国立映画アーカイブが果たしている“公的な役割”とは?新館長・とちぎあきら氏に聞く【1万字超インタビュー】

とちぎあきら(栩木章)

国立映画アーカイブが果たしている“公的な役割”とは?新館長・とちぎあきら氏に聞く【1万字超インタビュー】

6月6日(土) 11:00

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2018年に東京国立近代美術館フィルムセンターの改組によって設立された国立映画アーカイブは、日本における唯一の国立の映画保存機関として、映画および映像文化の収集・保存・公開を担ってきた。そして2026年4月、新たに館長としてとちぎあきら(栩木章)を迎え、あらためてその役割と方向性が問われる局面にあると言えよう。

デジタル化の進展や鑑賞環境の変化により、映画をめぐる受容のあり方は刻々と変化している。そのことは、フィルムという物質を基盤とした保存や、上映・展示の意義を改めて問い直す契機ともなっている。また、文化政策や財政的制約のもとで、公的機関としてのアーカイブの在り方や、その社会的役割も一層可視化されつつある。

こうした状況の中で、国立映画アーカイブはいかにして保存と公開という公的な役割を果たしているのか。本インタビューでは、同館の歴史的経緯から現在の取り組み、さらには今後の展望に至るまで、とちぎ氏に話を聞いた。(取材・文/小城大知)

●国立映画アーカイブはどんな組織?

――国立映画アーカイブ(NFAJ)とはどのような組織なのでしょうか。

NFAJが扱っている対象、つまりアーカイブの対象としているものは、映画とか映像といったメディアであり、かつそれに関連する、例えばポスターとか写真とか映写機とか、我々が「映画関連資料」と呼んでいるものです。そうした映画・映像および関連資料を対象とした、ある意味では国立公文書館の場合の文書、国立国会図書館の場合の図書、それに匹敵するような映画・映像を対象とした国の保存機関であると考えられると思います。映画の歴史を少し紐解いていけば、19世紀末から大衆娯楽として発展してきた映画があるわけですが、当然そこに文化的な価値もあり、また芸術的な表現としても発展してきたと同時に、記録や報道といった役割も果たしてきたメディアだと思います。

そうした歴史を振り返ったときに、例えば今であれば放送があったり、ウェブメディアがあったりと、映像メディアは非常に多角化していますが、少なくともテレビ放送などが発達する以前は、基本的に動画と音声を同時に伝えるメディアは映画しかなかったわけです。そうした映画および映画に関する資料を、可能な限り網羅的に収集することを目標としているのがNFAJという機関である、と理解していただきたい。そして、それを通して映画や映像における近現代の日本、日本人の記録というか記憶を残している機関、そのための貯蔵庫のような存在だと思います。

●国立映画アーカイブの職員=アーキビスト“修復”する側と“利用”したい人々をつなぐ存在

――とちぎさんも含め、NFAJの職員は「アーキビスト」として勤務されていると思いますが、先ほどのお話も踏まえて、いわゆる学芸員でもありながら、やや特殊な位置にあるように思われるアーキビストとはどのようなお仕事なのか教えてください。

アーキビストは多様な業務に係わっており、「アーキビストとは何か」という問いへの答えは、多分に個人史に影響されると思います。映画アーカイブの歴史的な過程の中で、ある時代にそういう形で仕事を始めた人間はそうした背景のもとでやっている一方で、現在は若い世代がアーカイブに入ってきて、また違った来歴で仕事をしている、という事情もあると思います。

個人史的な部分から申し上げますと、私がNFAJの前身である東京国立近代美術館フィルムセンターに入ったのは1998年です。それ以前は、「月刊イメージフォーラム」で編集をしたり、映画の翻訳や執筆、映画祭のプログラミングなどを行っていました。もともと京都大学に在学中から、映画の上映運動のような活動をしていたので、映画に関しては上映、執筆、プログラミング、雑誌編集といった分野で関わっていました。

ただ、1998年にある方のご縁でフィルムセンターに入ることになるまで、アーカイブについてはほとんど何も知らなかったと言うのが正直なところです。「アーカイブ」という言葉自体もよく分かっていませんでしたし、その内実についても理解していませんでした。後から調べて、90年代半ばには国際会議が行われていたり、80年代にはマーティン・スコセッシが来日して講演を行っていたりしたことを知りましたが、当時の私はそうした動きについてほとんど知識がありませんでした。映画研究や映画評論を行っている人間と、映画アーカイブという領域との接点は、当時はほとんどなかったと言ってよいと思います。アカデミズムの中でアーカイブを専門にしている人もほぼいなかった時代でした。

1998年に私が呼ばれた理由は、フィルムセンターが所蔵していた日本の劇映画フィルムの総目録を作成してほしい、というものでした。当時すでにデータベースは存在していましたが、それを公開するというよりも、一つの印刷物としてまとめてほしいという依頼でした。おそらく、私が編集者であったことから、そのような仕事を任されたのだと思います。そこで初めて、映画を「作品」としてではなく、「フィルム」という単位で見るという経験をしました。頭では理解していたつもりでしたが、アーカイブではフィルムを一つひとつの物理的単位として捉え、そのサイズ(35ミリや16ミリなど)、長さ(何百フィート、何メートル)といった具体的な要素によって管理していることを知りました。そして、それらの情報をデータベースとして整備することが非常に重要であるという点も理解しました。

その後、次のプロジェクトとして、戦前日本のニュース映画のコレクションのデータベース化、すなわちカタロギングを担当しました。これは、アメリカ議会図書館にあった戦前日本映画の返還事業によって日本に戻ってきたフィルム群に関するもので、当時はVHSに変換された映像をモニターで確認しながら、一つひとつの内容についてメタデータを作成していく作業を、およそ3年間行いました。こうした作業を通して、映画アーカイブという機関が映画やフィルムをどのように扱うのか、徐々に理解していったと思います。2003年に正職員として常勤になってからは、さらに具体的な業務を通じて、映画アーカイブとは何かを実践的に学んでいきました。いわゆるオン・ザ・ジョブで、現場の中で学びながらアーカイブの実態を理解していった、というのが私のケースです。

私が考えるアーキビストとは、その意味で、現場の作業を基盤に、特定の目的を持って活動する人間です。もちろん、アーカイブを理論的に捉えたり、その歴史性を考えたりする立場も重要であり、そうした見方も大切だと思いますが、私自身はむしろ、具体的な作業を通してアーカイブを理解してきました。キュレーションについて言えば、所蔵する映画や資料をどのように公開・展示するか、すなわち上映会や展覧会といった業務には、フィルムセンター在籍中ほとんど関わっていません。むしろバックヤードで、フィルムをどのように収集するか、映画会社やコレクターとの交渉、契約、保管、調査、データベース作成といった業務を中心に担当してきました。外部からのリクエスト、例えば映画祭での上映やテレビ番組での使用といった、「アクセス」と呼ばれる業務に対応することも重要な役割でした。アーカイブ活動全体の流れの中で言えば、入口(収集)と出口(利用提供)の部分を主に担ってきたと言えます。

このような経験から考えると、アーキビストとは何かという問いに対して、一つ図式的に言えば、映画や関連資料を収集し、保護・保存し、データベース化し、カタロギングし、必要に応じて修復するという側と、それを利用したい人々(ユーザー)との間をつなぐ存在だと言えます。

作業に伴い行われる調査・研究を通して得た情報やデータを、適切な形で利用者に提供し、その映画や関連資料の価値付けや評価を可能にする。そのプロセスを支える中間的な役割こそが、アーキビストの重要な仕事ではないかと私は考えています。

●アーカイブの役割の一つは「公開する/開く」映像アーカイブにおける“最も重要なミッション”

――NFAJのお仕事について伺っていきます。例えばアーカイブの役割の一つに人々に「公開する/開く」ということが挙げられると思います。この「開く」ことについて、NFAJではさまざまな取り組みが行われており、例えば上映や展示、ウェブサイト等でのオンライン公開など、多様な形で「開いている」と思いますが、この点についてお聞かせ願えないでしょうか。

私のこれまでのフィルムセンター時代の経験を踏まえると、「アクセス」というのは、基本的に外部から寄せられたリクエストに対して、どのようにそれを閲覧可能にするか、利用可能にするか、という点に対応する仕事でした。そのためには、規則や手続きなどを整備し、適切に運用することが重要になります。外部からの依頼にどう応えるかという準備を常に整えておくことが大切です。具体的には、リクエストがあった場合に「こういうものが提供できます」「こういう情報があります」と提示できる状態を作っておく。そして、その提供にあたっては、著作権の保護や素材の保全といった条件を満たす必要があります。そのうえで、特定の個人や団体に偏ることなく、誰に対しても同様に対応するという原則が求められます。これは行政機関としての性格からも重要な点です。

そのうえで、それを少し超えた領域として、いまご指摘いただいた「ウェブ上での公開」という問題があります。私自身、関東大震災の映像アーカイブ(「関東大震災映像デジタルアーカイブ」)の立ち上げに関わり、その後も記録映画を集めたウェブサイト(「フィルムは記録する」)や、歌舞伎を題材にした映画のサイト(「はじまりの日本劇映画映画 meets 歌舞伎」)の構築・公開に携わってきました。ウェブ上での公開には明確な「グラデーション」があると感じます。たとえば、関東大震災のアーカイブは、キュレーション的な性格の強いサイトとして構築されました。素材としては数百時間に及ぶ映像が存在しますが、それをどのように解釈し、どのような視点で震災映像を見るのか、さらにそれがどのように活用され得るのかといった問題を意識しながら構成されています。そのため、研究者に参加してもらい、分析を加えたり、あるいは外部の視点からのコメントや解釈を提示したりすることで、多層的な理解を促す形になっています。

それに対して、別のプロジェクトでは、作品の選別を行わず、戦前の記録映画を可能な限り順次デジタル化して公開する、いわば「ショーケース」のような形式を採用しました。この場合、最低限のメタデータのみを付与し、その利用方法や解釈については利用者に委ねるという方針を取っています。このように、ウェブ上の公開には、強いキュレーションを伴う形から、ほとんどユーザーを導くようなことをしない形まで、さまざまな方法論が存在します。ある意味で、対極にあるような二つのモデルを実践してきたとも言えます。

上映会や展覧会のようなプログラミングとしてのキュレーションと、ウェブ上での公開は、本質的に異なる側面を持っています。ウェブの場合は、より連続的で多様な公開のあり方、すなわちグラデーションを伴った提示が可能である、という点が特徴的だと考えています。

こうした観点から見ると、「公開」という問題は、この10年から15年の間で大きく変化してきており、映像アーカイブにとって最も重要なミッションの一つであり続けています。公開のあり方そのものが、アーカイブの役割や位置づけを更新していく核心的な論点になっているのではないかと思います。

●単に保存すればいいわけではない――オーセンティシティ(真正性)の追求

――もう一つの役割として、フィルムを含めた様々な資料を収集・修復するといった保存に関わるプロセスがあると思います。この点についてもお聞かせください。

ここについても、最初は原則的なお話になってしまうかもしれませんが、先ほど私は、NFAJが映画・映像において国立国会図書館のような役割を果たしているという言い方をしました。それは、国立国会図書館法の中で映画も納付対象とされていながら、実際にはそれが免じられることにより収集されていないという状況がある中で、国の機関として映画を収集することを一つのミッションとして掲げている、という意味です。

NFAJは、フィルムセンターの時代から、とりわけ2001年に独立行政法人化して以降、毎年度の年度計画や5年ごとの中期計画の中で、基本方針として「選別をせず、可能な限りすべてのものを収集する」という目標を掲げ続けてきました。

その理由の一つは、現実的な状況判断によるものです。つまり、映画の収集が法的に実行されていない中で、もしNFAJのような機関が「これは集めるが、これは集めない」という選別を行ってしまうと、収集されなかった資料は廃棄や散逸の危険性が高まってしまう。どこにも保管されないという事態を招きかねないため、少なくとも我々の機関は常にセーフティネットとして機能する必要がある、という考え方があります。

同時に、近現代の広範な映像記録や記憶を残すという目的からすれば、劇映画だけを残して記録映画は残さない、といった選別や、特定の時代の作品を除外するような方針は、本来あり得ないという理念的な側面もあります。そのため、収集方針は原則として包括的なものとして設定されています。ただし現実には、フィルムの劣化や保存環境の制限もあり、すべてを同時に扱うことはできません。また、公開の観点から特に重要とされる作品などについては、一定の優先順位を設けて収集・保存を進める必要があります。この点については、毎年度の計画の中で具体的に調整されています。

保存の問題に関して言えば、歴史的にはまず「可燃性フィルムをどう扱うか」という課題がありました。初期の映画フィルムは非常に燃えやすく、これを安全な不燃性フィルムにコピーすること自体が保存の中心的な課題でした。1950年代以降、不燃性フィルムへの転換が進み、保存の条件は改善されていきました。現在では、可燃性フィルムは専用施設で安全に保管されるようになり、新たに保護される数も限られてきていますが、「危険で劣化しやすい媒体を、より安全で長期保存可能な形に変換する」という基本的な考え方自体は、今も変わっていません。たとえば、不燃性フィルムであってもビネガーシンドローム(酢酸劣化)によって劣化・変形することがありますし、デジタルデータであってもフォーマットの問題によって再生できなくなる可能性があります。このように、媒体そのものが持つ脆弱性に対処し、できるだけ長期にわたって利用可能な状態を維持することが、保存の基本的な考え方です。

そのうえで、単に保存するだけでなく、作品を公開当時に近い形で再現すること、いわゆるオーセンティシティ(真正性)を追求する観点から、「修復」や「復元」という概念が重要になってきます。こうした修復・復元の方法論や技術は、時代とともに発展してきました。

特に2000年代以降は、デジタル技術を用いた修復が一般化し、従来のアナログコピーに比べて、より高精度な復元が可能になりました。その結果、デジタル化およびデジタル修復が、現在のフィルム復元の基本的な手法となっています。このように、保存と復元は密接に結びつきながら発展してきており、映画アーカイブにおける重要な柱の一つを形成していると言えると思います。

●国立映画アーカイブの教育普及事業館内での体験とウェブ上での体験

――もう一つ別の観点として、例えば今年4月に再開館したばかりの広島市映像文化ライブラリーのように、もともと視聴覚教育の拠点として出発した施設もある点を踏まえて、教育という観点についても伺いたいと思います。図書室の運営や、子ども向けの映画教育事業など、さまざまな取り組みがあると思いますが、NFAJにおける教育普及事業についてお聞かせいただけますでしょうか。

私の理解では、東京を含めて国内のフィルムライブラリーというものは、戦後、特に占領期に生まれていきました。占領政策の中で形成されたものですが、その拠点の多くは地方自治体の図書館を基盤としていました。そこに占領軍がさまざまな教育映画を保管させ、図書館内での利用や、管轄地域への巡回上映、あるいは貸し出しといった形で運用されていました。こうした取り組みは、いわゆる視聴覚ライブラリー運動として展開され、主に16ミリフィルムが用いられていました。つまり図書館においては、図書という資料に加えて、フィルムや映像といった資料が組み合わされ、それを通じて地域社会における映像教育を広めていくという役割が、歴史的背景として存在していたのだと思います。そこがNFAJの原点とは微妙な違いがあって、我々は図書館の中にあったのではなく、美術館の中にあって、1952年に東京国立近代美術館のフィルムライブラリーとしてスタートした。その段階での近代美術館におけるフィルムライブラリー事業というのは何だったかということです。

当時は美術をどのように普及させるかという文脈の中で、「美術映画」というものが位置づけられていました。近代美術館のフィルムライブラリー事業では、記録映画の一ジャンルとして、まずそうした映画を収集することが明記されており、それに加えて古今東西の映画も収集する、という方針が示されていたのを見たことがあります。そうした構成が、初期の出発点になっているのだと思います。その後、徐々に美術館的な性格から離れ、美術に限らず、映画そのものを芸術の一ジャンルとして捉える方向へと変化していきました。そして現在では、アーカイブという枠組みの中でその機能が拡張され、今日のような存在に至っている、という歴史を辿ってきたのではないかと私はイメージしています。

その中で捉えられる教育というのは、「何を教育するのか」という観点から考えると、一つは映画・映像というメディアそのものがどのような表現であり、どのように作られているのかを学ぶ、すなわち映画・映像自体を対象とする教育があり、もう一つは映画・映像を通して学ぶという教育です。この二つの教育的観点が並行して存在してきたのだと思います。おそらく、占領軍によって形成されたフィルムライブラリーの思想の中にも、こうした考え方は含まれていたのではないかと思いますが、当時のライブラリーにおいては、むしろ映画を通して何かを学ぶという側面の重要性がより強調されていたように思われます。何を学ぶのかといえば、大きな枠組みで言えば、いわゆる民主主義を学ぶといったことが強く意識されていたわけです。

このような両面性は、映像教育が本質的に持っている特徴であり、現在においても基本的には変わっていないと思います。その上で、フィルムセンターから現在のNFAJに至るまで、どのような教育的観点からプログラムが構想されてきたのかを見てみると、例えば子ども映画館のような取り組みがあり、また近年では、オンライン配信サイトで公開している映像を活用し、教育現場の方々に映像を用いた授業プログラムを考えてもらい、それを実際の教室で実践していくといった展開も行われています。

フィルムセンターからNFAJへと独立する際には、従来の企画に加えて何に力を入れるのかが問われ、その中で教育普及事業が重視されるようになりました。具体的には、アーカイブに関わる人材を育成するためのアーカイブセミナーを実施したり、他団体と連携したセミナーを行ったりするなど、さまざまな取り組みを展開しています。さらに現在は、所蔵作品をより広く活用してもらうことも重要な課題として意識しており、その一環として、上述のように配信サイトを活用したテキスト制作のコンテストを実施するなどの試みも行っています。このように教育普及は、アーカイブの重要性や映画保存の意義を広く伝えることを軸としながら、次世代の鑑賞者の育成や、館外で全国巡回を行っている優秀映画鑑賞推進事業なども含めて、一体的な取り組みとして位置づけられていると言えると思います。

かつてフィルムセンターで行っていた映画製作専門家養成講座のテープを書き起こして原稿化することで、現在では読める資料としてオンラインで公開しています。国立の機関である以上、ここに来られる人だけに限定するのではなく、どの地域にいてもウェブサイトを通じて知り、学べる機会を提供するという位置づけです。NFAJのウェブサイト上でもそうした公開を行っており、さらにYouTubeでもアーカイブセミナーの記録を公開しています。また、2021年に公開した関東大震災の映像についても、サイトでの公開と同時にYouTubeでの配信を行いました。現在、NFAJのYouTubeチャンネルの登録者数は約8万6500人で、全国の公立・国立の博物館・美術館の中でもおそらくトップクラスです。映画のアーカイブなのだから当然だと言われるかもしれませんが、それだけウェブ上でアーカイブ映像を参照し、利用し、研究や鑑賞に活用する層が、京橋に来館する層よりもはるかに多く、しかも異なる層として存在しているということは確かです。

そのため、館内で行う上映については、フィルムや音も含めた真正な上映・再現という意味での鑑賞体験、すなわち鑑賞教育を重視しています。一方で配信については、所蔵素材を情報として広く活用してもらうことを目的としています。この二つを明確に分けて運用していると言えますし、その違いがここ数年でよりはっきりしてきたとも言えるでしょう。館内での体験――上映や展示、図書室の利用――と、ウェブ上での体験は、それぞれ異なる形の経験として成立しつつあり、その二つが併存する形になってきたというのが近年の流れだと思います。

●最大の課題は「映画アーカイブが社会にとって有用な存在としてどのように存続していくのか」

――2月27日に文化庁から「独立行政法人国立美術館が達成すべき業務運営に関する目標(中期目標)」が示され、NFAJについてもさまざまな方針が打ち出されました。そうした中で、国家機関として、また公的性格を持つアーカイブであるがゆえの難しさやご苦労も多いのではないかと思います。例えば、鑑賞料金の見直しやNFAJニューズレターの休止などが挙げられるかと思います。一方で、若い世代の感覚としては、デジタル化が進む中で「オンラインで見られれば十分ではないか」といった意識が広がっていることも事実だと思います。そうした状況において、改めて京橋という場所に公的な映画アーカイブが存在し続けることの意義について、現場で感じておられるご苦労も含めて、お考えを伺えればと思います。

まず申し上げたいのは、なぜこうした機関が公的に存在する必要があるのか、という点です。我々は美術館・博物館の一つとして位置づけられていますが、同時に映画という分野を扱う、日本で唯一の国の機関でもあります。フィルムセンターの時代から、あるいはライブラリーが始まった1952年当時から、映画は大産業であったわけで、その中で公的機関が担うべき役割があるということを、業界との粘り強い交渉の中で、フィルムの収集や公開といったかたちで実現してきた過程があり、それを我々は歴史的背景として受け継いでいます。現在でも、この映画アーカイブにおいて収集活動や公開活動を行う際には、どのような状況であっても、映画会社をはじめとするさまざまな映画人との交渉や合意形成が不可欠です。それがなければ存在できません。しかし結果的に合意が成立するのは、ここでしかできないことがあるからであり、その点は業界側にも広く認識されていますし、我々自身もそれを最大の強みとして位置づけています。

具体的に言えば、最も大きいのは、相模原分館という長期保存が可能な保存庫の存在です。こうした保存庫の設置は民間企業では容易に実現できるものではなく、大手の映画会社であっても難しいのであれば、中小の記録映画やニュース映画の製作者にとってはなおさら困難です。そうした中で、、多くの映画会社からの寄贈や寄託の申し出や、こちらからの購入依頼により、国の機関である我々との信頼関係が築かれてきました。その結果、現在ではおよそ9万本規模の映画フィルムを収集しており、それが核となって、上映活動や研究活動へと展開されています。そして、この基盤があるからこそ業界からの信頼を得て、公的機関でなければ担えない映画保存や映画文化の継承の役割を果たしていると認められてきたのだと思います。

その上で、これはやや個人的な見解になりますが、教育の問題とも関わる点として、映画アーカイブという活動やNFAJという機関が、10年後、20年後にどのような姿になっているのかを考えたとき、現在のような厳しい状況の中でどのように存続していけるのかについて、必ずしも明確な未来像を描けているわけではありません。ただ一つ言えるのは、これまで映画を文化・芸術の重要な表現として、多くの人が享受し体験できるような存在として、フィルムセンターからNFAJへと発展してきた経緯があるということです。そしてそれは、美術館・博物館という枠組みの中に位置づけられていたからこそ可能だった面があると思います。しかし、その枠組みだけでは将来的に十分ではないかもしれない、という感覚もあります。つまり、映画アーカイブという活動や機関が、社会の中で公的機関として、あるいは税金によって支えられるに足る存在であり続けるためには、文化芸術としての価値を基盤としつつも、より広範な社会的認知や支援が不可欠になるのではないかと考えています。

映画アーカイブの国際的なコミュニティ、すなわちFIAF(国際映画アーカイブ連盟)の中では、アーカイブ映像の価値は大きく三つに整理されることがあります。第一に文化芸術的価値、第二に新たな創造の源泉としての価値、第三に学術的・情報資源としての価値です。これら三つの価値を多くの人々に伝えていくことが重要であるとされてきました。とりわけ第三の側面、すなわち情報源としての価値、あるいはそれを享受した人々が学びや発見に結びつけ、それを社会的課題へと接続していくような動きは、今後さらに重要になると思います。その中で、アーカイブがどのような立場から映像や映画に関する情報を提供していくのかが問われてくるでしょう。

これは個人的な経験になりますが、関東大震災アーカイブに対する反応の中で、それまで映像にあまり関心のなかった層からも多くの関心が寄せられました。現在では防災や減災という考え方が社会的に広く共有されていますが、その文脈の中で「100年前はどうだったのか」という問いが立ち上がり、映像を通じてそれを理解しようとする動きが生まれたのだと思います。この経験は、映像アーカイブが提供する資料や情報が、さまざまな形で社会に活用され得ることを示す一つの契機でした。端的に言えば、映画アーカイブが社会にとって有用な存在としてどのように存続していくのか、それが最大の課題であり、それが実現できなければ存続自体が難しくなるのではないか、というのが私の認識であり、危機意識でもあります。

国立映画アーカイブは「一等地」にあると思われるかもしれませんが、京橋という場所はビジネス街であるため、昼間は人が行き交う一方で、夜は人通りが少なくなります。その中で、映画のアーカイブ機関、とりわけ劇場機能を持つ施設として来館者を呼び込むには、相応の工夫と努力が必要だと感じています。そのため、企画内容を工夫することはもちろん、地域の人々に「ここにあってほしい」と思ってもらえるかどうかも重要です。実際、近隣の企業に勤める方々が仕事帰りに映画を見に来てくださることもあります。そうした利用状況を踏まえて、夜の上映時間を19時に設定するなどの対応もしてきました。これは地域への貢献にもつながりますし、その中で「ここにあってよかった」と思う人を増やしていくことが重要です。そうした取り組みを積み重ねていくことこそが、この場所に存在する意義につながるのだと考えています。

●国立映画アーカイブを「あえて行く場所」から「寄り道できる場所」へ

――最後に、若い世代に向けた施策についてお伺いします。先ほど教育普及のお話がありましたし、とちぎさんご自身も、例えばJAMIA(日本映像アーキビスト協会)の代表理事を務められるなど、学術的な観点から次世代の育成活動が行われている一方で、映画というものは必ずしも学術的関心を持つ人だけでなく、より広く開かれていく必要もあると思います。そうした中で、最近では物販などの取り組みも行われていると伺いましたが、その点についてお聞きしてもよろしいでしょうか。

4月から販売を開始したTシャツについては、経緯としてはかなり実務的な背景があります。1月上旬に年度予算が確定し、自己収入を増やす必要があることが明確になりました。そのうえで、年度末までの限られた期間の中で、残余予算を活用して物販を制作することになったのです。そのため、Tシャツは各部署の残余予算を集めて、内部のスタッフで「ああでもない、こうでもない」と議論しながら急遽制作し、納品を間に合わせたものです。ほかにもいくつか制作しましたが、一度に大量に販売すると運営体制の問題も出てくるため、まずは試験的に少しずつ始めたという形です。今後については、引き続き内部で制作するのか、あるいは外部での販売も視野に入れるのか、といった点も含めて検討していくことになると思います。デザインについては一部デザイナーの協力もありますが、基本的には内部スタッフによる制作です。おかげさまで好評をいただいています。

作品の選定についても、それぞれ理由があります。例えば展覧会や上映企画と連動させることで、物販の売上を関連事業の収入として計上できるようにしています。どの作品を選ぶか、どのくらい制作するかといった点も、予算や目的に応じて細かく設計されています。物販については、やはり拡大していきたいという思いがあります。いろいろなことをやってみたいという気持ちはあるのですが、現在は委託会社の方々に現場の管理運営を担っていただいているため、そこに対して大きく業務を増やすことが難しい面もあります。制約もあるので簡単ではありませんが、こうした施策を通して、来場者を増やしていきたいと考えています。

それに加えて、国立映画アーカイブという存在を知らない人がたまたま通りかかったときに、「ちょっと面白そうだな」と感じて立ち寄れるような、いわば寄り道できる場所にしたいという思いがあります。現状では、ぱっと見ただけでは入りにくく、明確な目的を持った人でなければ足を踏み入れにくい雰囲気がありますし、先ほど申し上げたように、夜や土日は人通りも少なく、「あえて行く場所」になってしまっている面もあります。こうした人たちだけでなく、この周辺を通る人がふらっと立ち寄り、物販などをきっかけに興味を持って、「映画をやっているんだ」「展覧会もやっているんだ」と気づき、そのまま中に入ってくるような導線を作りたいと考えています。つまり、国立映画アーカイブという活動とともに、この場所自体を好きになってくれる人を増やしたい。そのための入口、あるいはウィンドウとして、こうした取り組みは不可欠だと思っています。そうした人たちを取り込みながら来館につなげていくこと、そしていわば「推し」として応援してくれる人、つまりコアなファンとしてここを本当に好きになってくれる人をどれだけ増やせるかが重要なのだと考えています。

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画像提供:国立映画アーカイブ
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