人は誰しもさまざまな問題に直面した場合、”冷静さ”を失いがちです。そのことが原因となり、本来であれば簡単に解決する問題でも、”焦り”が原因となり、結果として誤った判断や行動をとってしまいがちです。
今回は、その”冷静さ”が身を守ったという、ちょっとスリリングなエピソードです。
バイト終わりに遭遇した”イヤ”な予感
話を聞いたのは、舞台俳優を目指しながら居酒屋でアルバイトをする横川さん(仮名・27歳)です。
その日のバイトは思った以上に押したらしく、終電を逃してしまい、店の近くに停めてある共有の自転車を借り、帰宅することになったそうです。
自転車を取りに駐輪場へ向かったとき、ふと三体の影が横川さんの視界に入ったといいます。最初は”自分と同じように終電を逃した高校生”程度に思ったそうですが、近づくにつれてその気配が普通ではないと分かったといいます。彼らは柵に腰をかけ、こちらを真っ直ぐに見ていたそうです。
「歩きながら、直感ですよね。“これはちょっと面倒な相手だな”と分かりました」
三人のうち一人が前に出て、いきなり言葉を投げつけてきました。
「なあ兄ちゃん、財布、ちょっと見せてよ。困ってんだわ」
声は低く抑えられていたものの、こちらの反応を威圧しようとする意図が明確でした。相手を刺激すれば一気に面倒になる、そんな空気が漂っていたといいます。
”落ち着け自分”と言い聞かせる
その瞬間、横川さんの頭に浮かんだのは逃げるか否かでした。しかし、駐輪場は囲われており、背を向ければ追いかけられる可能性のほうが高い状況でした。そこで選んだのは「とりあえず動きながら考える」という方法でした。
「そいつらを無視するように自転車を押しながら、一定のスピードで歩き出しました。逃げているように見えない程度に、でも確実に距離をとるように。とにかく”落ち着け自分”と何度も自分に言い聞かせましたね」
当然、三人は黙っていませんでした。
「おい、無視かよ」「逃げんじゃねぇよ」
声は荒くなるものの、距離は少しずつ開いていきます。横川さんは決して振り返らず、視線を前に固定して歩きました。背後の気配は近く、息づかいさえ聞こえてきたといいます。
向かったのは、ロータリー中央にある新設の防犯カメラの下でした。数ヶ月前に駅の防犯体制が強化され、夜間でも顔がはっきり映る高解像度の防犯カメラが設置されたことを横川さんは覚えていたのです。
駐輪場からロータリーまでは50メートルほど。しかし追われている状況では、その距離が異様に長く感じられたといいます。
勇気を振り絞りカメラを指差し
カメラの真下までたどり着いたとき、横川さんは決心して足を止め、上を指さしました。その動きに、後方の少年たちはわずかに戸惑ったようでした。
横川さんは静かに、しかしはっきりと声を出しました。
「あれ、全部録画されてますよ。僕からお金を取ったら、すぐ映像が使われます」
けれど一番伝えたいのは、直接的な脅しではなく「まだ引き返せる」というラインでした。そのため、少し間を置いて言葉を足しました。
「今なら、まだ未遂ですよ」
この“未遂”という単語が、少年たちに想像以上の効果を与えたようでした。 彼らは顔を見合わせ、カメラを見上げ、明らかに態度が変わったといいます。
「え、写ってんじゃね?」「やばいだろ、普通に」
先ほどまでの強気が、一瞬でしぼんだのが分かったそうです。相手が一気に冷めていく気配を感じ、横川さんもようやく胸の奥に少しだけ余裕が戻ったといいます。
作戦は成功するも、足はガクガク
短い沈黙ののち、リーダー格と思われる少年が焦った声で言いました。
「行くぞ、早く!」
三人はほとんど反射的に駐輪スペースへ走っていきました。誰かがエンジンをかける音が響き、原付が一台、そしてもう一台と勢いよく飛び出していきました。やがてロータリーの外に消え、音も聞こえなくなりました。
「作戦は成功したのですが、しばらくその場から動けなかったですね。足がガクガク震えてましたから」
そう語る横川さんは、安堵と緊張の余韻が入り混じった表情でした。あの瞬間、冷静でいられたことは偶然ではなく、状況を細かく観察し続けていたからこそだったのかもしれません。
「結果として彼らは一目散に逃げて行きましたが、場合によっては自分の行動が相手を刺激して危害を加えられていたかもしれません。みなさん、くれぐれも夜道は気をつけてくださいね」
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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