ジェームズ・キャメロン監督作「タイタニック」で一躍世界的スターとなったレオナルド・ディカプリオだが、その出演は実現しない可能性もあった。俳優ジョン・C・ライリーが、当時ディカプリオに対し、「タイタニック」ではなくポール・トーマス・アンダーソン監督作「ブギーナイツ」への出演を勧めていたことを振り返った。
ライリーはこのほど、テッド・ダンソンのポッドキャスト番組「Where Everybody Knows Your Name」に出演。若手時代を親友であるポール・トーマス・アンダーソンとともに過ごした思い出を語った。ライリーは、サンダンス・インスティテュートのワークショップに招かれたことをきっかけに、サンフェルナンド・バレー出身のアンダーソン監督と「一心同体」のような関係になったという。
アンダーソン監督は、1996年の長編デビュー作「ハードエイト」以前に、架空の男性ポルノスターを描いたモキュメンタリー短編「The Dirk Diggler Story」を制作していた。これを発展させたのが、1970年代のポルノ業界黄金期を舞台にした「ブギーナイツ」だった。
ライリーによると、「ブギーナイツ」の構想は「何年も何年も温められていた」ものだったという。アンダーソン監督の相棒であり右腕のような存在だったライリーは、キャスティングを手助けしようとしていた。しかし当時は「ポルノに関わることがタブー視されていた」ため、俳優やマネージャー、エージェントたちは距離を置いていた。主演を務めたマーク・ウォールバーグのマネージャーでさえ、「やるな」と助言していたという。
「マークに出演の話が行く前、ポールは本当にレオナルド・ディカプリオにやってほしがっていた」とライリーは回想する。「僕はレオを知っていた。彼が17歳の頃、『ギルバート・グレイプ』の現場で会っていたんだ。だからポールに、『任せてくれ。この男を君の映画に出してみせる。子どもの頃から知っているんだから』と言った」
しかし、ディカプリオにはすでに「タイタニック」の出演オファーが届いていた。ライリーは当時を振り返り、「レオ、よく聞けよ。『タイタニック』って映画は、沈む船の話なんだぞ」と説得したという。ポッドキャストでダンソンが笑うなか、ライリーは「みんな船が沈むことは知っている。船に誰が乗っているかなんて、誰も気にしない」と続けたと明かした。さらに、「この監督はこれから最も才能ある映画監督のひとりになる。君はこのチャンスを逃すべきじゃない」とディカプリオに訴えたという。
ディカプリオは迷っていたものの、エージェントたちは「タイタニック」が「本当に大きな作品になる」と約束していた。ライリーは「俺は本気で言っているんだ。君に変な助言はしない。沈む船の話なんだぞ」と説得を続けたと語っている。
結果的に、ディカプリオが出演した「タイタニック」は興行収入記録を塗り替え、現在も歴代興行収入ランキングの上位5作品に入る大ヒット作となった。一方、ライリーにとっては、後にディカプリオがアンダーソン監督作「ワン・バトル・アフター・アナザー」に参加したことで、ようやく念願がかなった形となった。
「とても満足感があったよ。ついに彼が僕の助言を聞いたという感じだった。25年くらいかかったけどね」とライリーは冗談交じりに語った。
【作品情報】
・
タイタニック(1997)
【関連記事】
・
レオナルド・ディカプリオ、一番の後悔は「『ブギーナイツ』に出演しなかったこと」
・
レオナルド・ディカプリオが明かす、ハリウッドのトップ監督たちとの関わり方
・
レオナルド・ディカプリオが明かす、ポール・トーマス・アンダーソン監督との仕事の醍醐味【インタビュー】
Photo by CBS via Getty Images