
『最後の猿まわし』(みすず書房)著者:馬 宏傑
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◆滅びつつある伝統の至芸
中国の写真記者によるルポルタージュの傑作を読んだ。著者が深く関わったのは、河南省南陽(ナンヤン)市新野(シンイエ)県の猿まわしを生業とする芸人である。肥沃(ひよく)とはいえぬ土地の人々は、収穫期をのぞく一年の大半、流浪の旅を送ってきた。一か八か、多額の金を得る夢を追って、猿に芸を仕込み、高祖父の時代から、遠くは、ミャンマーや内モンゴル、チベットにも旅を続けてきた。
二〇〇二年に著者は、鮑湾(バオワン)村の楊林貴(ヤンリングイ)一座の旅に同行する。彼が見たのは、当局の管理が進み、興行もままならない旅芸人の現実だった。宿泊も食事もきわめて貧しい。移動も列車に不法乗車する。襄陽(シアンヤン)の鉄道操車場で不法乗車を試みる件(くだ)りに緊迫感がある。一座に従い、無蓋(むがい)列車に乗り込むが、初めての経験に心臓が早鐘を打つ。「誰だ」との声に怯(おび)え、二十分ほど待つと、列車はガタンと動き出した。このとき取材者は、旅の芸人たちとひとつになった。
猿にも様々(さまざま)な芸境がある。猿まわしには「正戯(芝居)」と「雑戯(曲芸)」があり、猿がお面をつけるかどうかで区別される。京劇の俳優にならってか、猿も役柄に応じた面をつける。「面咬(か)み」といって、お面の裏についている横木を咬んで演じるという。
前口上が始まる。「ヘイー/小猿は出づる四川から、出づるは四川の峨眉山なり」。先祖代々伝わった歌詞である。口上を結ぶと、猿は自ら道具を収めた箱に向かって、帽子とお面をつけた。滅びつつある芸だろう。猿は楊らにとって貴重な財産であるとともに、家族の一員でもある。猿が歩かなくなると「一日中仕事をして、疲れたんだろう」。楊は猿たちを肩に乗せて、慈しみ、歩き始めた。「まるで我が子のように接している」
著者が管理社会に怒り、告発を続けているのは、楊らの猿に対する限りない愛情に打たれたからだ。「猿まわしの群像」は芸人の列伝。なかでも「喬梅亭(チアオメイティン)の人生」が涙を誘う。また著者は写真にもすぐれる。雪の降りかかるなか、深い絆で結ばれた猿を背にした表紙をはじめ、後の世に残したい記録を多数収録。永野智子の的確な翻訳を得た。
【書き手】
長谷部 浩
1956 年生まれ。慶應義塾大学卒。演劇評論家、東京藝術大学名誉教授。 現代演劇から歌舞伎まで幅広く評論活動を展開。著書に『4 秒の革命 東京の演劇1982-1992』(河出書房新社)、『傷ついた性 デヴィッド・ルヴォー演出の技法』(紀伊國屋書店)、『野田秀樹論』(河出書房新社)、『権力と孤独 演出家 蜷川幸雄の時代』(岩波書店)、『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』、『菊五郎の色気』(いずれも、文春新書)、『菊之助の礼儀』(新潮社)など。蜷川幸雄との共著に『演出術』(ちくま文庫)。また、編著に『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』、『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』(いずれも、岩波現代文庫)などがある。紀伊國屋演劇賞審査委員。
【初出メディア】
東京新聞 2023年4月15日/中日新聞:2023年4月16日
【書誌情報】
最後の猿まわし
著者:馬 宏傑
翻訳:永野 智子
出版社:みすず書房
装丁:単行本(368ページ)
発売日:2023-02-03
ISBN-10:4622095874
ISBN-13:978-4622095873
