来て、カーブが来て、湿度100%のなかでも、投げ損じが1球もない。指先の感覚も天才的だ。

「シンカーもいいですか?」

「シンカー?おお、なんでも来い!」

そう威勢よく言ってはみたものの、じつのところシンカーなんて受けたことがない。どんな動きをするんだ......じっと見守るしかなかった。

腕の振りがほんの少しだけ強くなったように見えた。次の瞬間、ちょい緩めのシュート回転のボールが、右打者の足元へスッと沈んでいく。

これがシンカーか......。初めて受けた球種。ミットに収まった瞬間、マスクの奥で思わず笑みがこぼれた。

【フルーツパフェを頬張るふつうの高校生】と、その時だった。さっきから向こうの建物のひさしの下で、じっとこちらを見ている紳士がいる。熱心な近所の野球ファンだろうかと思っていたら、傘の下から表情が見えてハッとする。オリックスの流敏晴(ながれ・としはる)スカウトだった。2016年に亡くなられた名スカウトで、当時は九州地区を担当していた。

「えらい気合い入ったのが受けとるなぁ思うたら、なんや、安倍さんかいな......。あんた、ほんまに受けとるんやなぁ(笑)」

そろそろ終わろうかと思っていたが、流さんに特別サービスであと5球。

「オレが一生忘れられんようなボール、放ってこい!」

こういう時も、声を張り上げたりしないのが東浜だ。ただ自分に向かって、「おっしゃ!」と気合いを入れた。その"5球"がすごかった。

地面を這うように伸びてきた速球が、水たまりをかすめ、水煙を上げた。東浜本人は「水煙なんて、そりゃちょっと大げさなんじゃないですか......」と、いつもの飄々とした表情で言うだろう。それでも、あの日の私にはたしかに見えた。そう思えるほど、東浜のボールは強烈だった。

朝から降り続いていたスコールが上がると、さっきまでの豪雨がウソだったかのように、沖縄の青空が一面に広がった。なにかと世話を焼いてくれた西銘生悟主将も誘い、近所のファミリーレストランへ向かった。

昼食をご馳走するつもりで行ったのに、東浜が真っ先に注文したのは、なんとフルーツパフェ。パインにメロン、オレンジ、バナナ......。色とりどりの果物が山盛りになったパフェを、東浜は夢中で平らげていく。その勢いとうれしそうな童顔は、そこらへんにいる高校生と同じだった。

あれから18年──。まもなく36歳、ソフトバンク投手陣最年長となった右腕は、昨オフに国内FA権を行使しながらも、残留を決断した。もちろん、まだ老け込むような年齢ではない。あの屈託のない笑顔を、これからも何度でもマウンドで見たい。



東浜巨(ひがしはま・なお) /1990年6月20日生まれ、沖縄県出身。沖縄尚学高では3年春の選抜でエースとして圧倒的な投球を披露し全国制覇。亜細亜大へ進学後は、東都大学リーグで通算35勝22完封をマーク。2012年ドラフト1位で3球団競合の末にソフトバンクへ入団。2017年に16勝をマークして最多勝のタイトルを獲得し、2022年5月11日の西武戦でノーヒットノーランを達成。25年オフに国内FA権を行使したうえで残留を決断した。

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