西部謙司が考察サッカースターのセオリー
第94回ニコ・パス
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
北中米W杯で大会連覇に臨むアルゼンチン代表で注目なのが、ポスト・メッシの有力候補と言われるニコ・パス。アルゼンチン伝統の10番の才能を持ちながら、違うプレースタイルで活躍しています。
【アルゼンチン伝統の「1+9」】
アルゼンチン代表デビューは南米予選のボリビア戦だった。リオネル・メッシの得点をアシスト。3月27日のモーリタニア代表との親善試合では、FKを直接決めて2-1の勝利に貢献した。
アルゼンチン代表の21歳、ニコ・パス。セリエAのコモでプレーしているphoto by Getty Images
ニコ・パスはアルゼンチンの新しい10番として注目されている。セリエAのコモに所属する21歳。左利きで、そのテクニックとセンスは10番そのものなのだが、これまでのアルゼンチンの10番とはどこか違っている。
アルゼンチンのナンバー10と言えばメッシ、ディエゴ・マラドーナがまず思い浮かぶが、フアン・ロマン・リケルメ、パブロ・アイマール、アリエル・オルテガ、さらに古くはリカルド・ボチーニ、カルロス・バビントン、オマール・シボリなど、およそどの世代にも傑出した選手がいた。それぞれ強烈な個性の選手たちに共通しているのが、チーム内での絶対的な立場だ。
技巧派が揃うアルゼンチン代表は超攻撃的な編成を行なうこともあるが、そちらが主流ではない。基本的には堅固な守備を優先していて、伝統的に球際の強さはよく知られている。
ブラジルは砂浜のサッカー、アルゼンチンは牧草のサッカーと言われる。アルゼンチンは深い草でボールが止まるのでフィジカルコンタクトが強くなったというわけだ。ちなみにブラジルは砂浜なのでボールが転がらず、そのために浮き球の扱いがうまいということになっている。
ハードワーカーを並べてタフで堅固な守備を築く。攻撃は10番が中心だ。創造性を一手に引き受ける特別枠。10番以外のフィールドプレーヤーが懸命に走り、ボールを奪い、奪ったボールを10番に預ける。そして10番の決定的なプレーで得点する、というのが典型的なスタイルである。
10番には守備タスクを負わせない「1+9」の構造。3回目の優勝を成し遂げた2022年カタールワールドカップはその典型だった。おそらく今年の北中米大会もメッシ+9人のアルゼンチンになるだろう。
【伝統と10番と違っているもの】
ただ、懸念されるのがメッシの年齢である。前回大会でも35歳の大ベテランだったが、今回は39歳になろうとする。決勝までプレーすれば8試合、前回までより1試合多い。さらに試合会場によっては酷暑も予想され、3カ国開催による移動負担も大きい。アルゼンチンは4年前とメンバーも大きく変わらず、メッシを支えて9人で10人分の仕事をする選手たちも歳をとっている。
メッシは代えの効かない存在だが、フル稼働が難しい場合に代わりの10番はいるのか、それともチーム構成とプレースタイル自体を変えるのか。目下、ポスト・メッシの有力候補がニコ・パスなのだが、アルゼンチンの伝統的な10番とは違っている。
ニコ・パスの身長は184㎝、体型もメッシとは全然違う。左利きは共通点で、キープ力やパスのうまさ、得点力など10番らしくはある。
左足を使っての180度のターンが独特。左足インサイドでこすり上げるキックは鋭く曲がる。その際、軸足の右足の外側が地面につくまで上体を傾けるバランスのとり方も特異だ。ラストパスのセンス、試合を読む戦術眼の確かさもある。
歴代10番ではマラドーナ、オルテガ、アイマール、メッシが小柄で俊敏だが、リケルメやフアン・セバスチャン・ベロンは大柄だった。ニコ・パスは後者に近い。密集を突き抜ける速さがないかわりにコンタクトに強い。近接戦の強さ、コンタクトをはねのけながらボールとともにすり抜ける技巧を持っている。
ここまではアルゼンチンの10番の系譜なのだが、違っているのは守備の献身性だ。
【新しい10番】
父親のパブロ・パスもプロ選手で、アルゼンチン代表にもなったセンターバック(CB)だった。父のDNAなのかニコ・パスも体が大きくフィジカルの強さもあり、育成年代では当初CBだった。その後、FWやMFでプレーするようになった。
ブレイクしたコモでもトップ下でプレーするが、プレッシングもしっかりやるし、自陣深く戻り、長いリーチを利してタックルでボールを奪う。
カナリア諸島の生まれ。テネリフェ→レアル・マドリードとスペインで育った。9人の味方にプロテクトされるアルゼンチンの10番と違い、ポジショナルプレーのなかで攻守を要求される文化で育成された。環境の違いが大きいのだろう。
守備軽減のかわりに攻撃面で圧倒的な能力を示す、アルゼンチン式10番の濃厚さはニコ・パスには感じない。もう少し薄味。何もかも背負わせるより、インサイドハーフやサイドハーフとしてプレーするほうが適任ではないかと思う。そもそもメッシの代役は誰もできない。
ニコ・パスは伝統を継ぐ新しい10番ではなく、従来の系譜とは違うという意味での新しい10番なのだ。
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