錦織圭という奇跡【第30回】
喜多文明の視点(4)
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◆喜多文明の視点(1)>>「当時はまったく負ける気がしなかった」
◆喜多文明の視点(2)>>「日本に帰りたいという言葉は一切、聞かなかった」
◆喜多文明の視点(3)>>「18歳でトップ5の選手に勝つとか、ありえない」
「僕、圭がドロップショットを打つタイミングが、わかるんです。これに関しては、自分が一番だという自信がありますね」
柔和な目もとを茶目っ気たっぷりに細め、喜多文明さんが笑った。
現在、株式会社リコー男子テニス部の監督を務める喜多さんは、14歳の時に錦織圭とともに米国IMGアカデミーに渡った、かつての日本最強の小・中学生。その当時から今も変わらず、錦織のかけがえのない盟友のひとりである。
錦織圭とのエピソードを笑顔で語ってくれた喜多文明さんphoto by Keijiro Kai
喜多さんが錦織に向ける視線は、はじめはライバル、ほどなく友人、そして遠征等をともにする盟友へと変わっていった。ジュニアの国別対抗戦では、日本を代表するチームメイトだったこともある。
やがて、プロではなく日本の大学進学を選んだころから、喜多さんは錦織のいちファンになった。そのように関係性が変わるにつれて、喜多さんは異なる角度で錦織のテニスを、なかば無意識に分析してきたという。
もちろんその過程では、錦織の成長や進化も目の当たりにしてきた。ただ、テニスの本質そのものは、初めて会った頃からさほど変わっていないと喜多さんは見る。そして、素朴で篤実な人間性も──。
「僕、圭の試合を見るのがめっちゃ好きなんです。テニスの試合自体を見るのが好きなんですけど、そのなかでも圭が一番好き。
大学生くらいの時は、見られる試合は、ほぼすべて見ていたんじゃないかっていうくらい。子どもの頃は、対戦相手としても圭の試合は見ていますからね。だからそのうち、もうわかるようになっちゃったんです、圭がドロップショットを打つタイミングが。
だいたい、ちょっとアクションが大げさになるんですよ、ドロップを打つ直前は。『フォア、全力で打つぞー』って感じでテイクバックが大きくなる。あと、大胆に前に踏み込むとか。そういう時はもう、確実にわかりますね。ドロップへの反応だけなら、(ラファエル・)ナダルより早い自信があります」
『誰よりも錦織圭の試合を見てきた男』は、そう言い胸を張った。
【王道は避けるところがある】錦織と同様に少年時代から小柄だった喜多さんは、高い分析力と戦略性で、ジュニア世界ランキング36位まで達した選手でもある。今は指導者の喜多さんは、錦織圭の強さの因子をさまざまな場面で目撃してきた。
たとえば、IMGアカデミーでの練習。その当時、やや不条理とも思える反復練習の日々に、喜多さんは閉口したという。
では、錦織はどうだったのだろうか?
「飽きっぽいから、同じ練習を繰り返すのが苦手」だと公言している錦織も、少年時代は決まったドリルを言われたとおり、繰り返していたのだろうか?
「いや、そんなことなかったですね」と、喜多さんが証言する。
「圭はアカデミーの練習でも、自分のなかで面白くできるように、少しずつアレンジしていたように思いますね。当時から彼は、やらされるのがすごく嫌いなんだと思います。
でも、人ってみんなそうじゃないですか。やらされるのは誰だって嫌です。でも、やっている雰囲気を出したりすると思うんですよ、だって、コーチに怒られるから。なのに圭は、違うことをやるんですよね。
たとえば、同じ軌道のショットを10球連続でクロスに打てと、コーチに言われるとする。でも圭は途中で、ぜんぜん違うショートクロスとか、ドロップショットとかを打っちゃう」
そんな時、錦織はコーチに怒られなかったのだろうか?
「怒られますよ、当然」
またも喜多さんが、あっさり言う。
「怒られるけれど、あいつは気にしない。怒られても、やっていましたね。そういう時、僕は言われたとおりにやるんですよ、怒られたくないから。
一緒にアカデミーに行った(富田)玄輝は、『10球でいいんですか?自分、30球できますけど』みたいな感じなんです、まじめだから。だから圭のことは、『自由な男だなぁ』って思っていましたね。その当時から、ちょっと変わっていたんです」
変わっていると言えば......と、思い出したように喜多さんが続ける。
「ビデオゲームでも、圭はちょっと変わったクセのあるキャラクターを使っていました。僕らがIMGにいた頃、『みんなのGOLF』っていうゲームが流行っていた。たしかその時に思ったんですよね、ちっちゃい変なキャラ使っているなって。
そのキャラはパワーがないから、ぜんぜんボールが飛ばないんですけど、むっちゃ曲がる。『これ、風が強い時にハンパないんだよねー』みたいなことを圭は言っていて。ゲームにしても何をするにしても、王道は避けるところがあるような気がしますね」
反復練習中にも、つい遊び心を抑えられなくなる。ビデオゲームでは、クセの強い個性的なキャラを操作したがる。錦織圭のテニスの精髄が、ことごとく詰まっているようなエピソードである。
【盟友が分析する強さの理由】それら種々の因子を勘案したうえで、喜多さんは錦織圭の強さの最大の理由を、どこに見ているだろうか?
「それはもう、勝負強さです」
端的に断言したあと、喜多さんはその内訳を解説していく。
「それは、大事な局面でどうすれば相手からポイントを取れるか、わかっているから。それが彼の一番の強さだというのは、ずっと一貫して僕が思っていることなんです。
たとえば、ものすごく勝ちたい試合があるとする。その試合の最終局面、ファイナルセットのゲームカウント5-5、相手サーブでブレイクポイントを迎えた時に、どういうプレーをするかという話なんです。
基本的には、ふたつのタイプに分かれるんですね。ひとつは、とにかく攻撃する。リスクを負って攻めるパターン。もうひとつは、リスク回避でしっかり返して相手のミスを待つ。
でも、圭がマジで違うなと思うのは、それまでの試合の流れや相手のプレーなどを全部見て、一番ポイントが取れるプレーを選択することなんです。圭ってたぶん、試合中に相手のバックハンドが弱いなと思ったら、最初のうちはあまりそこを狙わないんですよ。あえてフォアで打ち合って、大事な場面に取っておく。それが最後に生きてくるんだと思います。
もしかしたら、最初から相手の弱点を突いていたら、簡単に勝てるかもしれない。でも、手の内をすべてさらしたら、大事な場面で読まれてしまうかもしれない。奥の手を隠し持っているから、大事な局面で、自分はそこまでリスクを負わず、かつ相手にとって一番嫌なところを突ける。
メンタルがブレないというのもありますが、何よりもそこに至るまでの構築がすごい。これが僕の思う、圭の強さです」
鮮やかに解き明かされる『ファイナルセットの錦織』の正体。多くの人々を魅了してきた数々の大逆転劇も、錦織本人が緻密に構成し描いた勝利へのシナリオ──それが、喜多さんの分析である。
「僕、100パーセントこれが正解だって自信、あるんです」と、喜多さんは自分の見立てに念を押した。
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【その言葉は言わないようにしてきた】今回、喜多さんに一連のインタビューをさせて頂いた数日後、錦織は自身のSNSで、今季限りの引退を表明した。
追加で、喜多さんにお話をうかがう。盟友の引退の報に触れて、どう思ったかと。
「寂しい。それが最初に感じたことですね。彼のテニスが見られなくなるのは、寂しい。でも、本人が決めた以上は、『本当にお疲れ様』って感じですよね、うん。
考えてみれば、常にケガがあって試合に出られないなかで、もっと早く......数年前に辞めていてもおかしくなかったと思うんです。でも、そこから彼は、何度もカムバックしようとした。
僕も圭とはレベルが違いますけど、実業団でやっていた時に引退を考えたのは、体が動かなくなってきたのが一番大きかったんです。僕はそこでパッと辞めたんですけど、圭はもう一段階、がんばろうって思えた。そこはすごいと思うし、本当にテニスが好きなんだろうなって思います」
今の錦織に、何か聞いてみたいことはあるか──?
最後にそう問うと、喜多さんは少し考えたあとに、「聞きたいというより、テニスがしたいなって思います、圭と」とポツリと言った。
「現役中にも、たまに会ったりしていましたが、その時は気軽に『テニスしよう』なんて言えないんですよ。たぶん、圭は『いいよ』っていうと思うんです。でも僕とやって、万が一、圭の調子が狂ったり、最悪ケガとかしたら大変じゃないですか。だから、その言葉は言わないようにしてきたんです。
でも、もう10年以上も圭とテニスしてないですからね。引退したら、一回くらいやってくれてもいいよねって」
その対戦に、喜多さんは何を望むのか?どんな試合を思い描いているのだろうか?
「相手になるかわかりませんが、ドロップショットにだけは反応できると思います。それを打たせるまで、なんとか持ち込みたいですね」
(つづく)
【profile】
喜多文明(きた・ふみあき)
1989年1月21日生まれ、埼玉県出身。5歳からテニスを始め、2000年に全国小学生テニス選手権で優勝を飾る。中学時代に錦織圭らとともに渡米し、フロリダのIMGアカデミーへテニス留学。世界のトップジュニアの環境で研鑽を積む。帰国後、慶應義塾大学に進学し、1年生で全日本学生テニス選手権(インカレ)男子ダブルスを制覇。大学卒業後にリコーへ入社し、実業団で長年活躍。現在は同テニス部男子チームの監督を務めている。2010年全日本テニス選手権男子ダブルス準優勝。JTAランキング最高13位(ダブルス)。身長170cm。
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