全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
【写真】元弁当店の跡地を改装。全面ガラス張りの店構えは、通りからも目を引く
関西編の第108回は、和歌山市の「SUNDAE」。和歌山城の石垣沿いの大通り。バス停のまん前にある店先には、常に乗降客が行き交い、素通しの店をのぞく人もいて、外を見ていて飽きることがない。和やかな話声が絶えない店は、コーヒースタンドというよりも、喫茶店にも似た大らかさが心地よい。とはいえ、店主の木村さんは、N.Y.発の人気ロースターで修業を積んだ実力派バリスタ。お客に提供する一杯のため技術を磨き、本格的に焙煎も修業中。それでも、「みんなが元気の出る場所にすることだけ考えています」と、気取らず明るいキャラクターで、老若男女にファンを広げている。
Profile|木村有希 (きむら・ゆうき)
1996(平成8)年、和歌山市生まれ。高校卒業後、地元企業で事務員として約5年勤務した後、飲食業へと転身し、FAVORITE COFFEEのスタッフに。サイフォンでの抽出や焙煎のことを教わるうちにコーヒーの仕事に没頭し、やがてエスプレッソを学ぶべく、大阪・心斎橋のBrooklyn Roasting Companyのバリスタに応募。さらに、和歌山のロースタリーカフェ・Balder coffeeのオープニングスタッフにも入り、2店を掛け持ちしながら経験を積み、2024年、「SUNDAE」をオープン。開店後は、自家焙煎を目指してシェアローストで修業中。
■サイフォンから始まったバリスタへの道
「お城のなかが散歩コースという方も多くて、ご年輩の方から小学生、ワンちゃんまで、お客さんの層は幅広いですよ(笑)。店作りでこだわったのはカウンター。アットホームな感じで、お客さんと話ができる場にしたくて。会話を通して、お客さん同士も仲良くなってもらえたらうれしい」という店主の木村さん。人懐こい笑顔と朗らかな接客で、初めての来店でも気分を軽やかにしてくれる。
明るいキャラクターが生きるカウンターでの仕事は、まさに天職とも言えそうだが、「実は、かつては事務員をしていたんです。今では信じられないですけど」と苦笑する木村さん。遡れば、高校卒業後、5年ほど会社勤めを続けるも、型にはまった生活がなじまず、学生時代に経験のあった飲食店の仕事へ。本連載でも登場した和歌山市のFAVORITE COFFEEで働き始めたのが、今にいたる転機になった。
「FAVORITE COFFEE に入るまで、コーヒーのことは特別意識してこなかったんですが、サイフォンで淹れる作業が楽しくて。当時の店長は、後に岩出市でKAMIN COFFEE Roasterを開業する西田さんで、抽出や焙煎のことを教わるうちに、どんどんハマっていきました」と振り返る。以来、水を得た魚のように、コーヒーの仕事に没頭、キッチンからホールまであらゆる現場を経験。興味が湧くとともに、他のコーヒー店を訪れることも増えた。その中で、木村さんの琴線に触れたのは、エスプレッソだった。「マシンの操作やラテアートを見て、おもしろそうだなと直感で惹かれた。サイフォン以外のコーヒーもやってみたいなと」。とはいえ、和歌山ではエスプレッソに力を入れる店はほとんどなく、バリスタの募集があっても経験者に限られた。それでも、気持ちは抑えがたく、機会を求めて大阪へ。折よく見つけたのが、心斎橋のBrooklyn Roasting Companyのスタッフ募集だ。
Brooklyn Roasting Companyは2009年にN.Y.で創業。2012年に日本初のフラッグシップとして大阪・北浜に1号店を開店。関西におけるサードウェーブ到来の先駆けとして話題を呼んだ一軒だ。ちょうど商業施設内の姉妹店ができるタイミングで、オープニングスタッフに入ることができた木村さん。ここで初めて浅煎りのスペシャルティコーヒーを体験して、より本格的にコーヒーにのめり込んでいった。
■和歌山と大阪のダブルワークで気づいたこと
ただ、Brooklyn Roasting Companyでカウンターに立つためには、トレーニングを経て試験を通る必要があった。バリスタ競技会のように、時間内に既定の杯数を提供して、風味のレンジを調整して出す技術を求められる。しかも、常時20種以上のなかから、どの豆を使うかは当日までわからないとあって、アドリブの対応力も重要だ。個人店では、現場でとにかく杯数を淹れて腕を磨くというスタイルも多いが、「きっちりトレーニングを積んで、スキルを認められ、技術を持つ人が淹れられる。基準がはっきりしていたことは、私にとってかえってよかった。もちろん、技術はお客さんからは見えないものですが、味への信頼感につながると思うので」と、ここでの経験が、バリスタとして揺るがぬ土台となった。
大阪では来店客も、日々淹れる杯数も多く、修業には格好の場ではあったが、ベースはあくまで地元に置きたいと考えていた木村さん。Brooklyn Roasting Companyに入ってほどなくして、和歌山に新たなロースタリーカフェ・Balder coffeeオープンの報を耳にする。「自家焙煎で、ドリップもエスプレッソも提供する新しい店ができると聞いて、すぐさまバリスタの募集に応募しました。そこからは大阪と和歌山で掛け持ち生活で大変でしたが、同時に異なるロケーションにいることで、お客さんや環境の違いを感じられるのが新鮮で。いい経験になりました」と振り返る。
当時、和歌山では、基礎からトレーニングを積んだバリスタは貴重な存在。木村さんは、Balderで約3年の間、店の看板バリスタとして活躍。前回登場したMARKET WAKAYAMAの仁尾さんによれば、当時から独立開店を待ち望むお客の声も多かったという。実際、このころから開店を視野に入れ、焙煎にも着手したいと考えていたが、「触れる機会がなかなかなくて、店を始める前にコーヒーのすべての工程を経験したかったが、それだけが叶わなかった」。開店への気持ちが切れそうになる時もあったが、背中を押してくれたのは、現在の夫である知弘さんだ。
知弘さんは美容師として県内外で活動し、2021年に和歌山市内にメンズ専門サロン・SUNDAEを開業。同時に、同じビルの階下に入るMARKET WAKAYAMA・仁尾さんにコーヒーやカフェ運営のイロハを学ぶなど、木村さんの開業準備に向けたサポートを惜しまなかった。そうした支えもあり、2024年、知弘さんの店の移転を機に、木村さんも独立。同じ「SUNDAE」の屋号で、1階がコーヒースタンド、2階が美容室というユニークな店が誕生した。「たとえば、カップルで来られて、2階で男性がカットする間、下で女性が待っているというのもよくあります」と、上下階でお客さんの行き来もあるのは、違うジャンルのお店が併設する、ここならではだ。
■カウンターに集うみんなが元気になる場所に
「実は、開店して1カ月ほどは、まだBalderにいて、姉妹店と思われていたこともあります。お客さんも、“なんでここにいるの?”、“どっちなん?”って(笑)」。慌ただしい開店当初から1年、今ではすっかり界隈の憩いの場となった「SUNDAE」。作り込みすぎない、ちょっとラフな空間は居心地よく、メニューの“のみもん”“たべもん”という表記も、木村さんの人柄さながらに親しみやすい。“のみもん”の柱であるコーヒーは、東京のウエストサイドコーヒーの豆を使用。オリジナルブレンドで淹れる看板のエスプレッソやカプチーノ、スペインのご当地ラテ・コルタードもファンが多い。またドリップには、エチオピア・ナチュラルを使い、浅煎りならではの魅力を伝えている。「ウエストサイドコーヒーは、東京に行った時に訪ねてご縁ができて。浅煎りのきれいな風味が自分好みで、店主さんの人柄もすごく丸くて優しい人。和歌山の人にも紹介したいのでずっと定番にしています」と木村さん。一方“たべもん”のメニューには、昭和スタイルのかたーいプリンをはじめ、ボリュームたっぷりのたまごサンドやあんバタートーストなど、喫茶店感覚の気取らない一品が揃う。エスプレッソと純喫茶メニューの取合せのギャップも魅力の一つだ。
日々、カウンターに立つ傍ら、同世代のロースターの協力を得て、シェアローストで本格的に焙煎も修業中。「浅煎りを得意とする店で、教わりながら取り組んでいます。目指す浅煎りのイメージは、明るくてジューシー、余韻に甘さがある味わいですが、これが難しい。自分の味を作るのには、焙煎機と仲良くなるのが目下の課題ですね」。すでに、モーニングの時間帯やイベント出店時に、自身の焼いた豆を使っての提供も始め、試行錯誤の成果に少しずつ手ごたえを感じてきている。さらに、「近年、和歌山のコーヒーシーンが盛り上がっているのはありがたいこと。個性的なロースターが周りに点在していて、焙煎を学ぶにはいい環境にいるなと感じます」と、同業の仲間が開く勉強会にも参加。大きな刺激になっている。
それでも、木村さんが拠って立つところはバリスタ。焙煎を学ぶのも、あくまでお客に提供する一杯をコントロールするため。「先々、飽きられないように焙煎に力を入れながら、変わらず誰もが来やすい店でありたい。何より、みんなが心安らぐ、元気が出る場所にすることだけ考えています」
屋号の「SUNDAE」は、アイスやフルーツを盛り合わせたデザートの名前。コーヒースタンドの上に美容室が乗っかった店の形が、まさにサンデーそのものだ。「違うジャンルのお店がニコイチになっているので、上下階でお客さんの行き来もあります。もちろん老若男女、動物もウェルカム(笑)。幅広い世代に開かれたお店にできれば」。これから客層が広がるほどに、店の彩りは増していく。
■木村さんレコメンドのコーヒーショップは「Kamuro Coffee&Scone」
次回、紹介するのは、和歌山県橋本市の「Kamuro Coffee&Scone」。
「店主の土屋瑞貴さん、理央さん夫妻が、週末だけ開店するコーヒーとスコーンのお店。コーヒーは、私が好きな浅煎りが主体で、瑞貴さんとはシェアローストや焙煎の勉強会で一緒になることも多く、昨年はイベントでもコラボしました。高野山にも近く、自然に囲まれたのどかなロケーションも他にない魅力で、地元のフルーツを使った理央さんお手製のスコーンはわざわざ買いに行く価値ありのおいしさです」(木村さん)
【SUNDAEのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(シェアロースト)
●抽出/ハンドドリップ(カリタウェーブ)、エスプレッソマシン(VBM)
●焙煎度合い/浅~中煎り
●テイクアウト/ あり(500円~)
●豆の販売/なし※イベント出店時のみ
取材・文=田中慶一
撮影=直江泰治
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