日本でも大きな反響を呼んだ「ロングレッグス」や「THE MONKEY ザ・モンキー」など話題のホラーを次々と手掛ける現代ホラー界の鬼才オズグッド・パーキンス監督。
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【動画】「KEEPER キーパー」予告編
新作「KEEPER キーパー」(5月29日公開)で描くのは、観客の感性を試す謎だらけでおぞましい悪夢的映像体験。恋人に連れられて山荘を訪れた女性に迫る極限の恐怖を、謎に満ちた悪夢的な世界観で描いている。
映画.comは、パーキンス監督にオンラインインタビューを敢行。謎めいた世界観の“秘密”を明かしてもらった。
【「KEEPER キーパー」あらすじ】
都会で暮らすアーティストのリズは、恋人のマルコムが所有する山荘に招待される。医師であるマルコムは裕福だがどこか謎めいたところがあり、彼の本当の気持ちを確かめたいリズにとって、交際1周年を記念したこの週末旅行は特別なものになるはずだった。マルコムが運転する車で到着した山荘は、鬱蒼とした森に囲まれた僻地にあった。近くにはマルコムの従弟ダレンが所有するもう1軒の山荘があり、ダレンが若い恋人ミンカを連れて訪ねてくるが、リズは粗野で無遠慮なダレンに嫌悪感を抱く。マルコムに勧められ、管理人からの贈り物だというチョコレートケーキを口にしたリズは、奇妙な悪夢と幻覚に苛まれる。翌日、マルコムが緊急の仕事で病院に呼び出され、リズは山荘にひとり取り残されてしまう。漠然とした不安にとらわれるなか、異常な出来事に次々と見舞われたリズは現実と悪夢の境目を見失い、山荘内にうごめく得体の知れない何かの気配に脅かされていく。
※本インタビューにはネタバレが含まれています。未見の方は、十分ご注意ください。
●なぜ「山荘」を舞台にした?「チョコレートケーキ」を使った理由は何?
――本作の舞台となる山荘は、単なる場所ではなく、主人公リズの精神状態を反映しているように感じました。「隔離空間」は世の中にはさまざまにありますが、何故「山荘」を主要舞台にしたのでしょうか?
僕は映画作りをする時に、みんなが「あ、これね」って、分かるものを入れてデバイスとして使うのが好きなんです。“みんなが認識できるもの”を通して、この新しい舞台となる場所に、その世界に入っていけるようなことをやるんです。
「ロングレッグス」の場合は、ちょっと「羊たちの沈黙」っぽい感じで始まりながら、全然違うところに連れて行かれるっていうやり方をしています。もちろん山荘っていうのは、ホラー映画のサブジャンルですよね。「キャビン・イン・ザ・ウッズ」って言うんですけど。なので、それを使うことでそういう効果を狙ったし、時間とかお金もない中で、撮れる場所でもありました。
さらに、カップルが都会を離れて、山荘に行き、初めて一週間を一緒に過ごすというところからも話が広がっていくし。物語の中に山荘があることでそれに頼ることができる――僕らは、その頼ることができる存在を“車軸”と呼んでいました。つまり「山荘=車軸」となるんです。
――物語の鍵となるのは、管理人からの贈り物である「チョコレートケーキ」です。これをきっかけにリズの現実が崩壊していきますが、なぜ「食べる」「味覚」という日常的な感覚を「悪夢への入り口」へと変換させたのでしょうか?
恋愛・カップル、英語だと「Relationship(リレーションシップ)」って言うんだけれども。恋愛関係や愛の介在する関係について、そういう「Relationship」についてのホラー映画でもあるので、恋愛に関わる要素を使いたかったんだけど、分かりやすい、例えばセックスとかは使いたくなかったんですね。バイブス的にも合わなかったし。性的な解放みたいなのがそこであると、自分たちが望んでいるテンションとちょっと変わってしまう。
テンションを保つために「何かないかな」と思った時に、チョコレートケーキがいいんじゃないかなと思いました。食べるという行為は、カップルの過ごす時間の中で何度も起きることだと思うんです。食事を一緒にする、食事をするその時間。みんなが慣れ親しんでいるものでもある。だからそれをあえて使っています。チョコレートケーキを食べさせるシーンは、男性が無理やり女性に、食べさせようとするわけですね。彼女は食べたくないって言っているのに、どんどん勧めてきて食べさせられる。そのぎこちない感じから、少しずつ、彼らの関係性っていうのが見えてくるというのもありました。
●悪夢的描写が頻発……ビニール袋を被った女性の誕生秘話
――リズが体験する悪夢と現実の境目が見失われていく描写において、今作ならではの表現の挑戦はありましたか?
答えは「NO」。今回は、カメラワークで家の中の地理、つまりどこにキッチンがあって……みたいなことが分からないように、あえてしています。まるでハイになっている、あるいはその酔っ払っている時って、なんかその物事の時間軸みたいなものを失いませんか?そうなることでなんだか感覚が“エピソード”っぽくなるんですよね。たとえば、あなたと今話しているこの時間がある。そしてそこからの順番、時間軸がよく分からなくなって、また何かをしている――こういうことがあって、エピソードみたいに分かれていくというものを表現しました。
――頭部にビニール袋を被った女性が非常に強いインパクトを残しています。このような視覚的モチーフを選んだ理由を教えてください。ちなみに彼女の「動き方」も非常に悪寒を感じざるを得ないものでしたが、この点でのこだわりもあるのでしょうか?
動きも重要で、通常だったらバレエとかスタントマンとかの動きですよね。体をコントロールすることを知っている人、そして、なんか音楽性がその動きにある人。トレーニングからではなくて、生まれつきそういう動きに音楽性を持っている人の動きみたいなものは意識していました。
袋で頭を覆うというのは、昔からやりたいなと思っていたシーンだったんです。今回、お金も時間もなかったので、「あ、じゃあこれぴったりじゃないか」っていうことでやったんだけれども。もちろんずっとは被っていられないので、時間をきっちり計算して、タイマーで計りながら撮りました。
――一歩間違えれば“窒息”の可能性もありますからね。となると、保険屋さんは“その時”はいないようにしたんですね(笑)?
そうだね(笑)。
●“恐怖”のデザインについてクリーチャーたちには「痛みのカルチャー」がある
――「ロングレッグス」でも“異形の造形”が話題となりましたが、今作において「恐怖の対象」をデザインする際にこだわった点はありますか?
クリーチャーを隠していると、自分で墓穴を掘るような行為でもあるんですよね。隠せば隠すほど、観客の期待値も高くなるから、明かされた時に、やっぱりいいものじゃないと、ダメになってしまう。やっぱり無数の映画で隠したからこそ、それが露わになった時に「あー、またこれか」みたいな、上手くいっていない作品がたくさんあると思います。それをどうしても避けたいっていうのが、デザイン的にはあったんです。
その時にふと思ったのが、それぞれのデザインに意味があれば、内なる本来のキャラクターの持っているものっていうのが、ちゃんと伝わって残るんじゃないかなと。それぞれのクリーチャーに、個性、パーソナリティを持たせています。
マルコムの彼らへの扱いっていうのが、まるでドブネズミのような、獣のような扱いですよね。まるで文化がまったくないような、食べて、排泄をして、それだけで生きているような……そういうふうに思っている。それが男性的な目線にも通ずる、すごく酷い目線だなと思っていたので、あえてそういう表現をしています。
つまり自分より下に見ている。全く文化的な側面のものがなく、感情的なものがない。獣のように思っているけれど、実は、このクリーチャーたちには「痛みのカルチャー」がある。それを彼らのデザイン、あるいは表現として出しています。
――作中に登場する“得体の知れない何か”。監督がこれまでに見た夢や、個人的な恐怖の体験が、これらのビジュアルに反映されている部分はありますか?
特に夢から得たとかいうものはありません。夢とか記憶を書き留めたりすることもしていないし、完全に自分を通して、今までいろいろ経験したり、見たりしたものを通して自然に湧き出てきたものを形にして作っています。
映画作りに興味のある若い人たちへのアドバイス聞かれることがあるんですが、それが僕ができる最高のアドバイスだと思うんです。自分をとにかく通すこと。そして、それに耳を傾けることが大事です。ソース(源泉)なのか、ミューズ(女神)なのか分からないけれど、きっちり耳を傾ければ、自分を通して、観客にそれが伝わるはずだというふうに思っているから。
●撮影&音楽についての秘話対比的なカップルが物語を動かしていく理由も言及
――ミンカが2人いたり、そのうち1人が異常に小さく映っていたり、さらには天地が逆転するようなショットもありました。恐怖を構築するために、撮影監督とはどのような対話を重ねましたか?
いい答えがあればいいんだけど、ないんだよね。自分が好きなものが何なのかを認知していることが大事だし、コラボレーターとしっかり話すことっていうのを大事にしていて。特にプランニングをそこまでするわけじゃありません。今作の場合は、絵コンテとかカメラのショットリストを作る時も、特に具体的に、決め込んでいたわけでもなかった。
だから、そういったアイデアにオープンであることが、とにかく大事だと思う。言ってくれていることに対してオープンであることが、大事だということです。
――リズとマルコム、そしてダレンとミンカ。一見すると対比的なカップルのように思えますが、なぜ2組のカップルを登場させて、物語を動かそうとしたのでしょうか?
僕も兄弟がいるんだけど全然似てないんだよね。育った環境も、親も一緒、見た目も似ているのに、性格だけは全然違っていて。マルコムとダレンも違う。ダレンは自分が生き延びること、同じ年齢でただただ長く生きること以外は何にも気にかけない人間なんです。だから、究極の男尊女卑を表しているし、究極的に有害な男性性を表しているキャラクターなんです。彼にとっての女性というものは、一回だけの使い切りなんですよ。使い切りだから、簡単に捨てられる存在に過ぎない。
マルコムはもう少しマシではあるけど、まぁクソ人間には変わりはないんだけどね。彼はリズに対して、恋心、愛着みたいなものもあるんだけど……かと言って、これからやろうとしていることをやめようとはしないし。彼は、勇気よりも自分の臆病の度合いが強い人間なんだよね。ここで見せたいのは、同じ状況であったからといって、皆が同じではないんだということ。まあ、いろんな度合いもありえるんだ、ということです。
――不穏さを煽る音の設計も印象的でした。劇中の環境音や音楽についてのこだわりを教えてください。
曲はペギー・リーの曲なんだけど、編集者が、提案してくれて。僕はもともと知らない曲だったんです。だけど聴いたらパーフェクトだなと思いました。
それから、映画作りって一人じゃできない。皆で作るっていうのが、そこからも分かるよね。一人で作ろうとしたら、絶対に行き詰まる。だから、他の人のテイストを信頼しなければいけないと思うし、信頼できる人と仕事をしなければいけないと思う。音響のヨハネスさんに関しても、本当に好奇心を持ってるし、遊び心もあって、そのテイストも完全に信頼している。だから逆に僕は邪魔にならないようにしているんだよ。
●日本の恐怖では、雨穴の「変な家」「変な絵」が好き「KEEPER キーパー」に込めた思いも明かす
――少し脱線した話になりますが、仮に「日本」を題材にした時に、どのような恐怖が思いつきますか?たとえば「この場所で撮ってみたい」「この問題に興味がある」など、多角的な視点での回答で問題ございません。
本当はもっと詳しくあったらいいんだけれども、雨穴さんの著作「変な家」「変な絵」とかは好きなんだよね。ホラー映画だとやっぱり90年代の「リング」とか。ああいう荒涼とした感じの作品がやっぱり好きだったな。
あとこれは誤解していたら申し訳ないんだけれども、日本の作品って、何を言っていいのか、いけないのか。言った時はそれをこういう風に言わなければいけないっていう点をすごく気を付けて、言葉を発してるような気がしている。言ってはいけないことと、言ってもいいことの間の一線がすごく微妙だったり。言語にそういうテンションが宿っているという考えが僕はすごく好きなんだ。だから、雨穴さんの作品が好きなのかも。そういう要素が作品にあるからなんだよ。
――映画が終わり、劇場の灯りがついた時、観客の心にどのような「しこり」や「余韻」が残っていることを望みますか?
今のホラーのジャンル映画の究極の価値っていうのが、ホラー映画としてやっぱり効果的であることと、それから観た後で観客が「あ、自分の人生って結構いい方なんじゃん」と感じられること。この両方を持ち合わせていることなんじゃないかと思う。
登場人物に起きたことは自分にはきっと起きないだろうってみんな感じると思うし。しばらく闇の中に身を置いたけれど、新しい気持ちで人生を見つめられるというか――そういうところがホラー映画の魅力なんじゃないかな。ホラー映画って、究極的に言えば死についての映画でもあると言える。死についての映画を観ることによって、生きるということを改めて肯定感を持てるところがあるんじゃないかな。
【作品情報】
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KEEPER キーパー
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