満員のバスで我が物顔の迷惑客が居たら、あなたならどうしますか?
多くの人が関わり合いたくないと見て見ぬ振りをする中、場の空気を変えた意外な人物とは……。
5歳の息子と路線バスに乗り込んだ
ある昼下がり、笠原祐美さん(仮名・33歳)は、5歳の息子・陽太くん(仮名)と一緒に少し遠方にある大きな公園に向かうため、路線バスに乗り込みました。
「陽太はバスに乗るのが大好きなので、その日もテンション高く楽しそうにしていましたね」
平日の午後にもかかわらず、車内はほぼ満員。祐美さんは周囲に気を配りながら息子の手をぎゅっと握り、なんとか空いていた座席に腰掛けたそう。
「すると隣の座席に座る中年男性が、足を大きく広げ車内のスペースを占領し、バッグまで周囲に置いてめちゃくちゃ場所を取り、はっきり言って邪魔だったんですよね」
場所を占領して周囲を威嚇する、迷惑な乗客
その男性は、まるで自分だけがこの空間の主であるかのように、遠慮という言葉を知らない様子。膝は通路にはみ出し、通る人が体をひねらないと避けられないほど。バッグは座席の端からはみ出し、周囲の乗客の足元を侵食しています。
「しかもスマホの動画を音を出しながら見ては時折大声で笑い、前に立つ女性には『おい、俺の膝にそのレジ袋がぶつかっているぞ。気をつけろよ』と、まるで威嚇するかのように睨みつけるんですよ」
言われた女性は明らかに怯え、何度も頭を下げながら位置をずらします。しかし混雑した車内では思うように動けず、気まずさだけが広がっていったそう。
「正直、運悪く変な人の近くに座っちゃったなと後悔しましたよ」
息子の突然の行動に血の気が引く
祐美さんは思わず息をのみ、できるだけ視線を合わせないようにしながら、ただ時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。周りの誰も注意できず、車内は重苦しい空気に包まれていきます。
「すると陽太がいきなり立ち上がり、にこにこしながら『おじさん、その席みんなのための場所だよ!』と声をかけだし、私はハッとして冷や汗が止まらなくなってしまいました」
一瞬の間があり、その男性はゆっくりと顔を上げ、信じられないものを見るような目で陽太くんを睨みつけると「何だよ、子どもが偉そうに……」と呟いたそう。
「低く押し殺した声から、明らかな苛立ちと威圧感が伝わってきて。私は血の気が引き『すみません!』と反射的に謝りながら、とにかく陽太の手を引っ張って、自分の席に座らせようとしたんですよ」
すると陽太くんは「ぼく、座らなくても大丈夫だから、おじさんここに座ったら?」と、一歩前に出て、祐美さんと座っていた2人席を指さしました。
「すみません!」必死に引き離そうとした
祐美さんはハラハラしながらも唖然としてしまいました。小さな5歳の息子が、目の前の自己中心的で周囲を気にしない大人に、堂々と席を譲ろうとしているのです。
「どうやら陽太は、広めの2人席にこのおじさんが座って荷物も置けばスペースに収まって、周りの人の迷惑にならないと思ったみたいで……ですが私は何かあってからじゃ遅いと焦り、『すみません、すみません!』と必死に陽太をその男性から引き離そうとしたんです」
周囲の乗客も息をのんで見守っていたそう。
態度を急変させ、大人しくなった男性
すると男性の表情が、わずかに揺らぎました。真っ直ぐに自分を見つめる幼い瞳。そして、気づけば集まっていた周囲の視線。そのどちらにも耐えきれなくなったのか、男性の顔はみるみる赤くなっていきました。
「男性はもじもじしながらも仕方なく足を閉じ、咳払いしながらバッグを膝の上に移動すると、スマホもしまい大人しくなったんですよね」
つい先ほどまでの威圧的な態度はどこへやら。まるで別人のように静かになったその様子に、車内の緊張が一気にほどけていったそう。
バス内にはほっとしたため息と、思わずこぼれる笑顔が広がります。
「陽太は何事もなかったかのように、にこにこしながら席に座り直すと窓の景色を楽しみだして……私も張り詰めていた心が一気にほどけ、やっとホッとすることができたんですよね」
同時に祐美さんは、小さな息子のまっすぐな優しさと勇気に、静かに感動していたのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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