【ボクシング】佐々木尽は「倒され役」から再び「倒し役」にトレーナーと一緒に夢を叶えるため、次戦は東京ドームに立つ

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【ボクシング】佐々木尽は「倒され役」から再び「倒し役」にトレーナーと一緒に夢を叶えるため、次戦は東京ドームに立つ

3月13日(金) 9:45

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2025年6月、WBO世界ウェルター級タイトルマッチ。王者ブライアン・ノーマンJr.(米国)に挑んだ佐々木尽(八王子中屋)は、5回KO負け。日本人未踏、ウェルター級世界王座。その壁は想像以上に高く、厚かった。あれから8カ月――。先月19日、再起戦に臨んだ尽は、2回、左フック一閃で相手を沈めた。

再び、日本人未踏の頂きを目指す24歳の現在地。そして、ともに戦う71歳のトレーナー、中屋廣隆の覚悟を追う。(4回連載/最終回)

次戦が5月2日の東京ドームに決まった佐々木尽photo by Yasunari Aizu

次戦が5月2日の東京ドームに決まった佐々木尽photo by Yasunari Aizu





最終回/「The Story」――証

2026年2月19日、東京・後楽園ホール――。

「赤コーナーより、佐々木尽選手の入場です」

静寂。落とされた天井の照明。

俺を突き動かす、確かな何かをくれ。

暗闇を切り裂くギターの旋律。

8カ月ぶりの再起戦。

24歳で迎える『The Beginning』。

「このまま終わらせることはできない。何度くたばり、朽ち果てたとしても」

自問自答を繰り返した。そして、リングイン。観客席は早くも、再起を待ち侘びたファンの熱気に包まれた。

試合開始を告げる鐘が鳴る。尽は、開始早々からフルスイング。左中心にフックの連打。どよめく観客。前日は、「明日はまず、左ジャブで圧倒したい。成長した姿を見せたい」と話していた。だが、リング上にいたのは、以前と同じ自分。

相手が打ち合いを望めば、一歩も引かずに真っ向勝負。

よくも悪くも、それが、佐々木尽だった。

実力差は明白――。

2ラウンド、早くも"時"を伺い始めた。

残り、1分51秒。

連打をあえて浴びる。1発、2発、3発、4発......。

打ち返さない。ただひたすら、浴び続けた。

そして......。

18発目、右アッパーを受けた瞬間、鋭くコンパクトに切り返した左フック。

相手は、吊り糸の切れた操り人形のように、落ちた。

ノックアウトタイムは、2ラウンド、1分21秒――。

18発連打を浴び、一発で倒した。

試合後、衝撃のKO動画はSNSで瞬く間に拡散され、思いがけず、世界中に広まった。

8カ月前は意識を飛ばされ、年間最高KO賞の"倒され役"だったボクサーは、"倒し役"としてその名を広めた。

試合評価は賛否両論。SNS上では「尽の試合は面白い」「最高!」「華のあるボクサー」という称賛もあれば、「残念」「成長していない」「一発頼みでは、世界は無理」という冷ややかな意見も。

試合後の囲み取材――。

「本当は、もっと練習してきた左ジャブを使うつもりでした。でも、相手は、予想とは違って、最初から出てきた。自分は、下がるボクシングはしたくない。なので、今日に限っては、あれが正解と思っています」

八王子中屋ジムで初めて取材した時、「自分のボクシングをひと言で表現するとすれば」と尋ねた。

「The Movie」

即答だった。

「勝っても負けても、映画のような試合を見せたい」

再起戦は、期待通りの「The Movie」。

ただし、時には退屈な演技もできなければ、世界は厳しい。それも現実。

尽も理解している。それでも――。

「練習通りにはいかなかった。ただ、それも想定内でした」

控室、笑顔の尽を見守るトレーナーの廣隆は答えた。

相手が打ち合いを望めば、一歩も引かずに真っ向勝負。

確かにそれは、以前と同じ。だが、ジャブを突いて距離を測り、両腕のガードだけでなく、頭を振ったり、スウェーで避けて攻撃を返した。被弾もわずかにずらし、芯は外した。8カ月前とは違う姿。そして、最後の左フック一閃。"らしさ"も失っていなかった。わずかな変化だが、廣隆にとっては大きな収穫だった。

「中屋、トレーナーとは耐えるもんだ。耐えることが、トレーナーの仕事だ」

廣隆が30歳でトレーナーを始めたばかりの頃、尊敬し、慕っていた先輩トレーナー、横田忠から言われた言葉。当時、師匠から言われた言葉の重み。70歳を過ぎた今、あらためて噛み締めていた。

成長を待つ。急がない。そして、信じる。

それが、廣隆の流儀。

ただし、信じることはできても、待てる時間は無限ではない。

誰よりも実感し、背負っていたのは他ならぬ、廣隆自身だった。

相手を左フックで沈めた2月の復帰戦photo by Naoki Fukuda

相手を左フックで沈めた2月の復帰戦photo by Naoki Fukuda





「尽が世界チャンピオンになるストーリーは、そのまま、私の人生のストーリーに被ります」

40年前、廣隆は、育ち盛りの息子3人を抱えながら、生活のための仕事を辞めた。ボクシング業界に戻り、「トレーナーとして生きる」と決めた時、みんなから反対されても、笑顔で背中を押してくれたのは、妻だった。

「そのほうが、貴方らしいかもね」

相談した時、妻はあっけらかんと笑顔で答えた。

今、妻は難病と向き合っている。

残された時間は限られた。

自分にできる、唯一の恩返し。大勢のボクサーを指導し、日本、東洋など数々のチャンピオンを輩出しながらも果たせていない、「世界チャンピオン」を育てる夢。それを叶えること。40年前、「ボクシングに生きる」と決めた自分のわがままを受け入れ、人生すべてを懸けて支えてくれた妻の覚悟は、間違いではなかった。廣隆は、証明したかった。

尽は、おそらく廣隆にとって、ともに世界を目指す最後の弟子。

そんな思いや覚悟は、3人の息子、尽にも打ち明けず、戦い続けていた。

穏やかに、淡々と、「焦ることはない、大丈夫だから」と言いながら――。

試合翌日――。

尽は休む間もなく、廣隆の長男・一生(いっせい)会長とともにアメリカ・ラスベガスへと旅立った。現地で1カ月に及ぶ合宿に入る。日本では手合わせすることすら叶わない、世界基準のウェルター級の猛者がひしめくボクシングの本場で、実戦感覚を研ぎ澄ますためだ。

廣隆は一週間後、一生会長と入れ替わる形で現地へと向かう。

羽田空港まで向かう足で、妻を介護保険施設に預ける。帰国後は同じく、八王子に戻る途中で迎えにいく段取りも整えた。

八王子中屋ジムの壁には、主の戻りを待つ赤いジャンパーが、静かにかけられたままだった。

34年という歳月を吸い込み、色褪せた戦友。

裏地を張替えたり、擦り切れた袖、抜けたポケットの補修をしてくれたのも、妻だった。

帰国後、廣隆はジムに戻れば、すぐに袖を通す。

そして......。

尽の24戦目は、2026年5月2日。東京ドームに決まった。

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