移動に欠かせない交通手段のひとつである電車。しかし、通勤や通学の時間帯は混雑するため、殺伐とした雰囲気がある。車内では譲り合いの精神を持って、お互い気持ちよく過ごしたいものだ。
今回は、満員電車内で、“思わぬ対峙の瞬間”に出くわしたという2人のエピソードを紹介する。
注意したのは“正義感”からではなかった…
佐藤美咲さん(仮名・20代)は、朝の通勤電車で吊り革を掴みながら立っていた。車内は混み合い、乗客同士が電車の揺れに合わせて押し合う状態だったという。
そのとき、近くから小さな声が聞こえた。
「すみません、今電車で……」
声の主は、すぐ横に立つ若い男性だった。スマートフォンを耳に当て、ひたすら謝っている。どうやら仕事のトラブルらしく、相手から一方的に責められている様子だった。
「周りを気にしているのが伝わってきました。何度も通話を切ろうとしていましたが、相手が話を止めないようでした」
当然、彼には迷惑そうな視線も向けられていた。そのとき、佐藤さんの目の前に座っていたスーツ姿の男性が顔を上げた。
「おい、ここは公共の場だぞ。うるさくて迷惑だ。今すぐ電話を切れ!」
低いがよく通る声だったそうだ。若い男性は慌てて通話を切り、何度も頭を下げた。
「言い方はきつかったですが、ルールを守らせようとしたのかなと、少し頼もしくも感じました」
車内に響いた“もう一人の声”
数分後、着信音が鳴り響いた。音の主は、“先ほど注意したスーツ姿の男性”のスマートフォンだったという。男性は周囲を気にする様子もなく、通話ボタンを押した。
「いや、その数字じゃ話にならない。もっと強気でいけ。こっちの立場をわかっているのか……」
その声は大きく、威圧的だったようだ。
「さっき若い人を注意したときより、ずっと大きな声でしたね」
周囲の乗客は顔を見合わせ、迷惑そうな表情を浮かべていた。ふと、先ほど謝っていた若い男性を見ると、少し離れた位置でうつむいていた。
「何が正しかったのか、わからなくなりました」
駅に着くと、スーツ姿の男性は何事もなかったように電車を降りたそうだ。
「男性が注意したのは“ルールを守らない”ことに対してではなくて、自分の機嫌を守るためだったのかもしれません」
背後からの“妙な圧”
山田直樹さん(仮名・30代)は、20時半過ぎの満員電車に乗っていた。仕事帰りのラッシュで、身動きが取れないほどの混雑だった。
「吊り革をなんとか掴んで、電車の揺れに耐えていました」
そのとき、背後から“妙な圧”を感じたという。
「はじめは混雑のせいだと思いました。でも、押される感覚が明らかに意図的だったんです」
ぐいぐいと押される。踏ん張ると、さらに強く押される状況だった。
「後ろを振り向けませんでしたが、『これは普通じゃない』と直感しました」
そして次の瞬間、「オイィ!」という大声とともに、強く突き飛ばされたそうだ。
電車内での小さな攻防戦
山田さんは前の座席に倒れ込みそうになり、周囲がざわついた。
「一瞬で血が上りました。ここで黙っているのは違うと思ったんです」
山田さんは“あえて”声を張り上げたのだ。
「え? 怖っ! 何? 何ですか?」
周囲にも聞こえるように大きな声を出したという。山田さんを押していたのは、青いツナギ姿の男性。山田さんの言葉に男性は一瞬固まったが、「お前が悪いんだろ」と小さい声で返してきたようだ。
周囲の視線が集まるなか、山田さんはその場を動かなかった。
「あえて“危ない人やん”って言いました。相手が想定していない反応を返すことで、尻込みさせたかったんです」
その後も肘を乗せられるといった嫌がらせは続いたが、最寄り駅に到着すると、今度は山田さんが足を踏み返して電車を降りたそうだ。
電車を振り返ると、車内から睨む男性の姿が見えたという。
「正しい行動だったとは思っていません。でも、あの“密室”で一方的にやられるつもりはありませんでした」
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。
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