ものまね芸人のキンタロー。が、三浦璃来・木原龍一ペアのものまねをSNSで披露したが、「おちょくっている」などと批判の声が上がった。キンタロー。に限らず、過去にはコロッケが『鬼滅の刃』をネタにしてバッシングされるなど、ものまねは度々炎上騒動に発展。地上波のものまね番組も減少している。
「キンタロー。さんの“りくりゅう”ものまねを、僕は正直、笑ってしまった」という放送作家の鈴木おさむ氏は、「痛みを伴う笑いは、笑えないと思いますか?」という学生への問いと、その9割以上が「笑えない」と答えた経験を引き合いに出しながら、いまお笑いが大きな転換点にあると語る(以下、鈴木氏による寄稿)。
痛みを伴う笑いを笑ってはいけない問題
キンタロー。さんの“りくりゅう”ものまねを、僕は正直、笑ってしまった。体の誇張、表情の強さ、あの熱量。彼女のものまねは、いつだって全力で、だからこそ笑ってしまう瞬間が多い。
一方で、SNSには批判の声も並んでしまった。いよいよ「ものまね」という笑いにもコンプライアンスの波が押し寄せたのか?
このニュースを見て、僕はある出来事を思い出していた。数年前、大学で授業をしていたときのこと。約200人の学生にアンケートをとった。
「痛みを伴う笑いは、笑えないと思いますか?」
僕は内心、メディアが“痛みを伴う笑いはダメだ”と煽りすぎているだけじゃないか、本音ではみんなそこまで思っていないのではないか、と考えていた。が、結果は9割以上が「笑えない」だった。育ってきた環境と教育の違い。その瞬間、自分の感覚が時代からズレていることを、はっきりと自覚した。
お笑いはずっと誰かの「ズレ」や「欠点」や「失敗」を拡大して笑いにしてきた。それは残酷でもあり、同時に救いでもあった。でも今は違う。誰かが笑うその裏側の「本人の気持ち」まで想像する時代だ。想像力が広がったと言えば聞こえはいいが、その分、「笑えなくなった笑い」は確実に増えている。そしてそれは、もう止められない流れ。
「笑いのアップデート期」に考えたいこと
では、どうするのか。昔はテレビが「公共」だった。だからこそ基準があった。でも今、ネットのほうが拡散力は強い。テレビよりもバズる。テレビよりも炎上する。
「テレビはダメだけどSNSならOK」という線引きは、もう機能していない。むしろ逆だ。テレビはある意味で守られている。ネットは無限に切り取られ、文脈を失い、拡散していく。じゃあ、「笑える人だけ笑えばいい」時代になるのか?それも一つの答えだと思う。コンテンツは細分化され、価値観ごとに分断され、自分が笑えるものだけを選ぶ。でもそれは同時に、「みんなで同じことで笑う瞬間」が減っていくことでもある。
僕はキンタロー。さんのものまねを笑ってしまった。だけど、笑えない人がいることもわかる。たぶん、どちらも正しい。大事なのは、「自分は笑ったけど、笑えない人がいる」という事実を、想像できるかどうか。お笑いは自由であるべきだ。でも自由には、必ず受け取る側の変化がついてくる。笑いは時代とともに変わる。
もしかしたら今は、「笑いのアップデート期」なのかもしれない。そして僕は、まだ少しだけ古いOSのまま、それでも笑ってしまう。そのことを自覚しながら。
<文/鈴木おさむ>
【鈴木おさむ】
すずきおさむ●スタートアップファクトリー代表1972年、千葉県生まれ。19歳で放送作家となり、その後32年間、さまざまなコンテンツを生み出す。現在はスタートアップ企業の若者たちの応援を始める。コンサル、講演なども行っている
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