高級車、ブランド品、豪華な食事――。資本主義社会では、いつの間にか「お金をたくさん使うこと」が幸せであるかのように刷り込まれている。しかし、ひろゆき氏はそれを「一種の宗教にすぎない」と切り捨てる。では、収入や消費では測れない幸福とは何なのか。派手な贅沢に興味を持たないひろゆき氏が語る、素朴で自由な生き方。
※本記事は、ひろゆき著『人生の正体生きること、死ぬこと』(徳間書店)より抜粋、編集したものです。
幸福とは何か?
資本主義社会は、メディアを通じて「お金をたくさん使うこと」=「幸せ」という価値観を刷り込んできた。
新しいクルマを買えば幸せになれる。高級レストランで食事をすれば満足できる。ブランド品を身につければ自信が持てる。
でもそんなものは一種の宗教にすぎない。幻想だ。
ノーベル経済学賞を取ったダニエル・カーネマン(1934~2024=イスラエル・米国)らが2010年に発表した研究論文によると、年収7万5000ドル(当時の為替レートで、日本円にして700万円弱)程度で、幸福度は「頭打ち」になるという。
つまり、収入が増えるほど幸せも比例して増える……という単純な話ではない、ということだ。
さらに最近の研究では、幸福度を構成する要素はかなり多岐にわたることもわかってきた。経済的側面だけでなく、感情的側面や時間的側面なども複雑に絡まり合っていて、お金の尺度はあくまでその一部にすぎないのだという。
お金がないせいで日々の暮らしにしんどさを感じている人は、収入が増えれば幸福度は上がりやすい。家賃や食費の心配が減って、生活にゆとりが生まれる。
お金以外のQOL
逆に、もともとお金に不自由していない人はどうか。
焼肉店で「和牛A5ランク」と書かれたメニューをお腹いっぱい食べたとする。これで十分幸せな気分に浸れているのに、最後のとどめとばかりに「特選松阪牛の1日3皿限定シャトーブリアン」を追加注文したところで、幸福度はさして上昇しない。
収入が一定のラインを超えたら、だいたいこれと同じことが起きる。
もちろん、人間の強欲には際限がない。だけど、お金と幸福の相関関係は人によってバラツキもある。幸福度を左右するのはお金の量だけではなく、周囲に信頼できる友人やパートナーがいるかどうかだろう。お金以外のQOL(Quality of Life=生活の質)が肝心なのだ。
素朴な生活がいちばん楽しい
僕は庶民的なイメージが強いらしい。
ひと昔前に目立っていた「ヒルズ族」や「ネオヒルズ族」といった派手にお金を使いたがる人たちとは違い、地味でセコセコした倹約家に見えるということなのだろう。
たしかに、フェラーリやポルシェといった高級車にはまったく興味がないし、ましてやラグジュアリーなクルージングボートなんて一度たりとも欲しいと思ったことがない。
優雅でオシャレなイメージが強いフランスのパリに住んでいるが、家の中で1日3時間ゲームをして、その合間にせっせと映画やアニメを観ることが日々のルーティンである。
別に贅沢を我慢しているわけじゃない。
高級車に乗りたければ、高級車を持っている知り合いに乗せてもらえばいい。クルーザーも同じだ。美味しいお酒や食事も、誘われたときに行けばいい。
そういう意味では、宇宙を旅すること以外に思いつくことはひと通りやった。
そのうえで、いまの生活がいちばん楽しいと思っている。
『ドラゴンクエスト』シリーズのリメイク版を30時間かけてクリアする。話題の新作アニメを観る。そういう大衆的な趣味を満喫できれば、お金を使う必要も暇もないのだ。そしてそんな時間こそが、僕にとっての幸福であり、真の自由なのである。<文/ひろゆき>
【ひろゆき】
西村博之(にしむらひろゆき)1976年、神奈川県生まれ。東京都・赤羽に移り住み、中央大学に進学後、在学中に米国・アーカンソー州に留学。1999年に開設した「2ちゃんねる」、2005年に就任した「ニコニコ動画」の元管理人。現在は英語圏最大の掲示板サイト「4chan」の管理人を務め、フランスに在住。たまに日本にいる。週刊SPA!で10年以上連載を担当。新刊『賢い人が自然とやっている ズルい言いまわし』
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