1992年結成のお笑いコンビ「プー&ムー」のおさむさんは、1971年5月生まれの現在54歳。福岡吉本での活動後、2009年に38歳で相方のおたこぷーさんと東京へ進出し、現在も現役の芸人として活動を続けている。
しかし、デビュー当初から現在に至るまでコンビとしてのブレイクには至らず。長年のバイト生活の末、現在はフードデリバリー配達員の仕事に明け暮れる日々を送っているという。
いわゆる“バイト辞められない芸人”なのだが、おさむさんは2007年に結婚。2人の子どもに恵まれ、東京での妻子4人の暮らしをほぼ1馬力(自身の時給バイトとフードデリバリーの仕事だけ)で支えてきた。しかも、この春から長女は大学生だという。
なお、大和総研が2023年に発表した最新調査では、「東京都23区に住む30代子育て世帯」の世帯年収の中央値は1000万円に迫る勢い。結婚・出産に必要な経済条件がインフレ化する中で、おさむさんは結婚生活や育児をいかに成立させてきたのか?芸人・夫・父として何を考えてきたのか? 何も考えてこなかったのか? 本人に直撃した。
“じゃないほう芸人”のハシリ
――「プー&ムー」は熊本・天草出身の同級生コンビということで。
おさむ:
相方の“おたこ”とは、中学のテニス部で一緒でした。田舎で小学校も近かったし、仲良い地元のグループがずっと同じだったんです。高校卒業後、福岡の大学や専門学校に進学してからも、みんなでつるむような関係性で、「東京で芸人になろう」という話も二人でしていましたね。
ある時、オモシロ素人を紹介する福岡吉本の番組に出たら、おたこが素人にしちゃキワモンだということで、福岡吉本に誘われました。なので、相方はすぐ注目されたんですけど、僕はデビュー直後から「お前は誰だ?」みたいな扱いでした。
――失礼な言い方ですけど、いわゆる「じゃないほう芸人」的な。
おさむ:
そのハシリですね。抱き合わせで仕事をいただいても、番組クラッシャー的なところもあり、わりとすぐ失速しました。ただのお調子者って感じで、よくトチっていたんで。若くて根拠のない自信や自惚れもあったのかもしれません。才能ないのにあぐらかいていたというか。
――普通は才能にあぐらかきますけど。では、デビュー直後から相方のおたこぷーさんとは別行動が多かったんですか。
おさむ:
テレビやラジオといったメディア出演の仕事は、ちょうど「おたこ以上、おさむ以下」できっちり分けられていましたね。コンビの仕事は月に数回のライブだけ。仲が悪いとかはなかったですけど、仕事の量も悩みも相方とギャップがあり、歯車が合わない時期もありました。
M-1準決勝へ進出、交際から8年越しの結婚も
――東京に進出したのは、東京の吉本からお誘いが?
おさむ:
そもそもお誘いはないですよ。おたこもラジオの仕事などで勢いがありましたし、福岡吉本でデビューしてからしばらくは、あまり上京の考えもなかったです。
――Wikiで「おタコ一人の条件で東京吉本より引き抜きの話が出たが、『一人ではいかん。修(おさむ)も一緒ではなかと』と東京進出を断った」「会社からも『相方の足を引っ張るな』と言われてきた修は引退を相談していたが、おタコは「コンビじゃないといけない」と、ピンのレギュラー番組を辞めてコンビとしての活動を優先にした」というような逸話を読み、イイ話だと思ったんですが。
おさむ:
おたこのWikiとか良い感じに盛られているんですよ。
――フェイクですか?
おさむ:
僕はもう辞めざるを得ない状況ではありました。それで引退の相談をしたら、相方が「ネタで勝負していこう」と。コンビの活動を優先するようになって、気持ち的にも少しずつ上がっていたという感じです。
――2002年にコンビ名を「プー&ムー」に改名し、そこから4年連続でM-1に出場されているという。
おさむ:
2003年、福岡勢で初めてM-1準決勝まで進めました(※「どりあんず」も進出)。とくに2回戦は会場が割れるぐらいウケて。未だにあの感触は覚えていますけど、そこから東京で1回勝負したいと考えるようになった、という流れですね。華大(博多華丸・大吉)さんやパンクブーブーが福岡から東京に出ていて、若手が増えていた福岡吉本も東京へ行くならお膳立てはするスタンスだったので。
――ご結婚は福岡時代ですか?
おさむ:
26歳から8年間付き合って、僕が34歳になった2006年の結婚なので東京進出の前ですね。いま中2の息子は東京生まれですが、長女は僕が36歳のとき福岡で生まれています。
――奥様とはどういう出会いだったんでしょうか。
おさむ:
ファンです。
――なんと(笑)。
「売れる空気」はあったのにピタリと止まった“風”
――上京後の活動は順調だったんですか?
おさむ:
「人志松本の○○な話」や「オモバカ」といった番組に出演したら、けっこう評判が良く、いけそうな空気はありました。周りからの期待というか。「このコンビ、これからけっこう売れるんじゃね?」みたいな感じ。なんとなくあったんですけど、なんかピタッと止まりましたね、風が。それは感じました。あれって、なんで止まるんですか?
――ちょっと、私には何とも……。
おさむ:
結局、福岡の頃からずーっとバイトしています。
――基本的に収入は時給バイトとフードデリバリーの配達報酬だけですか?
おさむ:
おかしいでしょう? なんか不思議と暮らせていますね。かみさんもたまに単発バイトとかはしていますけど、定職についているわけではないです。
――本当に1馬力なんですね。どういう家計状況なんでしょうか。
おさむ:
家計は全く把握していないですね。ダメ親父に聞こえるでしょうけど、「お金と育児には口も手も出さないで」と言われているので。家にまとまったお金を入れて居候させてもらっている感じです。
――フードデリバリーは、やはり稼ぎやすいんですか?
おさむ:
ご想像にお任せしたいんですが、ざっくり居酒屋でバイトしていた頃の2倍くらいですかね。長くフードデリバリー専業でやっている配達員は、みんなそれくらいだと思います。天候などによって単価も上下しますけど、1日30件やれば1.5〜2万円いくかなという感覚です。
働いて働いて働いて働いて働いて
――基本、毎日稼働しているんですか?
おさむ:
ご想像の通り、ほぼ毎日ですね。Uberだけでなく出前館もWoltもRocketNow(ロケットナウ)も、ひと通りアプリを起動して街でスタンバイしています。去年も一昨年も働きすぎて家族と一緒にメシを食ったことがないんです。正月におせち料理を一緒に食べただけで。
――ツラい……。
おさむ:
いや、別にツラくはないですよ、全然。昔、渋谷よしもと漫才劇場のスタッフルームまでデリバリーして誰からも気づかれなかったときは、ほっとしたような、残念なような、微妙な気持ちになったことはありますが。
――フードデリバリーで稼ぐ日のスケジュールって、どういう感じなんですか?
おさむ:
遅くても朝9時には家を出て、ランチが落ち着く15時くらいから2〜3時間の休憩を挟み、夕方から22時半ぐらいまで。フードデリバリーの仕事はラクですよ。負けることがない、緩やかに出続けるパチンコ台みたいな気持ちでやっています。
――なるほど。フードデリバリーのお仕事はけっこう好きですか?
おさむ:
お言葉を返すようですが、好きなわけないじゃないですか(笑)。
――すみません(笑)。たまにはゆっくり休みたいですよね?
おさむ:
あ、それはないです。
――それはないんですか。
おさむ:
やっぱり嫁とお金のことで喧嘩したことがあるんで、とにかくお金だけはちゃんとしようかなと。最初の頃は健康のためにノーアシストの自転車を人力で漕いでいたんですけど、すぐに「とんでもねえ」と思って。いまは電動アシスト付きです。
<取材・文/伊藤綾>
【伊藤綾】
1988年生まれ道東出身、大学でミニコミ誌や商業誌のライターに。SPA! やサイゾー、キャリコネニュース、マイナビニュース、東洋経済オンラインなどでも執筆中。いろんな識者のお話をうかがったり、イベントにお邪魔したりするのが好き。毎月1日どこかで誰かと何かしら映画を観て飲む集会を開催。X(旧Twitter):@tsuitachiii
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