漫才ブームの記憶を背負いながら、若い世代の胸を借り、なお前へ進み続けるザ・ぼんち。55周年は、過去を懐かしむための節目でも、集大成でもない。次の一手を探し続ける通過点なのかもしれない。今回の「ザ・ぼんち芸道55周年挑戦ツアー」には、ぐろう、ニッポンの社長、金属バット、ヨネダ2000、モグライダー、ハンジロウら、世代も芸風も異なる芸人たちが名を連ねている。普通なら“記念ツアー”と銘打ってもおかしくない節目に、なぜ二人は「挑戦」という言葉を選んだのか。
芸歴55年でも挑戦し続ける
――今回のツアーは「挑戦ツアー」と銘打ち、世代の違う幅広い芸人と共演されています。なぜ「挑戦」なのでしょうか。
まさと
:おさむさんが「“師匠”とか“ベテラン”の枠に収まってる場合じゃない」ってよく言うんです。それは僕も同じ考えですし、今のザ・ぼんちが完成形じゃないことを証明したいんですよね。もっともっと進化していくためのツアーです。
おさむ
:今の若い人たちのレベルの高さには感心しかないです。あんなもん、僕にはできない。そんななかで僕がどうやったら勝てるかといえば、元気よく一生懸命しゃべってぶつかるだけ。それでしか勝てない。守りに入ったら絶対に負けますから、若い人の胸を借りるつもりで飛び込んでいます。
――共演者もニッポンの社長さん、金属バットさん、ヨネダ2000さん、モグライダーさん、ハンジロウさんなど、かなりバラエティに富んでいます。
まさと
:オファーを受けたコンビもいますし、会社と相談して決めたコンビもいます。会場も去年の単独ツアーより大きくなっているので、会社には「無茶しなや」って言われています(笑)。ハンジロウさんは去年からやりたいなと思っていて、2年越しで共演が決まりました。モグライダーさんとハンジロウさんは事務所も違うので、どんな空気になるかわからない。楽しみだけど、ある意味アウェーでもあるので、しっかり自分たちを出していかないといけないなと思っています。
――この取材前日にはヨネダ2000さんとのツーマンライブもありました。
まさと
:自分たちで言うのもおこがましいですけど、お客さんは“おもろいもん”を見られたんちゃうかなと思います。
おさむ
:すごくいいお客さんでしたね。楽しみに来てくれた人も多かったなかで、期待には応えられた気がしています。
まさと
:その場のノリで、ヨネダ2000さんがM-1グランプリで披露した、松浦亜弥さんの曲に合わせてバスケットボールをするネタを、僕らがやったんです。それも喜んでもらえた。コラボレーションって、トークだけじゃなくてもいいんだなと勉強になりました。
※ヨネダ2000は独特なリズムネタやシュールな世界観で知られる若手女性コンビ。世代も芸風も異なる両者の“即興コラボ”は、今回の挑戦ツアーを象徴する場面でもあった。
「目標がなかったら前向きに生きていけない」
――ツアータイトルにある「芸道55周年」というフレーズは、集大成のようにも見えます。
まさと
:結構、集大成みたいなことばっかりやってるんですよ(笑)。70歳を過ぎても「挑戦」って言ってるくらいですから、本当の集大成はまだまだ先ちゃいますかね。今回のツアーが終わったら、「チャレンジ2」って言い出すかもしれません。
おさむ
:後悔がないように、やりたいことをやっておこうという気持ちはあります。チャレンジできるときにやっておかないと、肉体的にも「また今度」がいつ来るかわかりませんから。
――今後の目標や夢はありますか。
まさと
:それを今、探しています。目標がなかったら前向きに生きていけないですからね。上方漫才大賞を受賞して、一段落ついてホッとはしています。でも、それで終わったらあかん。今回のツアーもそうですし、何か「なるほど!」と思えるものを見つけたいですね。
おさむ
:常に心に燃えるようなものを持っておきたいですね。「これがあるから俺は頑張るねん」というものを持っておきたい。それがなくなったら、くたびれるだけですから。目標を持ち続けることが、人生の道しるべになるんやないかと思います。
――何歳まで舞台に立ちたい、という思いはありますか。
おさむ
:僕はいつも神棚に、「80歳になっても90歳になっても、二人で元気に舞台で漫才ができますように」ってお願いしてるんです。
――90歳で「おさむちゃんです!」と言っていたら、めちゃくちゃ面白いですね。
おさむ
:そうなったら、グラミー賞を取れるんちゃうかな(笑)。「ジャパニーズコメディアン! オサムチャン!」って紹介してもらって。
――最後に、お二人にとって漫才とは何でしょうか。
まさと
:よくぞ漫才という職業があってくれたなと思います。漫才を頑張ったから、ほかのいろんな仕事もさせてもらえた。自分に合っていたかはわからないけれど、結果的には合っていたんでしょうね。よくぞ漫才という仕事があってくれたなと思います。
おさむ
:僕も一緒で、漫才に出会えたことに感謝ですね。ときどき「俺、本当は何がしたいんやろう」って悩むこともあります(笑)。でも、やっぱり漫才がしたいんやなって毎回思うんですよね。
撮影中にも、二人の“現役感”が垣間見えた。廊下で自然に立ち話をしていたかと思えば、まさとが突然、「万が一、君が先に逝ったら……」と『THE SECOND』で披露した漫才の冒頭を打ち合わせなしで始めたのだ。長年積み重ねてきた呼吸と反射神経は、70代になった今も健在だった。
(取材・文/松嶋三郎、撮影/長谷英史)
【松嶋三郎】
浅く広くがモットーのフリーライター。紙・web問わず、ジャンルも問わず、記事のためならインタビュー・潜入・執筆・写真撮影・撮影モデル役など、できることは何でもやるタイプ。X(旧Twitter):@matsushima36
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