『ザ・ノンフィクション』出演後、自分のファンが“肥だめ”呼ばわりされ…元地下アイドルが振り返る「アイドルを辞めたきっかけ」

卒業後はソロで活動

『ザ・ノンフィクション』出演後、自分のファンが“肥だめ”呼ばわりされ…元地下アイドルが振り返る「アイドルを辞めたきっかけ」

4月6日(月) 15:54

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フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』で『中年純情物語~地下アイドルに恋して~』『その後の中年純情物語』として2度にわたり特集をされたアイドルに夢中になる中年男性の「キヨちゃん」。彼が追いかけていたのが小泉りあ(当時は小泉りりあ)だった。ソロ活動を経てバンドを結成した彼女に話を聞いた。(全2回の2回目)

1人で活動するゆえ、トラブルも多々

――大学を卒業してソロのアイドルとして活動がスタートします。

小泉りあ: 1人で活動をしていくのはすごく大変でした。曲作りを頼むのも、振り付けを頼むのも自分でしないといけない。出演できるステージを探すのも自分です。自分1人での活動ですからお金は回ってはいましたが、トラブルに巻き込まれることもありました。

――トラブルとは?

小泉りあ: 「曲を作ってあげるから一緒に活動していこう」って声を掛けられて。あまり相手にしていなかったのですが、そのうち「もう曲は作ったんだから30万円を払え」と勝手に言ってこられたんです。他にも「ライブに出させてあげるから、今から本気を見せろ」って言ってくる人もいて。ええ……それはどういうこと?って困りました。「カタモミ女子」の頃はなんだかんだ言っても、曲も振りも作ってくれて、衣装代を払ってくれて、それになんと言っても守ってもらっていたんだなって、あらためて感じました。

ファンに序列はないと思っていたが…

――2017年に第2弾として『その後の中年純情物語』が放送されました。放送では当時のファンの人数は4人だったと説明がありました。

小泉りあ: 当時は毎月20日間くらいライブをやっていて、ファンは4~5人だったんです。その中で必ずライブに来てくれていたのがキヨちゃんです。そして、チェキの売り上げを次の歌の製作費や衣装代にしたり、そこから交通費を出したりして、活動をしていました。

――アルバイトはしていましたか?

小泉りあ: 「カタモミ女子」のダンスの先生に紹介してもらったところで焼き肉屋のホールでアルバイトをしていました。ファンには秘密にしていました。

――番組ではミュージカルの出演を目指すことも取り上げられていましたね。

小泉りあ: ここまで歌もお芝居もトークも何も学んだことがなかったんです。1人でやっていくなら、自分を売り込みに行った時に何かできることがないとダメだなって思って芸能スクールを見つけて、そこでレッスンを受けました。そのスクール内のオーディションがあって、ミュージカルに挑戦をしないかと言われたんです。3000円のチケットを30枚、自分で買い取って出演する形でした。

――2回目の放送後の反応は?

小泉りあ: 同じように、よく事情を知らない人からのネット上で色々と言われることはあって、すごくそんなことも気にしていましたね。あと困ったのはファンの方たちへの対応です。私はキヨちゃんだけがファンだと思っていないし、ファンに序列なんてないと思っていたのですが、放送の影響によって他のファンから「俺のことは何の感情もないんだよね」って言われて悲しまれたり。そんなことは本当にないんですよ。

ファンを“肥だめ”呼ばわりされた

――キヨちゃんに他のファンが嫉妬してしまったんですね。

小泉りあ: いっぱいトラブルがありました。ライブでキヨちゃんと他のファンが揉めて、「表に出ろ!」みたいなことになって。そうなってしまうと私はもう何もできないので、見て見ぬふりでした。そんないざこざがすごく多くなっていきます。私は人を喜ばせたくて活動をしているのに、やればやるほどみんなが傷ついていく。そしてファンの方の質が悪いということで、他の共演者からは共演NGを出されることもありました。あるライブの主催者からは、私のファンたちを“肥だめ”って言われたことがあったんです。そこからすごく考えてしまって。もしかしたら、私がファンを喜ばせたいという思いと、ファンが私を応援したいって気持ちは、ただお互いが執着しているだけなのかもしれないって。

――もともとはファンのことを考えて活動をしていたのに、自分の活動がファンのためになっていないんじゃないかと思ってしまったんですね。

小泉りあ: そうなんです。そこで2019年に、アイドル活動を辞めようと決めました。ちょうどその頃、拠点を台湾に移してみないかという話もあり、一度大きく方針を変えようと思ったんです。それまで楽曲制作で関わってくれていた方々とバンドを組み、台湾で活動するための資金を募るクラウドファンディングを行いました。もしこれが目標に届かなければ、芸能活動そのものを辞めるつもりでした。結果的に想定以上の支援をいただき、「これで台湾で活動できる」と思った矢先に、コロナ禍になってしまったんです。

結婚相談所で仲人をはじめる

――新型コロナの影響でライブ活動は難しくなりましたよね。

小泉りあ: 本当にいろんなことができなくなりました。ただ、この何もできない期間があったことで、もっと広い視野で世界を見ることができるようになったんです。ライブ活動だけじゃなく、みんなを幸せにできる方法もあるんじゃないかって考えも浮かぶようになりました。ファンの方々にとっても、ほどよい冷却期間になったようです。少し冷静になれたようで私とファンの方たちの関係性や距離感も少し落ち着いて、いざこざみたいなものはなくなりました。

――この時に結成したバンド「SOYSTORY」は活動を続けているんですね。どんなバンドなんですか?

小泉りあ: アルバムごとにコンセプトを決めて、物語の世界に連れて行くバンドを目指しています。歌詞はほとんど私が書いています。

――キヨちゃんは今も応援をしてくれていますか?

小泉りあ: 応援をしてくれています。他のファンと同じようにキヨちゃんとも今は適切な距離感を持てる関係になれていると思います。

――これまでのアイドル活動を通して今後、考えていることはありますか?

小泉りあ: もともと私は、「みんなが幸せになれればいい」という思いでアイドル活動を続けてきました。今はその幸せの形も1つではないと思っています。現在は結婚相談所で仲人をしていて、さまざまなかたちの幸せを提案していきたいと考えています。

結婚報告を聞いたファンの反応は…

――ちなみにアイドル活動をしている中で、恋愛はしていましたか?

小泉りあ: アイドルになる前から付き合っていた方はいましたが、その方と別れた後、アイドル活動中は恋愛をまったくしていませんでした。アイドル活動中は恋愛をしたいとか、結婚がしたいとか全く思っていませんでした。ただ、この先の人生の選択肢を自分で決めたいと思い、一度婚活に向き合ってみることにしました。その結果、ご縁があり結婚しました。

――おめでとうございます!お相手はどんな方ですか?

小泉りあ: 3歳上の方です。

――ファンの方へも報告はされましたか?

小泉りあ: 去年の6月にファンにも伝えました。

――キヨちゃんの反応は?

小泉りあ: 「なんで先に言ってくれないんだよ~」って言っていました。ショックを受けていたみたいです。でも後日、お祝いを持ってきてくれてうれしかったです。本心まではわかりませんが、きっと祝福をしてくれていると思います。

――今後、キヨちゃんにはどんな人生を歩んでいってほしいと考えていますか。

小泉りあ: キヨちゃんに限らず、ファンの方たちには、みんな幸せでいてほしいと思っています。とにかく一度でも私を応援してくれたことを、誇りに思えるようになってほしい。そのためにも、私自身がしっかりとした道を歩んでいかなければいけないと感じています。

<取材・文/海老原一哉>

【海老原一哉】
1980年生まれ。ライター。元夕刊紙記者。週刊誌での人物インタビューなどを中心にカルチャー、芸能、スポーツなど幅広い分野を取材。ジャンルを超えて「異端」とされる人物、テーマを追いかけている。

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