第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された是枝裕和監督「箱の中の羊」。主演の綾瀬はるか、大悟、そして是枝監督に、渡仏直前に話を聞いた。(取材・文/関口裕子、写真/根田拓也、構成/映画.com編集長 大塚史貴)
物語の舞台は、少し未来の鎌倉。子どもを亡くした建築家の妻・甲本音々(綾瀬はるか)と工務店の二代目社長・健介(大悟)の夫婦が、息子の姿をしたヒューマノイド、翔(桒木里夢)を迎え入れたことから物語が始まる。 ヒューマノイドの役割は、遺族の悲しみに寄り添うグリーフケア。だが心を持たないはずの翔は存在感を増し、二人に葛藤を与えるようになる。
■キャスティング、良かったでしょ(是枝監督)
――人間とヒューマノイド、ガラスや鉄、木などテクスチャーの異なる物体から成る家など、異質なるものの共生というテーマと、その考え方へのヒントをもらった作品のように感じました。本作に、綾瀬はるかさん、大悟さんをキャスティングされた経緯からまず教えてください。
是枝監督キャスティング、良かったでしょ。
――そうですね。すべてが意外性から始まり、意志を持ってあるポイントに集約されていくということを視覚的に表す意味でも、とても面白いキャスティングでした。ただ当初、綾瀬さん、大悟さんが夫婦だというのがピンと来ませんでした。映画を見ていくうちには、しっくりと腑に落ちましたが。
是枝監督そうなることを確信していました。綾瀬さんとは、「海街diary」のあと、「また一緒にやりましょう」と話をしていて、本当はもっと早くやりたかったんですが、あっという間に10年経ってしまった。でもこの企画を考え始めたとき、「この役、綾瀬さんで書いてみたいな」とひらめきました。
――企画の着想はどこから得たのでしょうか?
是枝監督いくつかありますが、一番は中国で死者をAI(人工知能)として蘇らせるビジネスが注目されているというニュースを目にしたことです。そのとき感じた気持ちを率直にいうと「違和感」、そして「蘇った死者はいったい誰のものなのか」という疑問でした。
――綾瀬さんの役は、自然との共生を取り入れている建築家の音々。その夫でいかにも工務店の二代目という貫禄の健介役のキャスティングはどのようにひらめかれたのでしょう?
是枝監督最初のプロットでは、音々を家具デザイナーとしていました。旦那さんはどうしようと考えながら取材を進めていくと、奥さんが建築家、旦那さんが工務店のご夫婦が多いことが分かりまして。この映画のモチーフの一つが“木”であることを考えても、工務店の社長はしっくりくる。でも誰にしよう。それこそテーマが共生だから、なるべく最初に異質を感じられる人がいい。たぶん役者じゃなくてミュージシャンや芸人さんがいいのではないかと考えていたら、ふと、大悟さんを思いつき、「あ、いけるな」と。
――そもそも監督は、なぜお二人の仕事を建築関係にしようとされたのでしょう。建築は、人が生きるベースを作る仕事。そこに何を託そうとされたのかなと。
是枝監督ヒューマノイドたちが見えないネットワークでつながり、同様に見えないネットワークでつながった木が森を作る。そんなメタファーがあるので、木や森に関わる仕事をしている人にしようと思いました。
■僕だって異質かなとは思っていましたよ(大悟)
――実際に撮影されてみて、お二人はいかがでしたか?
綾瀬夫役が役者さんではなく、大悟さんだと聞いたとき、「大悟さん」から感じるざわざわが、本当に何か異質な感じで(笑)、「面白そう」と思ったのを覚えています。
大悟是枝監督は、この“異質問題”を、撮り終わるまで僕に隠していたんです。僕だって異質かなとは思っていましたよ。でも僕だけがそう思っているのかなと思っていた。知りませんので。撮影中、「大丈夫ですか?」って確認しても、監督は「問題ないです」って知らん顔で(笑)。 今こうやって話を聞いて、最初にみんなが感じる違和感こそ、監督の計算通りだったんだって分かった。見終わったとき、皆さんの中の違和感がどうなっているのか。それこそが監督が描きたいことだったのかなと。結局、計算通りだったんじゃないですか、監督の(笑)。
――相手役がお互いで良かったなと思ったこと、エピソードなどあれば教えてください。
大悟当然そうなんでしょうけど、「私、綾瀬はるかよ」みたいなことはまったくありませんでした(笑)。撮影は本当にやりやすく……。やりやすくというか、すごく気さくで、最初からどんなことでも受け止めてくれたし、安心できるようにしてくれた。わざわざうちの親に会いに行ってくれて、写真まで撮ってくれたり(笑)。ありがとうございました。
――なるほど(笑)。綾瀬さんは相手役が大悟さんで良かったことは?
綾瀬大悟さんこそ、本当にドシッとされていて、何でも受け止めてくださる。穏やかで “動かない雲”みたいなんです。ドンとしていて。
大悟いいように言ってくれています?動かない雲みたいなふり……、していただけですよ。
――大悟さん、演技の機会がほぼないにもかかわらず、“動かない雲”感を醸せるのはすごいですね。
大悟たぶん監督がそういう状況を作ってくれたんだと思います。かっこいい言い方になりますけど、正直、そんなに演技していないので。
綾瀬本当に。健介は、大悟さんそのものという感じでした。
大悟監督が「健介はこういう人間像です」とか、あまり細かく説明せずにやらせてくれたので。
是枝監督キャスティング終わってからは、二人を念頭に置いて書いたので、結果的に当て書きのように脚本を書いたつもりです。演じてもらったら大悟さんは子どもとの距離感など、すごくリアルでうまかったので、演出としては、その流れに乗らせてもらった感覚です。
――お二人が演じた甲本夫婦には息子の翔くんがいたわけです。でも私たちが目の当たりにするのはヒューマノイドの翔くん。なにもかもがそっくりなのに、生命体ではない。そういった関係性を、何を頼りに演じられたのかなと思いました。とても難しかったのではないかと。
是枝監督僕から、本当の子どもと、ヒューマノイドの子どもへの接し方の変化についての指示はしなかった気がします。途中で、音々が「そんなことする子はお母さんの子じゃない」と言うシーンがありますが、たぶんこれは子どもに言ってしまいがちな言葉だと思うんですよ。そこはむしろ本当の子に言っているように見えたほうがいいので、特殊なお願いはしてはいないと思います。
――翔くんを演じた桒木里夢も含め、このテーマの親子を演じることの難しさはありましたか?グリーフケア目的で家に迎え入れたヒューマノイドの子との生活を演じる中で、何か感じたことがあれば教えてください。
大悟綾瀬さんは、僕とはまた違う感情で翔と接する芝居をしていたと思うので、たぶん大変だったと思います。僕は、毎日のようにやって来るかわいらしい里夢と、楽しく過ごしながらも、ほんまにわしの子ではないっていうのがあるので、そのまんま演じた感じですね。
綾瀬音々は、ずっと翔に会いたい気持ちが消えないけれど、ヒューマノイドなのは理解しているから、最初から違和感を持ちながら接していたと思います。里夢くんは、明るくて、すごくやんちゃですが、急に大人びた発言をしたり、掴みどころがない部分もあって、なんとなく役づくりを含めてロボットっぽさがあります(笑)。演じたのは、本当にAIロボット役そのものなんですけど。
大悟さっき会ったら、めちゃくちゃロボットっぽくなってた(笑)。普段はすごく子どもらしいのに、たまに大人びたことを言ってね。
綾瀬そう、たまにね。どこで覚えてきたんだろう、その言葉みたいな(笑)。
大悟今日のママ、いつもより綺麗とか。
綾瀬そう。急に「えっ!誰?」と思うようなことを言うんですよね(笑)。
大悟どこで覚えたんだって(笑)。
■これまでの是枝作品に比べて深まったリアルさ
――翔くんには、モチーフの一つである『星の王子さま』に近い掴みどころのなさがあるみたいですね。そんな話を聞くと、キャスティングは難しいものではありますが、ハマると物語の深層をにじませる効果もあるのかなと思います。そんなこともあってか、今回の作品は、何を言い出すか分からない子どもの描き方、そして「そんな子はママの子じゃない」とせめぎ合うギリギリの感情を表に出してしまう母など、これまでの是枝監督作品に比べてリアルさが深まった気がしました。親子を描くことにさらに踏み込もうとしたというか。そう感じる理由は翔くんがヒューマノイドだからなのか、もしくは是枝監督自身の中に何か変化があったのか、どちらなのでしょう?
是枝監督僕に変化があったわけじゃなく、ヒューマノイドだったからというのはあるかもしれません。「ママの子じゃない」という台詞が書けたのも、その後に「契約を終了しますか?」という、見ている方をいきなり「そうだよな、これ本当の親子じゃないんだ」と我に返らせる台詞があるから。だから、もう少しディープに行っても大丈夫かなと。たぶんバランスだったと思います。
――契約は終了しても、映画を通して、共生につながる結びつきが育まれる様子が描かれる。建築という、人が生きていくベースを作る仕事をする夫婦だったから、そこに加担できた。改めて、お二人は建築に携わる職業を演じてみていかがでしたか?
綾瀬建築家のお仕事、すごく面白かったです。お客さんの、こういう家に住みたいという要望を聞いて、それを形にしていくのはすごく素敵なお仕事だなと思いました。デッサンを描いたり、庭の木の生え方や空間を見せるために一つひとつ模型を作ったり。その作業もすごく好きでした。
大悟本当に上手なんですよ。
――あの家の模型は、ご自身で作られたんですか?
綾瀬はい。ちょっと練習して。
是枝監督一応(手もとの)吹き替えのプロもお願いしたんですが、綾瀬さんから「吹き替えいりますか?私、美術すごく上手なんです」って言われまして(笑)。実際に描いてもらったら、そのプロの方も「必要ないんじゃないですか?」とおっしゃるくらい素晴しかったです。
――模型を見せながら家の構造や込めた思いを施主さんに説明されるシーンは、とても説得力がありました。大悟さんのシーンで見せていただいた、建築資材となる良い木を選んだり、保存したり、資材となる形に作りこんだりも、とても興味深かったです。この仕事を体験されていかがでしたか?
大悟健介は、木が大好きで、木のことになると夢中になるやつ。それぞれ個性が違う木を愛していて、それを使ってものを作るのも好き。ロボットもまあ誰かが作ったものなんですけどね。
――健介は翔を抱きしめて、「硬さは(木と)一緒だな」と言っていましたね。本当に木が好きなんだと再確認できました(笑)。
大悟言っていましたね(笑)。
――音々さんの建築コンセプトは、木やその他さまざまな建材の共生。箱型の甲本家は、外に対してはタフでありながら、木の質感で温かさも感じさせてくれます。自然界のものである木と、ヒューマノイドという電気的なものにも接点ができるように。まさに異質なものの共生といいますか。
是枝監督建物を作る過程も、異質なものを組み合わせて作り上げるという考え方もそうですね。影響を受けたのは建築家の西沢立衛さんなんですけど、物理的かつ意味的に異なるふたつを繋げたり、プライベートな空間なのにどこか社会に向けて開こうとしたり、環境に抗うのではなく順応させるという考え方など、僕の映画の作り方にすごく似ている気がして、それもあって建築の話にしたいなと思いました。
――北鎌倉を舞台にしたのは、「海街diary」と世界線がつながると解釈してもいいのでしょうか?
是枝監督撮影に使わせていただけそうな箱型の家を探したところ、北鎌倉になったということで、「海街diary」とのつながりはありません(笑)。埼玉や都内でも候補を見つけたんですが、撮影をするにはみんなやや小さかった。もうここしかないなとロケ地は決まりました。
――坂東祐大さんの、音の粒が弾けるような音楽も含め、素晴らしかったですね。デーブ・グルーシンを思い起こしました。
是枝監督ここでも木がポイントなんです。音楽自体は坂東さんにお任せでしたが、木を感じられる音、木を使った楽器にしてほしくて、チェロを使ってもらいました。
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箱の中の羊
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