韓国・全州(チョンジュ)で開催中の第27回全州国際映画祭コンペティション部門に出品された中尾広道監督作「道行き」が5月1日上映され、中尾監督が観客とのQ&Aに応じた。
中尾監督は2021年に前作「おばけ」でも、同映画祭コンペティション部門へ招待されたが、新型コロナウイルス感染症の影響で、当時は観客不在での上映となった。今回、2度目にして映画祭初参加となる中尾監督は、今回の渡航に際し学んだという韓国語で自己紹介し、「初めて韓国にやってまいりました。素敵な機会を与えていただき感謝しています」と、まずは映画祭、観客、関係者たちに感謝の言葉を述べる。
渡辺大知主演、人形浄瑠璃文楽の国宝・桐竹勘十郎が映画初出演する「道行き」は、奈良の御所市を舞台に、モノクロームでつづられる時間を探す旅の物語。大阪から奈良に移住し、購入した古民家の改修工事を進める青年・駒井(渡辺大知)と、元所有者の老人・梅本(桐竹勘十郎)、御所の住人達との語らいを抒情的で遊び心ある映像表現で描き出す。
そして、「これからご覧いただく映画は、街の映画という側面を持っています。ある人物が自分の知らない街の時間や記憶をたどる、ある種旅のような映画です。日本では色々なところで上映されているので、私もその上映館のある街を回って、僕の知らない街を知るために歩き、その街の人たちと交流し、美味しいご飯や美味しいお酒を楽しむ……そんなことをやっています。その活動、その道が海を越えて、このような素敵な街で素晴らしい映画祭にまで続いてきたことに感激しています」と作品と自身の活動がリンクしていることを強調。
初の韓国訪問に「知らない街を知るというのはとても楽しいことで、昨日も3時間ほど散歩して色々とうろうろしていたのですが、日本と違って言葉の壁というものがあります。この街で必要な言葉をいくつか学んできたので、映画を見ないときはそれを使ってどんどん街に繰り出したいと考えています。食べる事と飲む事ばかり考えているのですが、まずは美味しいご飯を食べて街を知る。それから映画です(笑)」と、ビビンバ発祥の美食の地としても知られる古都・全州の滞在を、まずは旅人の立場で楽しんでいると報告した。
本作の映画祭上映時のタイトルは『道行き 時間の流れ』という意味の韓国語の副題がつけられている。上映後に、再び会場からの大きな拍手で迎えられた中尾監督は、時の流れをテーマとした本作制作のきっかけを問われ、こう明かす。
「もともとは古い時計店を舞台に、300年前、200年前、100年前と、様々な時代の時計がそれぞれ見てきた社会や物語を連作短編のように見せる映画を構想していました。その設定に説得力のある物件を探し、この築120年ほどの家に行き着きました。初めて内見に行った際、元の所有者である梅本さんから色々なお話を伺いました。もともと呉服店で、家屋は110年前に建てられたものだそうです。家の歴史や近所のたわいない話、不思議なお話などを聞いて非常に興味深く感じ、記録を始めました」とその過程を説明。
「物件のからくり仕掛けのような設えにも感動した」ことも家そのものを撮る動機になったそうで、「蔵の床板を取り外して滑車で物の上げ下げができたり、茶室の掛け軸の裏に隠し扉があったりと、時計のからくりのような映画を撮るのにふさわしい物件でした。劇中に出てきた“80年間成長も枯れもしない木”の話も実話です。梅本さんは『こんな話、家族にも誰にもしたことがない』とおっしゃいました。今、私が記録して撮影しないと、彼が見ている風景が全て消えてしまうと思い、10時間以上お話を伺いました。彼の古い記憶の中にある幻想や他人の記憶なども、全て引き受けるつもりで話していただきました」と振り返る。
中尾監督同様、街を歩きながら家を見る習慣があり、とりわけ地方都市から人や家がなくなることを憂慮しているという建築家の観客からは、今後どのような家を、どのように残していくべきか?と質問が寄せられた。
「正直、選択肢があまりなくて、ここを残したいと思っても抗えない不可抗力のような強大な力があります。選ぶというよりは、残せそうなところを何とか繋いでいくというスタンスです。建築家の方は建築の技術で、私は映画を撮っているのでカメラで記録することで、一つの現象として多くの方に見ていただく。それがどこかで種を蒔くことに繋がればと思っています」と現在の自身ができることで、過去と未来への橋渡しができるのではと考えている。
そして、「劇中の風景や建築、人形浄瑠璃などに興味を持たれた方は、ぜひ早めに日本へいらしてください。5年後、10年後に同じ風景が残っている保証はありません。これは奈良県御所市という局地的な話ですが、日本全国で加速的に起こっている普遍的な問題です。自治体によっては文化に対して無頓着な部分があるので、民間から声を上げて守っていくしかない状況でもあります」と力を込めた。
映画専攻の学生からは、空間を活用した演出が非常に印象深かったという感想が寄せられ、これから映画を作る立場として、空間や場所をどのように活用すればよいのか、中尾監督にアドバイスを求めた。
中尾監督はまず「難しいですが、とにかくよく見てみること」と回答。そして、「私は5年前にその(劇中の)家に移り住みました。脚本もない時点で、最初の一年半から二年ほどは一人で床板を直し、壁を塗り、天井を直す作業を本格的に行い、それを全てカメラで記録しました。その後、実際に暮らしながら、この空間で演出できることは何か?と色々なところにカメラを向けて撮影しました。それを客観的に見ながら脚本に合うロケーションを探したという経緯があります。とにかくよく見て、記録してを繰り返すことで、何が最適な空間の捉え方なのかが見えてくると思います」と、長い時間をかけての空間との対峙が重要であると、自身の経験を振り返った。
【作品情報】
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