高市政権で改憲が現実味か。「アメリカに何か言われるたびに解釈を変える」憲法の歪みを正す方法

4月12日の自民党大会で「時は来た」と憲法改正への意欲を示した高市早苗首相。憲法記念日の5月3日に行われた改正派集会へのビデオメッセージでも発議への意欲を語った写真/産経新聞社

高市政権で改憲が現実味か。「アメリカに何か言われるたびに解釈を変える」憲法の歪みを正す方法

5月9日(土) 8:45

提供:
高市内閣のもとで改憲の現実味が高まっている。4月12日の自民党大会で「時は来た」と憲法改正への意欲を示した高市早苗首相だが、憲政史研究家の倉山満氏は「本当に意味があり効果が最も大きい改憲をするならば、9条だ」と論じる(以下、倉山氏による寄稿)

効果が最も大きい改憲をするならば9条だ

高市内閣になって、憲法改正が現実味を帯びてきた。仮にこのまま高支持率が続き、2年後の参議院選挙で自民党が勝利。改憲勢力が参議院でも三分の二を超えたら?

今年の総選挙で、護憲を旨とするリベラル勢力に対し、日本国民は強烈な拒否反応を示した。これがたった2年で解消するだろうか。もちろん何かの拍子に風向きが変わり、高市改憲勢力に逆風が吹くかもしれない。それよりはるかに高い確率で、日本人が護憲派リベラルを見捨てる可能性は高い。

衆議院で自民党単独で三分の二の議席を有する。参議院は選挙制度上、一つの党派が三分二を占めるのは難しいが、改憲勢力全体で三分の二を超えるのは可能だ。というより、護憲派勢力が嫌われているので、彼ら全体で三分の一を占めるのが至難の形勢だ。

実際、'16年参院選では、当時の岡田克也民進党代表が「三分の一を目指す」などと改憲の阻止を高らかに掲げたが、見事に失敗した歴史もある。むしろ情勢が明確になった段階で政府高官が「(当時は連立与党の)公明党は改憲勢力ではない」などと発信するマヌケな有様だった。つまり自民党の方に改憲をやる気が無かった……。

高市首相、次の参議院選挙でも大勝するようなら、今度こそ改憲から逃げられまい。では、どの条文を変えるべきか。

本当に意味があり効果が最も大きい改憲をするならば、9条だ。といっても、普通の人は、なぜ憲法9条が問題なのか、わからないであろう。

アメーバのように伸びたり縮んだりした解釈

そこでまず、小学生の国語的に要約してみる。

1項「戦争はしません」

2項「戦力は持ちません。戦う権利を放棄します」

もちろん、一国の憲法が小学生レベルの要約で通じる訳が無い。ただし1項は簡明で、「侵攻戦争はしません」の意味である。仮に誰かに侵攻された時、「黙ってやられてろ」式の不条理不可能を日本国憲法とて要求しない。自衛は否定しない。似たような条文は世界中に転がっている。言ってしまえば、9条1項は人畜無害な条文なのだ。

問題は第2項、特に後段である。

まず、憲法が禁止する戦力とは何か。「自衛の為の最小限度を超える力」である。この解釈、アメーバのように伸びたり縮んだりした。

最初は「竹槍より強い武器」などと恥ずかしい解釈が罷り通っていた。その時は米軍に占領されているので、日本に何かあれば米軍が戦うので、不都合が無いと思われていた。

ところが朝鮮戦争が起こると、アメリカは日本に「自分の身は自分で守れ」と言い出した。そして日本は再武装の道を歩み出す。

アメリカに対し「最低限の義務を果たせる力」

この頃、憲法で禁止された以上の戦力とは「アメリカさんにお帰りになっていただけるような実力」と定義されていた。要するに、いつかは自主憲法を持ち、自主防衛ができる独立国家になるとの気概が、政界の合意だったのだ。

ところがいつしか平和に慣れ、アメリカに守ってもらうのに慣れ、自主憲法自主防衛は死語と化した。そして、「アメリカの防衛戦略の中で、最低限の義務を果たせる力を持つこと」が防衛政策の要となった。憲法解釈は、その時々のアメリカの要請にこたえられる範囲で、伸び縮みした。この前提は、いつか自主防衛をする前提を捨てていることである。最近では、トランプ大統領が一期目に当選した時、当時の安倍首相は即座にアメリカに飛び、帰国後は「日本の自主防衛は現実的ではないと説得した」と嬉々として語っていた。

9条2項前段は、昔の日本人のような気概があれば運用できないことは無いのだが、望むべくもない。アメリカに何か言われるたびに中途半端に解釈を変えるくらいなら、変えた方が良い。

深刻なのは後段だ。「国の交戦権はこれを認めない。」とある。どういうことか。「国際法上認められた権利の一部を行使しないこと」である。さすがに、小学生的要約では、意味がわからない。

国際法は、要するに戦争のルールである。戦争は悲劇である。しかし、現実には無くならない。ならば少しでも悲劇を軽減しようとの趣旨から、国際社会で合意された掟が、国際法である。たとえば、「すべての国は軍隊を持つ権利がある」「すべての国はどの国と同盟を結ぶも自由である」「すべての国は自衛の為に戦う権利がある」「国際法を守って戦った戦闘員には、保護される特権と名誉がある」のように。

放棄したと解釈される範囲も伸び縮み

ただ、このようにすべての国が認め合っている権利を放棄する国もある。たとえばスイスである。スイスは永世中立国なので、「すべての国はどの国と同盟を結ぶも自由である」との権利を放棄している。それに伴い、義務が生じる。特に重要なのが、「交戦する当事国双方の敵として振舞わねばならない」である。実際、スイスは二つの世界大戦で、国境を越えた国に対してはイギリスだろうがドイツだろうが戦いを挑み、戦死者も出している。これを中立義務と言う。

我が国も、国際法の権利の一部を放棄していると解釈していた。その放棄した範囲が、これまたアメーバのように伸び縮みしている。

最初は「ICBMの保持」「戦略爆撃機の保持」「戦時における中立国船舶の拿捕」のような、言ってしまえば「やらんでいい」ことに限定していた。裏を返せば、それ以外はなんでもやってよかった。

ところがいつのまにか、やっていいことを限定し始め、「小銃(ライフル)は戦力に当たらない」「原爆保有は不可」「軍艦は中間で不明」と言い出した。これでは、やっていいことと悪いことが曖昧で、軍隊として動きようがない。

今さら憲法解釈を元に戻せまい。ならば、どのように憲法9条を変えればよいか。2項削除が最もすっきりする。

ただし、その後も解釈論争を続けるのでは意味が無いが。

【倉山 満】
皇室史家。憲政史研究家。1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本近世史』が2月28日より発売

【関連記事】
公称2686年の皇室の歴史が終わるかもしれない「皇位継承問題」の本質/倉山満
皇室史家が語る皇族養子案の核心と「絶対に超えてはならない一線」/倉山満
世界を翻弄するトランプ発言イラン攻撃でも辻褄が合う驚愕シナリオとは/倉山満
高市首相の身勝手解散が招いた予算危機!選挙勝利は免罪符か/倉山満
【イラン攻撃】アメリカとロシアを同じ基準で批判できない国際社会の「現実」/倉山満
日刊SPA!

生活 新着ニュース

合わせて読みたい記事

編集部のおすすめ記事

エンタメ アクセスランキング

急上昇ランキング

注目トピックス

Ameba News

注目の芸能人ブログ