【高校野球】15歳でコーチ業をスタートさせた異色の指導者 帝京長岡・小野寺翔が語る仙台育英・須江航監督との"密な時間"

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【高校野球】15歳でコーチ業をスタートさせた異色の指導者 帝京長岡・小野寺翔が語る仙台育英・須江航監督との"密な時間"

3月24日(火) 6:45

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「すみません、須江先生みたいなキャッチーな言葉が出てこないんです」

帝京長岡(新潟)の野球部長を務める小野寺翔は、そう言って苦笑を浮かべた。恩師である須江航(宮城・仙台育英監督)から学んだもっとも大事なことを聞こうとしたところ、小野寺は答えに窮したのだった。

小野寺は「難しい質問ですねぇ」とうなったあと、絞り出すようにこう続けた。

「何を教わったというよりも、時間を共にさせてもらったことが今の自分をつくりあげたと思っています」

帝京長岡の小野寺翔部長photo by Ryuki Matsuhashi

帝京長岡の小野寺翔部長photo by Ryuki Matsuhashi





【須江航の下でコーチ修行】小野寺は異色の高校野球指導者と言っていい。1998年生まれの27歳だが、高校野球のプレーヤー経験はない。その代わり、野球指導者歴は10年を超える。

中学は、仙台育英学園秀光中等教育学校(当時)の軟式野球部でプレー。中学野球を終えたあとの3年間も、秀光中で学生コーチを務めた。立教大に進学後はさまざまな野球部を回り、見聞を深めた。その間も秀光中との縁は続き、コーチとして伊藤樹(現・楽天)らを指導。大学卒業後、帝京長岡に教員として採用されている。

秀光中での選手、学生コーチ時代に監督を務めていたのが、須江だった。まだ仙台育英の監督になる前で、「青春って密なので」などの"須江語録"も世に出ていなかった。

「私が中学2年の秋に、須江先生がベースボールコンサルタントの和田照茂さんと一緒に『こういう野球をやっていこう』と示してくださって、翌年に全国ベスト8に入れたんです。こうやって強くなるんだ、という流れを見せていただきました」

1学年下の西巻賢二(現・DeNA)など、秀光中での3年間を終えると系列の仙台育英に進学して野球を続ける選手も多かった。だが、小野寺はその道を選ばず、須江の下でコーチ修行を積むことにした。

「私が中学1年になる時に東日本大震災が起きて、須江先生から『野球ができることは当たり前じゃない』と口酸っぱく教えていただきました。そこで誰かのために動くことの大切さを実感するようになって、後輩たちをサポートしたいと思ったんです」

コーチ修行1年目に秀光中は悲願の全国制覇を果たす。2年目は全国準優勝、3年目は全国ベスト4。須江の近くで、人間が成長していく過程をまざまざと見てきた。小野寺は「あの時に現場にいさせてもらえたのは、ものすごい財産です」と振り返る。

大学で公民科の教員免許を取得し、2021年から帝京長岡へ。その時点で芝草宇宙(ひろし/元日本ハムほか)は監督に就任していたが、甲子園出場実績はまだなかった。

【元プロの芝草監督からは学ぶことばかり】15歳から指導経験があるといっても、小野寺はまだ20代の若者である。当然ながらうまくいかないことも多かった。

「こちらがいいと思って言葉をかけても、その選手に刺さらないこともあって。もっと別の言葉のほうがよかったのかなと後悔することも多々あります。うまくいくことばかりではなくて、いろんな失敗をしてきました」

NPBの投手として通算430試合に登板した実績のある芝草からは、学ぶことばかりだという。

「プロで20年近くやられた方ですから、常に刺激をいただいています。第一線で長くプレーできる秘訣を教わっています」

指導者・小野寺翔のポリシーはありますか。そう尋ねると、小野寺は引き締まった表情でこう答えた。

「ひとつのプレーに対して、こだわりを持つことです。選手たちには、ひとつのプレーのために準備してきたことをすべて出してもらいたい。もし、試合中に準備していないことが出てしまったら、こちらの責任ですから」

それは須江の野球にも通ずるのでは。小野寺に聞くと、ニッコリと笑って「そうですね」と首肯した。

2025年秋、帝京長岡は快進撃を遂げた。新潟3位で出場した北信越大会で勝ち上がり、初優勝。翌春の選抜高校野球大会(センバツ)出場を確実なものとした。

3月23日、帝京長岡は東北(宮城)とのセンバツ初戦を迎えた。小野寺にとっても、初めての甲子園の舞台である。

試合前、帝京長岡のユニホームをまとった小野寺は甲子園の土を踏みしめ、各ポジションに散った選手たちにノックを打って回った。7分間のシートノックを感慨深い思いで見つめる人物がバックネット裏にいた。この日、テレビ中継の解説者として呼ばれていた須江である。

「教え子がプロ野球選手になって、一軍の試合に初めて出る時以上にうれしいですよ。彼なんかとくに、特殊な道のりで甲子園にたどり着きましたからね。中学生の頃は体が小さくて、野球はあまりうまくありませんでした。でも、彼が学生コーチをやってくれたおかげで、勝たせてもらえました。大学に進んでからは、大学野球部の学生コーチをやるのではなく、自分からいろんな場所へ学びを求めていった。そんな子が甲子園でノックを打つまでになったのですから」

シートノックを終えると、小野寺はすぐさまベンチ裏へと急ぎ、スーツに着替えて試合開始に備えた。

【選手の誰よりもいいバッティングをする】しかし、帝京長岡にとって初の甲子園は、苦い結果になってしまった。序盤から選手の動きは硬く、失点を重ねる。攻撃面も攻めきれず、東北に1対5で屈した。

試合後、インタビュールームに現れた小野寺は、苦い表情でこう語っている。

「春ということもあって、なかなか思うようにいきませんでした。いろんな課題が見つかって、夏までにもっと成長していかないといけないと思わされました」

甲子園で過ごした1時間57分の感想を聞くと、小野寺はこう言った。

「話には聞いていたんです。『甲子園はあっという間に終わるぞ』って。本当に時間が過ぎるのが早かったですね」

そして、小野寺は自分自身に言い聞かせるようにこう続けた。

「でも、甲子園ってずっといたいところじゃないですか。今回は初めて出場できましたが、また戻ってこられる準備をして、次はもっと長く甲子園にいられるようにします」

ところで、高校野球のプレー経験がないことは、指導するうえでコンプレックスではないのか。最後に小野寺に尋ねると、意外な反応が返ってきた。

「いえ、たぶんこの中にいる選手の誰より、私のほうがいいバッティングをしますよ。シートバッティングでは、私が打席に入ることもあります。選手には実際に動きを示せたほうが、わかりやすく指導できますからね」

中学まで小さかった体が成熟し、指導者の勉強をするなかで知識も深まった。その結果、今では現役部員よりも高度な打撃技術を身につけてしまったのだという。

スタンドから教え子の勇姿を見守った須江に、小野寺の指導者として優れている資質を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「物腰が柔らかくて、常に何かを吸収しようとする姿勢があります」

初めて聖地を踏んだ青年指導者は、きっと吸収したものを未来のある選手たちに還元していくのだろう。

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