【MLB日本人選手列伝】川﨑宗則 「永遠の野球小僧」がアメリカで楽しみ倒した「メジャー・マイナー」生活

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【MLB日本人選手列伝】川﨑宗則 「永遠の野球小僧」がアメリカで楽しみ倒した「メジャー・マイナー」生活

3月23日(月) 6:45

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攻守ともにメジャーへの適応に前向きに取り組んだ川﨑宗則 photo by Getty Images

攻守ともにメジャーへの適応に前向きに取り組んだ川﨑宗則 photo by Getty Images





MLBのサムライたち〜大谷翔平につながる道

連載28:川﨑宗則

届かぬ世界と思われていたメジャーリーグに飛び込み、既成概念を打ち破ってきたサムライたち。果敢なチャレンジの軌跡は今もなお、脈々と受け継がれている。

MLBの歴史に確かな足跡を残した日本人メジャーリーガーを綴る今連載。第28回は、川﨑宗則を紹介する。

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【イチローのチームメートになりたくて】ヒーローインタビューでの強烈なひと言を記憶している人もいるだろう。

"I'm Japanese!"

川﨑宗則。

私が取材したメジャーリーガーのなかで、アメリカでいちばん楽しい時間を過ごした選手であり、いちばん苦労した選手ではないかと思う。

まず、移籍のきっかけが「イチローLOVE」だったことが面白い。

「僕はメジャーリーグに行きたかったわけじゃないんです。イチローさんと一緒にプレーしたかっただけなんです。だから、移籍先はシアトル・マリナーズ一本、ほかに選択肢はないですよ。実は、ボビー・バレンタインが監督だったボストン・レッドソックスからメジャー契約のオファーがあったんです。でも、断りました。そうしたらボビーが『メジャー契約を断る選手がこの世に存在するのか?』って目を白黒させていたらしいです。いま、思えば......そっちのほうがよかったのかも(笑)」

そして望みどおりにマリナーズとマイナー契約。冒頭の"I'm Japanese!"に示されるように、川﨑は通訳をつけずに自力で乗りきろうとした。しかし、それには彼なりの考え方があった。

「正直、最初のスプリングトレーニングの時点から、通訳はいたほうがよかったと思うこともありました。どう動いていいかわからない時、ありましたから。僕が通訳は要りませんと言ったのは、球団にとって余分な経費を使わないほうが、僕自身がメジャー契約を勝ち取れる可能性が高まると思ったからです」

とにかく生き残ることに必死だったのだ。

マリナーズは2012年のシーズン開幕を東京で迎えることになっていたが、日本に戻ってきた時点でもメジャーか、マイナーかはまだ決まっていなかった。

「東京でなんとか結果を出せて、メジャー契約に切り替わったんです。うれしかったなあ。イチローさんは夏場にヤンキースに移籍してしまいましたけど、それでも一緒にプレーできたことは僕の誇りです」

5年間でプレーした球団は、マリナーズ、トロント・ブルージェイズ、そしてシカゴ・カブス。ブルージェイズでは愛されるキャラクターとして定着し、カブスではワールドシリーズ優勝も経験した。ただし、メジャーとマイナーを何度も行き来することになった。

「アップダウン人生でした(笑)。2010年代はデータ野球が浸透していて、数字が非常に重視される時代になりました。打撃では出塁率だけじゃなく、長打率も求められるようになってきて、僕はなかなかスタンドまでボールを運ぶことはできない。じゃあ、どうしたらいいかというと、右中間、左中間を抜いて二塁打、可能であれば三塁打を狙っていくバッティングを心掛けていました」

【メジャーとマイナーの往復生活も前向きに】川﨑のベストシーズンはメジャー2年目の2013年、32歳でブルージェイズに在籍した時だ。二塁打6本、三塁打5本、ホームラン1本と川﨑が狙っていた打撃ができていたことがうかがえる。

一方、川﨑の売りでもあった守備でも、適応しなければならないことがあった。

「アメリカでは走者がゲッツー崩しで激しいスライディングを仕掛けてくるので、ボールをキャッチしたら、上からじゃなくアンダースローのように一塁に転送して、スライディングをしづらくさせるんです。このスキルは、最初のエージェントだったトニー・アタナシオから教わりました。トニーはマイナーリーグの内野手だったんですよ。これは本当に有益なアドバイスで、すぐに練習しました」

この送球術のように、新しい技術を覚えるのが楽しくて仕方がなかった。

「とにかく野球が好きです。ダグアウトにいて、バット引きをするのも好きです。アメリカで、バッティングも、スローイングも上手になれたと思います。それが面白かったし、楽しかったです」

ただし、マイナーリーグの生活は楽ではない。早朝の飛行機移動、そしてバスでの旅が続く。

「アメリカの中西部のだだっ広い平原をバスで移動することも経験しました。キツいこともありましたよ。でも、アメリカでいろいろな思い出を作れたと思います」

メジャーとマイナーを行き来することも、前向きに捉えていたというのが、いかにも川﨑らしい。

「日本人選手で、僕ほど監督室に呼ばれた選手はいないでしょう。これは僕の誇りです(笑)。マイナーの監督室では『カワ、昇格だぞ!』と朗報をもらって握手し、メジャーの監督室では『明日からマイナーに行ってもらう』と何度か告げられ、『グッドラック』と言われて握手。それだけ監督とのコミュニケーションは密でした(笑)」

2016年、カブスが108年ぶりにワールドシリーズに優勝した時はグラウンドで優勝を味わい(25人の登録メンバー外だったが、チームに帯同)、翌年、福岡ソフトバンクホークスへ復帰。そしていまも、独立リーグでプレー中だ。

永遠の野球小僧、川﨑宗則のメジャーリーグでの活躍は印象深い。

【Profile】かわさき・むねのり/1981年6月3日生まれ、鹿児島県出身。鹿児島工業高(鹿児島)。1999年NPBドラフト4位で福岡ダイエーに入団。2012年1月、シアトル・マリナーズとマイナー契約。

●NPB一軍所属歴(12年):福岡ダイエー(2001〜04)・福岡ソフトバンク(2005〜11、17)

●NPB通算成績:1187試合出場/打率.292/1376安打/27本塁打/373打点/267盗塁/出塁率.344/長打率.376

●MLB所属歴(5年):シアトル・マリナーズ(2012/ア)―トロント・ブルージェイズ(2013〜15/ア)―シカゴ・カブス(2016/ナ)*ア=アメリカン・リーグ、ナ=ナショナル・リーグ

●MLB通算成績:レギュラーシーズン=276試合出場/打率.237/150安打/1本塁打/51打点/12盗塁/出塁率.320/長打率.289

●主なMLBタイトル&偉業歴:ワールドシリーズ優勝(2016)

●日本代表歴:2006年WBC(優勝)、2008年北京五輪(4位)、2009年WBC(優勝)

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