パリッコ大阪・水無瀬「高橋商店」の「角水割り」

パリッコ大阪・水無瀬「高橋商店」の「角水割り」

4月2日(木) 17:00

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「大阪の中心地からは少し離れるんですけど、水無瀬という街に良い角打ちがあるんです。今日行ってみませんか?」今年2月の関西ツアーの最終日、ライターのスズキナオさんが提案してくれた。電車で約1時間ほどかけて行く角打ちなんて、わくわくしないわけがない。

2月に行った3泊4日の関西ツアー最終日。その日は夜に新幹線で東京へ帰るまで予定がなく完全フリーだった。すると、主に行動をともにしていたライターのスズキナオさんが、こう提案してくれた。

「大阪の中心地からは少し離れるんですけど、水無瀬(みなせ)という街に良い角打ちがあるんです。今日行ってみませんか?」

水無瀬は大阪のだいぶ北、もう少し行けば京都という位置にある町で、今自分たちがいる京橋からは、電車で約1時間ほどだそう。それだけ時間をかけて行く角打ちなんて、わくわくしないわけがない。

なんと朝の7時半から営業しているらしく、午前中に出発して水無瀬に向かう。阪急京都線でしばらく北上しているとやがて左手に美しい山々が見えてきて、すでに旅行中にも関わらず、旅情がぐっと高まる。すると途中から合流してくれていたライターの橋尾日登美(はしお・ひとみ)さんが教えてくれた。

「あれが天王山ですよ。あの山の向こうには京都の亀岡があって、その寒気や雪がこちらまで吹き込んでくることもあるそうです」

水無瀬は、その天王山で磨かれた豊富な地下水が湧き出す、水の美味しい土地だそう。地元の「水無瀬神宮」には「離宮の水」と名づけられた取水口があって、無料で汲めるその水が人々からとても大切にされている。大阪で唯一「日本の名水100選」にも選ばれていて、そういう土地だから、目と鼻の先には「サントリー山崎蒸留所」があるのだとか。

水無瀬駅に着いて改札を出てみると、確かに大阪市内よりもぐっと空気が冷たく、地面の一部をうっすらと雪が覆っている。建物は少なく、空が広い。そんな駅前のいちばん良い場所に、目的の「高橋商店」があった。2階建ての、昔ながらの酒屋といった雰囲気で、タバコの販売やクリーニングの窓口もあり、きっと地元民にとって重要な店なのだろう。

すみにのれんのかかった小さな入り口があって、奥が角打ちになっているらしい。ここで京都からやって来た漫画家のラズウェル細木先生も合流し、4人のメンバーで店内に向かう。

店内は細長く、右側には奥まで作りつけの棚が伸びていて、ずらりと酒や食品が並んでおり、当然のことながらどれも一般的な商店の価格だ。それらを購入し、自由に店内で飲み食いしていいらしい。缶詰、レトルト食品、乾きものなどが所狭しと、しかし整然と並び、冷蔵ケースには酒類の他、1本ずつ個包装されたちくわやソーセージ、チーズなどが並んでいる。

左側は出入り口にのれんのかかった店員さんの作業スペースがあり、その先に赤いL字カウンターがすらりと伸びる。昼どきで先客がいなかったため、その角を陣取らせてもらい、まずはよく冷えた瓶の「サントリー生ビール」を注ぎあって乾杯。

対応してくれる女将さんは優しくにこやかだが、お客の話し相手をずっとしているわけではなく、別の作業もあるから基本的には作業場にいらっしゃる。入り口の戸は開けたままになっていて、そこから入る澄んだ空気が店内を満たし、とても静かで、厳かとすら言える空間だ。ただ酒屋の一角で酒を飲んでいるだけと言えばそうなんだけど、わざわざ僕を連れてきてくれたナオさんの気持ちが痛いほどにわかり、思わず無言で肩を叩きたくなる。いつもの瓶ビールが、何倍もうまい。

つまみに珍しい「中トロ」の缶詰を頼んでみると、お皿にあけ、女将さんが「マヨネーズはかけますか?」と聞いてくれた。「オイルあり・なし、マヨネーズあり・なし、いろんなお客さんがいらっしゃいます」とにこやかに言われ、なんとなく今はいないその人たちの顔を想像した。せっかくなのでマヨありでお願いした中トロは、味の方向性はツナ缶だけど、身が大きく、刺身状にカットされていて、缶詰なのになんだかぜいたくな気分になれる。パックのポテトサラダも同様に皿に移し、黒コショウを添えて出してもらった。

続いて僕は、缶の「サッポロサワー氷彩」を冷蔵庫からとってぷしゅり。ところがお隣のラズ先生は「もうお湯割りにしようかな」と言って、酒瓶を逆さに取りつけるタイプのディスペンサーから芋焼酎をグラスに注いでもらっている。銘柄は鹿児島県伊佐大泉の「巨万の富」で、なんとワンプッシュ30mlが税込たったの70円!70円で手に入るの巨万の富。卓上のポットのお湯でそれを割り、幸せそうに飲む姿を見ていたら、もううらやましくてたまらない。氷彩を飲み干し、前のめりで頼んだ。

グラスから湯気を上げるそのお湯割りをちびりと飲んで、あまりのまろやかさに驚いてしまった。水無瀬は良質な水の湧く土地とは先ほど書いたが、実は町の水道水のおよそ90%にその地下水が使われているのだそう。つまり、どの家庭にも上質な水がゆき届き、それを温めたのがこのポットのお湯というわけだ。

さらに感動したのが、続いて頼んだ「サントリーウイスキー角瓶」。これもディスペンサー式で、30mlで150円。水は無料で、女将さんにお願いするとピッチャーで出してもらえ、そこにもらった氷(当然、水無瀬の水製)を入れて割る。角は、すぐそこにある山崎蒸溜所と、白州蒸溜所のバーボン樽原酒をブレンドして作られているらしい。つまり、天王山で磨かれた水と、その水が使われたウイスキーが、僕の手元にあるコップのなかで今ふたたび混ざり合ったというわけだ。ロマンという以外にないし、実際、わけもなく涙がこぼれそうになるくらい、どこまでも優しく包み込まれるような味わいだ。ある意味でこれは、日本一の水割りと言えるだろう。それがたったの150円……。

高橋商店では営業形態の関係で、店で調理したものは出せないそう。だがレンチンや湯せんは可能で、温めて出してもらった珍しいチルドパックの焼きそば(350円)が、麺がもちもちで妙にうまい。商品名を教えてもらえば良かった。他、ひと袋30円の「揚げぎんなん」、3粒で80円の「梅干」、ちらしで折ったお手製の箱に入れれて食べる菓子類などなど、値段を気にせずあれこれ飲み食い。2時間くらいいて、お会計がひとり1,000円程度だったのには、驚きを通り越して笑ってしまった。

頭上には南部鉄器製と思われる小さな風鈴を改造した呼び鈴が吊るされ、たまに注文をする際に、チリーンと鳴らす。それ以外は、基本無音。これから夜に向けてにぎやかにもなっていくのだろうが、人が酒を飲む場所、つまり酒場の真髄を突きつけられたような、忘れがたい体験だった。

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次回第46回は2026年4月16日(木)17時公開予定です。

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Credit:文・イラスト=パリッコ
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