バスルームにルージュの伝言♪
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第178話
春の東京をあとに、講演のためクロアチアへ。『魔女の宅急便』の音楽をBGMにたどり着いた海辺の街ツァヴタットで、旅が始まる。
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【束の間の「春」】シンガポール(173話)から戻ると、都内は春の空気。桜は散り始め、新学期が始まっている。毎日Tシャツだったシンガポールとは打って変わって、スプリングコートを羽織って出勤する。日中は暖かくても朝夕はまだ寒い、日陰に入るとすこし肌寒い、8年目の東京の春である。
月のはじめにシンガポールから帰国してから、次の出張に出かけるまでおよそ2週間。朝には、新しい学校や会社に通う、新年度の初々しい、浮き足だった人の群れを目にしたり。そして、散りかけではあるけれど、目黒川沿いに咲く桜を楽しむこともできた。
――2025年4月、6人のメンバーが研究室を去り、新たに6人のメンバーが加入した。総勢36名。外国人が12人と研究室員の3分の1を占め、室員の男女比が1:1という、DEI(Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)の頭文字を取った略語)を具現化する、本邦でも稀な研究室になっている(と思う)。
研究室に新メンバーを迎え、例年通りにウェルカムパーティーを開いた。ここ数年、私の研究室では、オフィシャルな歓迎会や送別会はランチで開催することにしている。それによって、勤務時間が夕方までの室員もパーティーに参加できるように、という配慮である。
そしてもちろん、夕方を過ぎたら「セカンドパーティー」、つまり「飲み会」もやる。ここには、つい数日前に転職したばかりのスタッフ(アメリカ人)や、大学院を修了して就職した学生(中国人)も顔を出してくれて、「送別したメンバーが新人を歓迎する」というちょっと不思議な、ほっこりとする光景が見られた。
【次の旅のBGM】旅のBGMの重要性については、この連載でも何度か触れたことがある(79話、97話など)。いつもなら選曲に悩んだりすることもあるのだが、今回はそれに悩む必要がない。
――それは、今回の目的地に理由があった。
今回の出張の目的地は、クロアチアの「ツァヴタット(Cavtat)」という小さな街。そしてそこからすこし離れたところに、「ドゥブロヴニク(Dubrovnik)」という街がある。
ドゥブロヴニクは、知る人ぞ知る、スタジオジブリの名作『魔女の宅急便』の舞台のひとつとも言われる街である。映画の序盤、魔女のキキがとある街にたどり着き、「海の見える街」がBGMに流れる印象的なシーン。あるいは、「やさしさに包まれながら」をBGMに流れるエンディングのシーン。そこに映る街のモデルがドゥブロヴニクと言われている。
そうであれば、この出張のBGMは『魔女の宅急便』で決まりである。ゴールデンウィーク初日ということもあり、早朝から旅行客でごった返す京浜急行と羽田空港。そしてBGMは、『魔女の宅急便』のオープニングソングである「ルージュの伝言」。ドゥーワップ調の明るいこの曲とゴールデンウィークで浮き足立つ人混みが相まって、今回の旅のオープニングソングとしてとてもよくマッチした。
【ツァヴタットへ】今回の出張の目的は、クロアチアのツァヴタットという街で開催されるヨーロッパウイルス学会(European Congress of Virology)。そこでの「総合講演(プレナリーセッションとも言う)」の"招待"を受けての参加である。
羽田からイスタンブールまで13時間、そしてそこからドゥブロヴニクまで2時間。2024年の10月末にイスタンブールを訪れて以来(154話)、およそ半年ぶりのヨーロッパである。
ドゥブロヴニク空港に到着したのは20時すぎ。すっかり陽も落ちていたことと、やはり長旅の疲労と時差ぼけからくる眠気もあって、Uberを使ってツァヴタットのホテルに向かうことにした。
暗くて街並みまでは見えなかったが、Google Mapsを見てみると、ツァヴタットは「街」というよりも、1キロほどの小さな突起のような半島の海沿いにできた「集落」という感じ。ひっそりとした雰囲気で、海沿いには、おぼろげながらオレンジ色の灯りが散在しているのが見えた。
「ホテル・クロアチア」という、学会場併設の巨大なホテルにチェックイン。海外あるあるな水圧の弱いシャワーを浴び、ミニバーにあった「Ozujsko(オジュイスコ、と読むらしい)」というクロアチアビールをラッパ飲みしてひと息をついた。
カーテンを開け、部屋の窓から外を眺めると、海を挟んだ対岸に、ちょうどホテルに向かう途中でかすかに見えたオレンジ色の灯りが見えた。海岸沿いに並ぶレストランの灯りのようで、オレンジ色の灯りが水面にゆらゆらと反射している。ヨーロッパである。
部屋のテレビでBBCを眺めつつ、ルームサービスでボロネーゼを食べ、オジュイスコをもう1本。ある程度夜も深まり、部屋から見えるオレンジ色の灯りも消えたところで床に就いた。
ボロネーゼと、「Ozujsko(オジュイスコ)」というクロアチアビール。スッキリしていて軽くて飲みやすいが、ほのかに薬っぽい独特の苦味がある。
翌朝。時差ぼけのせいで、まだ外が暗いうちに目が覚める。6時を過ぎると、カーテンの隙間から日の光が差し込み始める。7時になると、どこかの教会の鐘の音が鳴り響いた。
ベッドからからだを起こし、カーテンを開けると、真っ青な空の下に、初めて目にするツァヴタットの景色。海を挟んだ対岸には、赤い屋根の街並みが見える。
部屋からの景色。『魔女の宅急便』を彷彿とする景色である。
文・写真/佐藤 佳
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