小学2年生時のかけっこで、峯田和伸さんはわざと転んだ。笑われるとわかっているなら、「自分から派手に転んでやろう」と。そう決めた子どもが、48歳になった今もミュージシャン「銀杏BOYZ」として、自分の音を鳴らし続けている。
「役割」に縛られ、自分を見失いそうな大人たちへ。俳優としても支持される峯田さんに、「好き」の貫き方を聞きました。
音楽映画に主演。でもバンドマンではなくカメラマン役?
――主演作『ストリート・キングダム自分の音を鳴らせ。』(若葉竜也さんとのW主演)は、70年代後半の日本のロックシーンを描いた映画ですが、峯田さんの役どころはバンドマンではなく「カメラマン」。意外に思った人も多いのではないかと思います。
峯田和伸さん(以下、峯田):
僕も役柄を聞いたときは、「あ、バンドマンじゃないんだ」と(笑)。でも、逆にそこが面白く見えるんじゃないかと思ったんです。もともと、地引雄一さんの原作『ストリート・キングダム―東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』は読んでいたんですが、まさか映画化されるとは思っていなかったので驚きました。
当時の東京のパンクシーンは、音楽好きにとってはすごく魅力的な題材ではあるんですけど、それを商業映画でどう描くんだろうなって。「なんか面白そうだな」というワクワク感の一方で、最初の脚本はもう少し原作寄りのドキュメンタリー的な感じで。「これ、一般の人に伝わるのかな?」と少し思った部分もありました。
それが、ドキュメントの面白さに加えて、エンターテインメント向きの、より宮藤官九郎さん(=脚本)らしい内容に変わっていって。「うわぁ、こういう感じか!」と、すごく面白いと思いましたね。
怖そうなお兄ちゃんがいるライブハウスで始まったセッションに感動
――当時のライブハウスの熱気がバシバシ伝わってきます。峯田さんは「東京ロッカーズ」から少し後の世代ですが、ご自身の音楽との出会いはどういったものでしたか?
峯田:
高校生のとき、山形でひとつだけ有名なライブハウス兼練習スタジオがあって。バンドをやっていた友達から「遊びに来ない?」と誘われたのが最初でした。初めて行ったスタジオは、怖そうなお兄ちゃんたちがビールを飲んだりしてて、「うわっ」と思いましたね(笑)。
でも、その場でセッションが生まれていくのを間近で体感して、「初めて見る世界だけど、すごく楽しい」と感じたんです。そこからすっかり惹き込まれて、ライブハウスに通うようになりました。
――その後、大学進学にあわせて上京され、峯田さんも東京の音楽シーンに立っていきました。最初はどう感じましたか?
峯田:
当然、東京のライブハウスも暗がりで、パンクな衣装の人や、派手な化粧をして網タイツを履いている女の子とかがいっぱいいました。曲が始まったら一気にワーッて盛り上がって、最初は正直怖かったです(笑)。でも、同時にすっごい興奮したんですよね。ああいった熱気は、今回の映画の1978年も、僕が上京した90年代も変わってないんだと思います。
音楽や映画は、僕みたいな人間同士を繋げてくれるツール
――峯田さんのInstagramのトップに「僕のレコードは僕を守るけど僕をひとりぼっちにもする」とあります。表現することで孤独を感じながらも、表現を続けているのは、どこかで「それでも音楽で誰かと繋がれる」という希望を持っているからですか?
峯田:
僕は昔から、みんなで集まって飲みに行くみたいなのがあまり得意じゃなくて。どちらかというと、ひとりで映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたりするのが好きなんです。だからといって別に寂しいと思っているわけじゃないんですけど、孤独を感じる瞬間はたしかにあります。
でも、そういう中で「あ、バンド好きなんだ。何が好き?」と話すだけで、一瞬にして友達になれる。音楽や映画は、僕みたいな人間同士を繋げてくれるツールだという気持ちはあります。
――自分自身でいるためのものでもあり、誰かと繋がれるものでもあると。
峯田:
会社や学校がつまらないって時に、3分間の一曲を聴いただけで気分が変わる。自分を守ってくれる鎧であり、社会と闘うための武器みたいなものだとも思います。
どうせ笑われるなら、自分から派手にぶっ転んで、笑わせてやる
――「武器」というワードが出ましたが、峯田さんには、弱さを隠さない強さを感じます。
峯田:
僕の脚のことになるんですけど、子どものときは小児麻痺の症状があって今より脚が悪くて、松葉杖を使っていたんです。運動会のかけっこに参加できたのも小学校2年生からでした。「やっと走れる!」と思いましたが、変な走り方だから絶対にみんなに笑われるなとも想像できました。だから自分の番が来て「よーい、どん」で走り出した瞬間、僕、わざと転んだんです。
――わざとですか?
峯田:
はい。そしたら周りが「やっぱり転んだ!」とワーッと盛り上がって。もちろん、指を差されて笑われるのは怖いし嫌ですよ。
でも、ただゴールしてもビリだし、笑われると最初からわかっているなら、自分から派手に転んでやろうと。2年生のときに自分でそう決意したことを、はっきり覚えています。みんなが思っていた通りの反応をして、「まんまとやってやった」って。
――笑われたのではなく、自分が「笑わせてやった」と。
峯田:
そうです。なんだか強くなれた感じがありました。ただ運動会が終わって帰るときに、親友の長岡君から「お前、わざと転んだだろ」と言われまして。彼だけにはバレていたんです(笑)。やっぱりこいつには分かるんだなと。今は頻繁に連絡は取ってないですけど、去年同窓会があって久しぶりに会いました。今でも親友です。
不倫に逃げるくらいなら、ロックを聴いたほうがいい
――ステキな関係です。今、この記事を読んでいる読者の中には、「妻」や「母」、「会社員」といった役割に縛られ、「ちゃんとしなきゃ」と疲弊している人もいます。そんな人たちに声をかけるとしたら?
峯田:
僕は自分のやり方でやってきちゃったし、結婚もしたことがないから、あくまで僕から見た言葉になっちゃうけど。一生懸命、お母さんやお父さんとしての役割だったり、何かの立場を全うしていても、「本来の私はこんなんじゃない」っていう気持ちが出てくることって、たぶんあると思うんです。
そこから逃げ出したくて、魔が差して、たとえばギャンブルとかお酒とか、不倫なんかに逃げてしまう人がいるのも、気持ちとしては、わからなくはないんです。
――無理を続けた結果、現実逃避してしまうと。
峯田:
でも、それで誰かを傷つけて後でトラブルになるくらいだったら、僕はロックを聴いたほうがいいと思うんです。誰も幸せになれないことに手を出すくらいなら、ロックに夢中になるとか、ライブに行くとか。不倫してバレて何百万円も請求されるくらいなら、レコードを買ったほうがいいですよ。
人に迷惑をかけないなら、家族や社会は関係なく、自我を忘れるくらい没頭して楽しめるものがあっていいと思います。人によってアイドルだったりアニメだったり、いろいろあると思いますが、僕にとってはそれが音楽だったんです。
「何かをやりたい」と思うものがあるって、それだけですごいこと
――『ストリート・キングダム』の本編に、「セッションを止めるな」という印象的なくだりが登場します。自分自身に対しても、周りの人に対しても、「何かを始めたい」という衝動を止めてはいけないと改めて感じました。
峯田:
例えば、幼稚園児が楽器を弾くときに、楽譜なんて読めなくても「楽しい!」って気持ちだけで音を鳴らしますよね。それが音楽の始まりだと思うんです。そこから何かが始まるかもしれないのに、誰にもそれを止める権利はない。
失敗したって「ダメだ」ってことじゃないし、もし目の前の小さな子が失敗しても、止めるんじゃなくて「またやってみよう」でいい気がします。それは大人もそうだし。なるべく、その人が鳴らしたい音、やりたいことを止めないで、やめないでほしいです。
本人が「何かをやりたい」と思うものがあるって、僕はそれだけですごいことだと思うんです。
<取材・文・写真/望月ふみ>
映画『ストリート・キングダム自分の音を鳴らせ。』は3月27日(金)より全国公開中
(C) 2026 映画『ストリート・キングダム自分の音を鳴らせ。』製作委員会
【望月ふみ】
70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビューを中心に活動中。@mochi_fumi
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