【ボクシング】日本人初のウェルター級世界王者を目指す佐々木尽体重超過での惨敗に「やめるべきだ」と考えた日

photo by web Sportiva

【ボクシング】日本人初のウェルター級世界王者を目指す佐々木尽体重超過での惨敗に「やめるべきだ」と考えた日

3月10日(火) 9:45

提供:
2025年6月、WBO世界ウェルター級タイトルマッチ。王者ブライアン・ノーマンJr.(米国)に挑んだ佐々木尽(八王子中屋)は、5回KO負け。日本人未踏、ウェルター級世界王座。その壁は想像以上に高く、厚かった。あれから8カ月――。先月19日、再起戦に臨んだ尽は、2回、左フック一閃で相手を沈めた。

再び、日本人未踏の頂きを目指す24歳の現在地。そして、ともに戦う71歳のトレーナー、中屋廣隆の覚悟を追う。(4回連載/1回目)

日本人未踏、ウェルター級の世界王者を目指す佐々木尽

日本人未踏、ウェルター級の世界王者を目指す佐々木尽





第1回/「The Beginning」――1勝3敗からの始まり

2012年8月に公開された映画『るろうに剣心』の主題歌、ONE OK ROCKの『The Beginning』は、同バンドにとって大きな転機となった。作詞作曲はヴォーカルのTAKA。少年時代、アイドルグループの一員として活動した彼は、その後、脱退。紆余曲折を経て17歳の時、友人らとバンドを結成。それが、ONE OK ROCKだった。

ONE OK ROCKにとって、この曲は、視線を内から外、世界進出に向けて舵を切る、"宣言"でもあった。TAKAは、英語の歌詞と覚えやすい旋律を意識。それまでのスタイルが好きなファンから批判されることも承知のうえで方向転換。TAKA、24歳の時だ。

決断は、結果として彼らを世界へと押し出し、曲は今も世界中で愛され続けている。13年経った現在、公式YouTubeでの再生回数は約2.3億回にのぼる。

「初めて聴いた瞬間、めっちゃ心に刺さったんです。『うわっ、これだ。この曲しかない』って」

視線を真っ直ぐ見据え、屈託のない笑顔をこぼしながら、プロボクサー・佐々木尽は話した。

定時制高校への進学が決まると同時にプロテストを受験し合格。アマチュア戦績は1勝3敗と決して胸を張れる数字ではなかったが、夢だけは、譲れなかった。

世界チャンピオンになる――。

いつか世界戦のリングに駆け上がる自分をイメージして、入場曲を探し続けた。ある日、YouTubeでミュージックビデオを検索した時、モノクロームの画面に映し出された瞳が目に飛び込んできた。

静寂。そして、暗闇を切り裂くギター。

俺を突き動かす、確かな何かをくれ――。

17歳の少年は、この曲に自分を重ねた。

「自分は、不器用だし、覚えも悪い。エリートでも何でもない。一番下から挑戦する。堕ちる時もあるかもしれない。でも、必ず這い上がる。敗北や失敗を繰り返して、最後は、頂点に立つ。曲を聴いた時、自分自身のボクサー人生を、そう思い描いたんです」

2018年8月24日、17歳1カ月でプロデビューし、2ラウンドKO勝利。以降は、唯一、誇れる無二の強打を武器に、倒し続けた。

デビュー以来7戦7勝6KOで、東日本ライト級新人王の決勝に進出。プロ8戦目となるはずだった同決勝は、体重超過で棄権。それでも、およそ1年ぶりとなる仕切り直しの8戦目は、日本ランカー相手に初回45秒KO勝利。10戦目で、日本スーパーライト級ユース王座に就いた。

当時19歳4カ月――。アマ戦績1勝3敗だった少年は、夢を叶える自分の姿が、ほんの微かに見え始めた。だが、自らその扉を閉ざした。二十歳で迎えた大きなチャンス、WBOアジアパシフィック、そして日本スーパーライト級のタイトルがかかる試合(対平岡アンディ)で、再び体重超過を犯した。

試合はその後、規定に基づき当日計量で成立し、「平岡が勝利した場合のみ、タイトル獲得。佐々木が勝利した場合は王座空位」という変則ルールで行なわれた。

結果は惨敗、11回TKO負け。

2度目の体重超過という事態を重く見たJBC(日本ボクシングコミッション)からは、6カ月のライセンス停止、 制裁金として、ファイトマネーの20% 徴収という処分が下された。八王子中屋ジムのチーフトレーナー兼マネジャーの中屋廣隆にも、厳重注意処分が下された。

「挫折というよりも、恥ずかしい気持ちと、大勢の人たちに迷惑をかけた申し訳なさのほうが強かったですね。『自分は、ボクシングは続けてはダメな人間だ』と思いました。『もうこれで終わり。ボクシングはやめるべきだ』と考えました」

試合後はしばらく自宅に引きこもった。ジムにも顔は出さず、ボクシングとは、あえて距離を置いた。時間だけがすぎ、昼と夜の区別も曖昧になり始めた。

これから何をすればいいのか。

自分は何者なのか。

答えは出なかった。

一度は引退を考えながら、再び立ち上がった

一度は引退を考えながら、再び立ち上がった





ある晩、久しぶりに外へ出てみた。足は自然と動き始め、徐々にペースも上がった。

晩秋の空気は冷たく、乾いていた。

風が頬に触れる。街灯の明かりがアスファルトに細い影を落としていた。

イヤホンを耳に装着し、スマートフォンを操作して音楽を探した。

静かな導入。そして、暗闇を切り裂くギターの音。

ペースをさらに上げて走った。

体の中で響き渡る、『The Beginning』の旋律。心を揺さぶる歌詞。

自分も、このまま終わらせることはできない。何度くたばり、朽ち果てたとしても。

尽は自問自答を繰り返した。

ここで逃げるのか、と――。

ボクシングを続ける資格はない。それは、わかっている。

でも、このままやめたら一生、自分自身を許せなくなる。

足が止まりかけた。息を大きく吐いて、もう一度、踏み出して走り始めた。呼吸が荒くなるにつれ、胸の奥に押し込めていたさまざまな感情が浮かび上がった。

冷たい夜風が肺に入り、苦しくなった。だが、苦しくても、身体は前へ前へと進んでいる。

尽は思った。

「もう一度、リングに立つ。誰のためでもなく、自分自身のために。自分も、このままでは終われない」と。

2022年4月22日、東京・後楽園ホール――。

復帰戦は、5回TKO勝利。以降はウェルター級へと転向し、国内実力者を次々とキャンバスに沈めた。WBOアジアパシフィック、そして、OPBF東洋太平洋王座を獲得し、チャンピオンベルトは3本に増えた。

一撃で相手を沈める、破壊力ある左フック。

それはやがて、「佐々木尽」というボクサーの代名詞となり、人気ボクサーへと押し上げた。

2025年6月19日――。ついに夢の扉を開けた。

WBO世界ウェルター級タイトルマッチ。

日本人ボクサー前人未到、世界ウェルター級王座挑戦。

あの日、絶望の淵で聴いた『The Beginning』。

暗闇のなか、走り続けながら心に刻んだ誓いを示す時。

しかし――。

夢は砕け散る。

(第2回につづく)

【関連記事】
◆【ボクシング】井上尚弥戦が決まった中谷潤人が語る、苦戦からの学びと成長「壁が高ければ高いほど、乗り越えた時の達成感も大きい」
◆日本ボクシング世界王者列伝:内藤大助 不屈のキャリアと変則戦法がライバル対決で「記憶に残る世界王者」に昇華
◆【ボクシング】井上尚弥のフェザー級転向は、山中慎介から見て「ベストなタイミング」昇級後に対戦が楽しみな選手は?
◆【ボクシング】山中慎介が語る、中谷潤人が「井上尚弥以外はメッタ打ちにされた」強敵相手に直面したスーパーバンタム級の壁
◆井上尚弥は現代のボクシングビジネスに一石を投じた2026年はどのような立ち位置になるのか?
Sportiva

新着ニュース

合わせて読みたい記事

編集部のおすすめ記事

エンタメ アクセスランキング

急上昇ランキング

注目トピックス

Ameba News

注目の芸能人ブログ