『人間本性論』で知られるヒュームのもう一つの主著、歴史叙述の模範ともなりえる力作

『人間本性論』で知られるヒュームのもう一つの主著、歴史叙述の模範ともなりえる力作

『人間本性論』で知られるヒュームのもう一つの主著、歴史叙述の模範ともなりえる力作

2月24日(火) 6:00

提供:
ヒューム イングランド史Ⅰ 『ヒューム イングランド史Ⅰ』(名古屋大学出版会)著者:デイヴィッド・ヒューム Amazon | honto | その他の書店

◆狂信的激情を慎み叙述する典型
18世紀といえば、わが国では江戸時代の真っ盛り。ユーラシアの西端にある島国のイギリスでは古典派経済学の開祖アダム・スミスがおり、彼より十二歳年長に啓蒙(けいもう)思想家デイヴィッド・ヒュームがいた。主著 『人間本性論』 の著者として経験論哲学者と見なされがちだが、彼にはもう一つの主著『イングランド史』(全六巻構成)がありながらほとんど注目されてこなかった。普遍的な真理をあつかう哲学に対して、個別具体的な出来事をあつかう歴史叙述はいささか劣位にあると見なされており、思想史の脈絡では歴史叙述は長らく冷遇されていた感がある。

たしかに、ヒュームの歴史叙述は、王の治世ごとに、政治史と外交史をめぐる物語の叙述が中心をなしている。全巻にわたって、イングランドにおける政治制度の発展に注目しながら、武力や自力救済を頼りとする野蛮な勢力対立の社会がさまざまな迷いと試行をくりかえしていた。主眼とされるのは政治システムが精緻にできあがる経過を説明することである。

しかしながら、ヒュームは、政治史のみならず、社会経済史、文化史、学芸史などの歴史叙述も組み込む。というのも、ヒュームは歴史の歩みが必然であったとは考えていなかった。そのことは特筆される。

ところで『イングランド史』I・Ⅱは、ステュアート朝が君臨した17世紀を語っており、ヒューム生前の百年余りが対象である。当時の読者にとっては身近な昔話であったにちがいない。

嗣子のいないエリザベス一世が没すると、スコットランドのステュアート家がイングランド王家を継ぎ、ジェイムズ一世が王位に就いた。国王は王権神授説を奉じて議会と対立したが、イングランドの民兵は十六万人ほどだったにもかかわらず、どこよりも民兵の規律はしっかりしていたという。ジェイムズは魔女や亡霊を語り、凡庸な著述家であったが、国王陛下としての演説はことのほか優れていたらしい。

次男のチャールズ一世が即位すると、多くの民衆は議会を崇(あが)めていたせいか、熱狂的信者の群衆は大聖堂を襲撃することもあった。ここには大きな変転の予兆があったという。やがて、軍事権力を指揮するクロムウェルは反乱をおこし、チャールズ一世はワイト島に逃れたが、裁判にかけられ処刑された。だが彼は、率直で誠実で高潔であったといわれ、民衆に同情が広がり、共和国の後、王政復古がなされたという。

クロムウェルは大事業を大胆な決断力で成し遂げ、人物の弱点を見抜いて利用する能力に卓越していたが、業(わざ)半ばで病没した。ほどなく王政復古がなり、亡命していたチャールズ二世が国王として迎えられた。だが、彼は親カトリック的であり、民衆の反感を買っていた。また、王に対する議会の不信はつのっていたが、議会は解散され、王党派の勝利にもかかわらず、チャールズは急病で死去する。弟のヨーク公ジェイムズ二世はカトリックの復活を企て議会と対立したが、王の狼狽(ろうばい)と逃亡によって、ステュアート家は消失した。かくして「自由を尊重しようとする情熱」が国王大権を制する「栄誉ある」革命を生み出した。

本書はできるだけ公平な立場で過去をふりかえり、狂信的な激情を慎むという生き方の典型をなしており、21世紀にあっても歴史叙述の模範ともなりえる力作でもある。

ヒューム イングランド史Ⅱ 『ヒューム イングランド史Ⅱ』(名古屋大学出版会)著者:デイヴィッド・ヒューム Amazon | honto | その他の書店

【書き手】
本村 凌二
東京大学名誉教授。博士(文学)。1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月~2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』でサントリー学芸賞、『馬の世界史』でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著作に『多神教と一神教』『愛欲のローマ史』『はじめて読む人のローマ史1200年』『ローマ帝国 人物列伝』『競馬の世界史』『教養としての「世界史」の読み方』『英語で読む高校世界史』『裕次郎』『教養としての「ローマ史」の読み方』など多数。

【初出メディア】
毎日新聞 2026年2月21日

【書誌情報】
ヒューム イングランド史Ⅰ 著者:デイヴィッド・ヒューム
翻訳:犬塚 元,壽里 竜,池田 和央
出版社:名古屋大学出版会
装丁:単行本(564ページ)
発売日:2025-11-04
ISBN-10:4815812098
ISBN-13:978-4815812096 ヒューム イングランド史Ⅰ / デイヴィッド・ヒューム
ALL REVIEWS

生活 新着ニュース

合わせて読みたい記事

編集部のおすすめ記事

エンタメ アクセスランキング

急上昇ランキング

注目トピックス

Ameba News

注目の芸能人ブログ