中谷潤人LAキャンプリポート(第3回)
5月2日、東京ドームでの井上尚弥戦が迫るボクシング世界3階級制覇王者・中谷潤人選手。その強さの源泉に迫る話題の書籍『超える中谷潤人ドキュメント』を上梓したノンフィクション作家、林壮一氏による、中谷選手の直前キャンプ密着・第3弾。果たして、"モンスター"をどう攻略するのか――。
LAキャンプで調整を続ける中谷
【「本物のファイター」がスパーリングパートナーに】「ジュントにとって、オフェンスはそれほど難しくない。だが、ディフェンスとなると話は別だ......。パンチをブロックし、タイミングを見てカウンターを放ち、フットワークを使って動き回る。そういった防御技術を向上させれば、試合運びがぐっと楽になる。
このトレーニングキャンプに入ってからのジュントは、実にいい表情をしているよね。彼を見ていると、着実に進歩しているのがわかる」
15歳から中谷潤人を指導し、5月2日の"モンスター"井上尚弥戦でも、挑戦者のチーフセコンドとして東京ドームのリングに上がるルディ・エルナンデスは語った。
「現段階ではモンスター対策として、ディフェンスを磨くことに重点を置いている。そのための、素晴らしいスパーリングパートナーが見つかった」
中谷が、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトルマッチに向け、ロスアンジェルス・キャンプを開始してから3週間が過ぎた。これまでバンタム級からスーパーフェザー級まで6名のパートナーとのスパーリングをこなしているが、中心的な役割を担うのが20歳のディエゴ・アヴィレスだ。
中谷のスパーリングパートナーを務めるディエゴ・アヴィレス
ルディは言った。
「ディエゴは、最高の実践相手だ。本物のファイターだからね。この若者は、1ラウンドに100発ものパンチを繰り出す。ほかの選手は大抵の場合、ジュントに対して1ラウンドに20発から25発程度だろう。その差は歴然。ディエゴはイノウエよりやや高いくらいの身長があり、スピードも申し分なく、ものすごい闘争心の持ち主だ。今この瞬間にさえ、世界チャンピオンになれる実力を持っている。
だから複数のプロモーターに彼を推薦したよ。私は確信を持てない限り、特定の選手を推すことなんて絶対にしないんだがね」
【若手からもらう刺激】目下、アヴィレスのプロ戦績は5戦全勝オールノックアウト。アマチュア時代に8回、全米王者となっており、今月末に2度目の6回戦を控える身だ。パウンド・フォー・パウンド上位に名を連ねる23戦全勝16KOのWBA/WBC/WBOスーパーフライ級チャンピオン、ジェシー・ロドリゲスをスパーリングで凌駕したという話もロスアンジェルス界隈を駆け巡っている。中谷と手を合わせても、まったく臆することなく前進を続ける。
ルディの説明通り、休まずにパンチを繰り出す。蒸気機関車のように下がらないスタイルだが、決して防御も疎かにしない。アヴィレスのスパーリングを目にした誰もが、その将来性に唸らされる。
中谷は、頭、ガード、足の位置を細かくルディに指摘されながら、ディフェンスをテーマとしたスパーリングを重ねている。
期待の新星は、4冠統一スーパーバンタム級王座奪取を誓うチャレンジャーについて話した。
「動きが速く、ジャブが鋭く、右も左も重いパンチを持っていて、どの角度からでもヒットしてきます。毎回、学ぶことがふんだんにありますよ。さすがは3階級制覇のチャンピオンですね。きっと122パウンド(スーパーバンタム級)のニュー4冠王者となるでしょう」
中谷もまた、20歳の若者を認める。
「プレッシャーが強い選手ですから、この上ない練習になっています。まだ、彼のパンチをもらってしまう局面がありますね。そこを反省し、修正中です。リングの使い方、リズムを作る方法など、僕もいろいろと勉強して自分のなかに落とし込んでいく作業です」
中谷のスパーリングパートナーを務める面々のうち、アヴィレスを含めた2名が20歳、そして18歳、21歳、27歳、35歳が1名ずつだ。
「力のある若手の存在が、とても刺激になります。こういう選手がゴロゴロいる環境は、アメリカならではですよね。日々、新しい才能が生まれてくることを感じます。いい場所に身を置くからこそ、僕自身もスキルアップできていると、あらためて感じますね。ロスで経験を積んで、培ってきたものがたくさんあるなと。それが、資産となっています。
スパーリングを行なう中谷(左)
ひとつの動きを繊細に突き詰めていく必要性がありますよね。5月2日の試合当日に体が自然と反応するように持っていきます」
中谷にとって、5月2日の東京ドームは、キャリア最大の一番だ。しかし、本人は気負いなく、これまでと同じように、着実にメニューをこなしている。
「ディエゴは、簡単に当てさせてくれませんし、僕のパンチがヒットしても打ち返すメンタリティーを備えています。だからこそ濃い練習になりますし、自分を高められるんです」
【NBAの"KING"のウォーミングアップを見て思うこと】中谷は今回のLAキャンプ中、何度かクリプトドットコム・アリーナ周辺をロードワークのコースとした。NBAの人気チーム、レイカーズのホームコートだ。同チームには、バスケットボール界で"KING"と呼ばれるレブロン・ジェームズが所属している。昨年末に41歳となり、ピークを過ぎたとも囁かれるレブロンだが、その存在感は依然として唯一無二だ。ボクシング界に当て嵌めるなら、モハメド・アリ、マイク・タイソンクラスのビッグネームである。
中谷は先日、レブロンが試合前にウォーミングアップするシーンの動画を目にした。基本であるドリブル、シュートの練習を、これ以上ないほど丁寧にこなす様に目を奪われた。
「きちんとした基礎があるからこそ、応用が利き、多彩な動きができるんですね。スーパースターは、軸がしっかりしている。僕はバランスを大事にしていますが、突然軸が崩れたりすることもあります。自分の感覚を摺り込ませるために、レブロンのように基本的なことを毎日やるのは絶対に大事ですね。
スパーリング前に軽く動く時も、バランスを崩さないようにやっています。今日の軸は、また昨日とは違うものです。体の状態を確かめながら、自分と対話します。レブロンも土台を重視しているからこそ、プレーに生きるんでしょう。彼のウォーミングアップはとても美しく、洗練されていますね。動きに無駄がない。本当に見惚れてしまうほどきれいです」
レイカーズのレブロン・ジェームズphoto by AP/アフロ
超一流のアスリートの動きは、まさしく芸術だ。かつて、ミドル級チャンピオンとして一時代を築いたマービン・ハグラーは、「ボクシングはアートだ」と語った。ハグラー、中谷、そして井上尚弥は自身の闘いを芸の域に到達させた稀有な男たちである。
シャドーボクシングひとつとっても、レブロンに勝るとも劣らない集中力で臨む中谷は、3週間のLAキャンプをこう振り返った。
「いい日も悪い日もありますが、そこも含めて自分です。3月18日からスタートした今回の合宿では、成長を実感できています。ジャブならジャブ、ボディブローならボディブローという細かな動作が、全体的に伸びている。そして、体も切れているな、と。良いと感じる点を、もっと積んでいきたいです。
とにかく、5月2日にベストな状態で東京ドームのリングに上がれるようにコンディションを作っていきます。課題に全力で向かうためには何が必要かは、常に己に問いかけます。練習後は、休むんだったら休む、体を冷やすんだったら冷やすぞと考えながらチョイスしますね」
中谷は、笑みを浮かべながら「でも」と、言葉を続けた。
「『頑張っている』という意識はなるべく持たないようにしています。『頑張ろう』って思い過ぎると、疲れてしまう部分があるので。楽しめた方が、その時も、未来に向けてもプラスになりますよね。ボクシングを愛しているからこそ、好きなことを追求している自分がいます」
練習外ではリラックスした表情も
"KING"レブロンを象徴する言葉、「Nothing is given, Everything is earned.(俺は何かを与えられたことなどない。すべて、勝ち取ってきたんだ)」について、中谷は次のように反応した。
「成功した人の言葉なんだなと、感じ入ります。そういう思いでレブロンはのし上がってきたんですね。彼の考え方が、数々の芸術的なプレーを作り上げている。
ただ、僕はここまでの歩みを、ひとりで成し遂げてきたとは思っていません。周りの人のたくさんの助けがあって、今の自分があるので。積み上げてきた闘いは僕の財産です。自分にしか持てないものだと感じています」
"頂上決戦"のゴングが近づいてきた。
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