田中麗奈、“映画女優”としての矜持「がんばっていきまっしょい」から現在まで【ロングインタビュー①】

田中麗奈、“映画女優”としての矜持「がんばっていきまっしょい」から現在まで【ロングインタビュー①】

4月13日(月) 18:00

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今から28年前、映画「がんばっていきまっしょい」への主演、清涼飲料水「なっちゃん」のCMで一躍スターダムを駆け上がったのが、田中麗奈だ。その後の10年間、テレビではなく銀幕の世界を主戦場とした田中は、さまざまな役にひたむきな姿勢で向き合いキャリアを構築してきた。1990年代後半から2000年代前半にかけて、多くの女優が映画には見向きもせず、テレビドラマに出演したがった時代。多感な時期を、誰よりも“映画女優”として志高く生きてきた田中は、いかに1本1本の作品と向き合ってきたのか……。穏やかな口調で語り尽くしてくれたデビューから現在に至るまでを、全3回でお届けする第1回はキャリア初期を振り返る。(取材・文/映画.com編集長 大塚史貴、写真/間庭裕基)

【爽やかショートカットの少女】デビュー当時の田中麗奈

■起点は、やはり「がんばっていきまっしょい」から

「がんばっていきまっしょい」から現在までを取材するに際し、代表作といえる作品から意欲作に至るまでを間隔をあけずに17本鑑賞し、田中と対峙した。これだけの本数をまとめて観る機会は頻繁に訪れるものでもなく、爽やかなショートカットの少女がしっとりと落ち着いた女性へと変貌を遂げていく様子は、ひとりの女性の大河物語を間近で目にしているような感慨を筆者にもたらした。

起点として、やはり「がんばっていきまっしょい」からスタートすべきだろう。右も左も分からないなか、初主演の現場はいかなるものであったか――。

「共演に同世代の女の子たちがたくさんいましたので、ふざけたり他愛もない話で盛り上がったりもしましたが、みんな子役からお芝居をしている子もいれば、プロのモデルとして雑誌の表紙を飾っている子などプロとして経験者が多かったんです。一方、わたしは九州エリアでCMを2年ほどやっていただけなのでお仕事に対して、芸能界で生きることに対しての意識をみんな強く持っていたので、一緒にいてわたしにはそこが足りないなと感じた部分でした。

この現場では、人に見られることの意識、プロとして仕事をすることの意識を学ばせてもらいました。スタッフさんにもお芝居だけではない、映画との関わり方、現場との関わり方、カメラが回っていない時の役者の姿勢こそ見られているんだよ、ということを教えていただきました」

■女優人生初の初日舞台挨拶は98年10月10日

“座長”ながら初めての現場で多くの学びを得た当時18歳の田中にとって、98年10月10日の記念すべき初日舞台挨拶で記憶に残っている光景がどのようなものであるか聞いてみたくなった。

「昨年閉館してしまった丸の内TOEI(当時は丸の内東映)での舞台挨拶でした。劇場ロビーでテレビや記者さんからの取材を受けたことはすごく覚えています。きらびやかな世界だなあと感じましたね。経験したことのない忙しい時期に入ってしまったこともあって、舞台上で何を話したのかあまり記憶にないのですが、みんなと一緒に取材を受けたことやカメラのフラッシュがすごかったことは今でも覚えています」

デビュー作の初日を良い思い出のまま終えることができたからこそ、近年は若手のデビュー作の初日挨拶が意義ある日になるようにと“親心”をのぞかせる。

「『星と月は天の穴』ではヒロインの咲耶ちゃんが舞台挨拶が初めてだとお聞きしていたので、どんな気持ちなのかな、良い1日にして欲しいなと思いましたし、『ストロベリームーン余命半年の恋』では當真あみちゃんが主演として初めての初日とうかがい、彼女にとって思い出深い日になったらいいなと感じました。昔の自分と重ねてしまうので、少しでも素敵な時間になるよう、自分なりに協力できたらいいなという思いでいます」

■篠原哲雄監督、市川準監督との出会い……

2000年には、「はつ恋」(篠原哲雄監督)では「がんばっていきまっしょい」とは打って変わって都会の女子高生を瑞々しく体現した。真田広之、原田美枝子、平田満ら芸達者な先輩たちとの現場となったが、福岡から上京した翌日にクランクインしたという。

今作で印象的だったセリフとして、「あれがあるから今があるんだ。そんな大事な瞬間がくるから」というものが挙げられる。田中にとっての「そんな大事な瞬間」について、思いを馳せてもらった。

「『あれがあるから今があるんだ』……。改めて全てが繋がっている感じがしますね。『はつ恋』の篠原監督とのご縁は今も続いていますし、高校を卒業して上京後すぐに撮影に入った作品なので、自分にとっても社会人としてスタートとなる作品でしたから。

同じ時期に『ざわざわ下北沢』と『東京マリーゴールド』で市川準監督との出会いがありました。去年短編映画『名前、呼んでほしい』でご一緒した外山文治監督は同い年なんですが、『東京マリーゴールド』を観て映画監督になりたいと思ってくれたそうで、部屋にずっとポスターを貼ってくれていたという話をお聞きして、すごく嬉しかったんです。20歳前後だったわたしが出演している映画を観て、若き日の外山さんが監督を志望され、時を経てお仕事をするご縁に恵まれている。こうやってひとつひとつのご縁を大切にしながら、思い入れのある作品を増やしていきたいですね」

また近年、映画祭で「はつ恋」をフィルムで観る機会があったそうで、これまでとは違う視界が広がっていったようだ。

「当時、どれだけ視野が狭かったんだろうって感じました。大人になって改めて観てみると、あの頃の幼かった自分の気持ち、親になった自分の気持ち、それから自分の親に対しての気持ちが理解できて、過去と未来が結びついて、さらに自分の日常が輝いていくような感覚を覚えました。子どもがある年齢になったら、『はつ恋』は見せたいですね。映画で教えられることってたくさんあると思うのですが、洋画・邦画といろいろあるなかで自分が出演した作品で子どもに何かを伝えていけるというのは、個人的な喜びといえるかもしれません。『がんばっていきまっしょい』は、そろそろ見せてもいいかもしれないですね」

(第2回に続く)

【作品情報】
星と月は天の穴

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