韓国・全州(チョンジュ)で開催中の第27回全州国際映画祭Korean Cinema部門に出品された「張明夫、玄界灘の落ち葉」が4月30日上映され、イ・ヨンゴン(李泳坤)監督が観客とのQ&Aに応じた。
本作は、武蔵野美術大学の留学生だったイ監督が卒業制作として手掛けた映像作品を映画としたもの。名投手として広島カープの連続日本一に貢献、1983年にプロ野球発足2年目だった韓国の三美スーパースターズに電撃移籍、1シーズン30勝という驚くべき記録を成し遂げた在日コリアンの福士敬章投手(2005年没)、韓国名張明夫(チャン・ミョンブ)の波乱の生涯に迫るドキュメンタリーだ。
映画は主にアーカイブ映像、生前の福士投手を知る関係者へのインタビューから構成されているが、福士投手の実の弟である松原龍夫さんが語り部となり、徴用工として日本で働いた父親と複雑だった家族関係についても明かす。いじめや差別を経験し、「日本人にバカにされたくない」との気持ちから野球に専念し、華々しいキャリアを築いた兄の活躍とは裏腹に、龍夫さんは暴力団に所属していた過去があった。自身の人生と兄との関係、その思いも赤裸々に語る。
日本で大きな成功を収めた福士投手が韓国に渡ったのは「祖国で役に立ちたい」その一心だったが、鳴り物入りでやってきた同胞のプレーに対し、韓国野球ファンの反応は冷ややかであった。その後は記録の停滞だけではなく、詐欺に遭うなど人間不信にも陥った。1991年、違法薬物使用の疑いで韓国野球界を追放され、再び日本で生活するも、金銭的困窮を経験し、亡くなるまで和歌山県で麻雀店経営で生計を立ていた。店の壁には「落ち葉は秋の風を恨まない」という言葉を記していた。
本作に取り掛かるまで「張明夫は、韓国ではそれほど良いイメージではないと記憶していました」というイ監督。しかし、「私が張明夫選手について知り、掘り下げれば掘り下げるほど、私たちが知らなかった物語、韓国で忘れ去られていた物語、日本で忘れ去られていた物語がどんどん出てくるようになったのです。何か運命のようなものも感じました。しかも、弟さんは私が通っていた武蔵野美術大学のほど近くに住んでいらっしゃったんです。それで、私は使命感を持ってこの物語を伝えなければならないと思った」と運命を感じて制作を決意したという。
また、弟の龍夫さんがかつて暴力団関係者であったことから、ドキュメンタリー制作は「非常に深く悩んだ」と吐露。「やってはいけないことなんじゃないか」と考えたが、当時のプロデューサーから熱心に説得され「やるべきだ。これが正しい道だと決意した」と苦渋の決断であったことを明かした。龍夫さん自身もその過去に対し、映画の中で「後悔している」と述べている。
イ監督は「張明夫選手にも良くない面があるというのも事実かもしれませんが、撮影を終えてからは、それと同時に、私たちが知ろうとしていなかった見えない部分があり、人間らしい人間だったのではないかとより一層思うようになりました」と胸の内を明かした。
この日のQ&Aには、福士投手の甥と義理の娘も参加。故人の波乱万丈の人生に思いを馳せ、声を詰まらせ、涙をぬぐう場面もあった。勝つことにだけに情熱を捧げ、結果を出し続けた野球選手の栄光、そしてその裏にあった深い孤独と悲しみを真摯に伝えるドキュメンタリーであった。
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