中田英寿の「衝撃」は誰も超えられない 欧州4大リーグのクラブで頂点に立った日本人選手たち

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中田英寿の「衝撃」は誰も超えられない 欧州4大リーグのクラブで頂点に立った日本人選手たち

4月17日(金) 7:00

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久保建英、初のタイトル獲得なるか?(中編)

いまや100人を超えると言われる"欧州組"。だが、主要国でリーグ戦、カップ戦のタイトルに手が届くのはほんのひと握りに過ぎない。久保建英は、25年前に中田英寿(当時ローマ)が切り開いた道を突き進むことができるか。

【前編・久保建英、日本人初のスペインでのタイトル獲得なるか 「鬼門」で道を拓くパーソナリティとは】はこちら>>

4月18日(現地時間)、レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)の久保建英は、スペイン国王杯決勝で初のタイトル獲得に挑む。自身にとってプロ初タイトルになるが、それ以上に、スペインでプレーした歴代日本人選手で初めてのタイトルを懸けた戦いとなる。

欧州4大リーグをイングランド、スペイン、イタリア、ドイツとした場合、そのクラブに所属してタイトルを手にした日本人選手は、スペインを除けばすでにどの国にもいる。

ただし、長い歴史の中、4大リーグでタイトルを取ったことのある日本人はおよそ10人程度しかいない。幅を持たせたのは、チームの一員ではあっても、ベンチやベンチ外で過ごすことのほうが多く、試合出場時間がわずかという場合、タイトル歴に入れるべきか微妙なところがあるからだ。

たとえばイングランド、プレミアリーグではアーセナル時代の稲本潤一が2001-02シーズンに優勝を経験しているが、彼自身の出場はなかった。また昨シーズン、ブンデスリーガで優勝したバイエルンの伊藤洋輝は6試合で計250分程度の出場時間だった。ヴォルフスブルク時代にブンデスリーガで優勝している大久保嘉人も同じことが言えるだろう。

初めて栄誉を手にした日本人選手は1977-78シーズンにケルンでブンデスリーガ優勝を経験した奥寺康彦だ。以来、ざっと10人程度ということになる。

セリエAでの優勝を決めもみくちゃにされるローマの中田英寿 photo by Reuters/AFLO

セリエAでの優勝を決めもみくちゃにされるローマの中田英寿 photo by Reuters/AFLO



長谷部誠はヴォルフスブルクで2008-09シーズンにブンデスリーガで優勝し、フランクフルトで2017-18シーズンにドイツカップ優勝。2021―22シーズンのヨーロッパリーグ優勝も特筆に値する(ヨーロッパのカップ戦ではフェイエノールトの小野伸二が2001-02シーズンにUEFAカップ優勝を成し遂げている)。

香川真司はドルトムント時代に2010-11シーズンからブンデスリーガで連覇を果たし、マンチェスター・ユナイテッド時代も2012-13シーズン、プレミアリーグで優勝した。

2010-11シーズンには、内田篤人がシャルケでドイツカップを制し、長友佑都(インテル)もコッパ・イタリアで優勝している。

【同僚、監督から最大級の賛辞】また、岡崎慎司はレスターで2015-16シーズン、プレミアリーグ王者に輝いている。南野拓実は2019-20シーズンにリバプールでプレミアリーグ優勝し、2021-22シーズンにはFAカップ&リーグカップを制覇。そして鎌田大地はフランクフルトで長谷部とともにヨーロッパリーグを制覇、昨シーズンはクリスタル・パレスでFAカップに優勝している。

しかし、欧州サッカー史上で最も強いインパクトを与えた日本人といえば、いまだに中田英寿ではないだろうか。

中田はセリエA、ペルージャでのデビュー戦で豪快なゴールを決めるなど、日本サッカーの夜明けのような華々しさを見せ、「NAKATA」の名前は世界に伝えられた。

ペルージャでチームメイトだったマルコ・マテラッツィ(ドイツワールドカップ決勝でジネディーヌ・ジダンの頭突きを受けたことで有名なイタリア代表のセンターバック)は当時、こう語っていた。

「中田は練習で『おまえ、真面目すぎるぞ』と言いたくなるほど真剣だった。自分がふざけているわけじゃないけど、こっちが引け目を感じるほどね。ただ、シリアスだったといっても、苦悩していたわけではない。ピッチでは、何かあればボールを預けることができた選手だったし、出てきた問題をすぐに解決できてしまったから」

また、86歳で亡くなったカルロ・マッツォーネ監督は、ペルージャを去る中田に対して最大級の賛辞を送っていた。

「中田は何よりも人間としてすばらしかった。時間を守ったし、いつも集中していた。プロとして与えられた課題を、いつもきっちり遂行したよ。私は(戦力的に苦しいチームで犠牲を強いる)守備的MFになることを要求した。彼はゴールに近いポジションのMFを望んでいたと思うが、愚痴ひとつこぼさなかった。彼のおかげで、日本サッカーもイタリアで市民権を得たんだ」

中田はペルージャに収まりきらない選手だった。わずか1年半で、巨額の移籍金で強豪ローマに移籍した。これだけでもニュースだったが、2000-01シーズンにはスクデット(セリエA優勝)を獲得したのだ。

その栄光のシーズン、中田は若きエース、フランチェスコ・トッティとの熾烈なポジション争いを強いられ、外国人枠の問題もあって年間を通じての出場機会は限られていた。しかし、出場したときの印象はけた外れだった。たとえば優勝を争うユベントスとの頂上決戦では、途中出場から2点差を追いつく試合の主役になるなど、終盤戦でスクデット獲得の英雄になったのである。

ちなみに当時のセリエAは、現在のプレミアリーグに近いか、それ以上のまさに最高峰だった。ロベルト・バッジョ、アレッサンドロ・デル・ピエロ、エルナン・クレスポ、ガブリエル・バティストゥータ、アンドレイ・シェフチェンコ、マヌエル・ルイ・コスタ、ジダン、パベル・ネドベド、パオロ・マルディーニなど、世界のスーパースターが勢ぞろい。そこで日本人がスクデットを勝ち取るのは、おとぎ話のようだったのである。

ちなみに中田はパルマ時代、2001-02シーズンにユベントスを決勝で下し、コッパ・イタリアでも優勝している。

スペイン国王杯決勝アトレティコ・マドリード戦で、久保がどのような活躍を見せるか。率直に言って、中田の衝撃を越えることはないだろう。しかし久保の場合は、中田のような日本人の特性を生かしたアプローチというより、「スペイン人よりもスペイン人」という欧州化した選手としての成功を目指しているところがある。それは新たな時代の金字塔になるはずだ。

つづく

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