アメリカ・ワシントン州シアトルのヒップな地区「キャピトル・ヒル」にあるジミ・ヘンドリックス像。ギターの神様ジミヘンはシアトル出身。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第162話
日本はこれから、何を「原動力」にしていくのか?研究のために世界各国を訪れる筆者が、自身が好きな街やサブカルチャー、日本の留学生事情を紹介しながら考察する。
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【変容する世界】2026年2月、とある国に出張しているとき、日本から驚きのニュースが飛び込んできた。
慌ただしく実施された年明けすぐの衆院選。蓋を開けると、事前の予想を大きく超える自民党の大勝。そして与党が、全議席の3分の2を確保。
――これを世間はどう見るのか?これは選挙の結果だから、日本国民の総意が反映されたものだ。それが日本をどう変えていくのだろうか?そしてそれを、世界はどう捉えているのだろうか。
私が想像する以上に、世界が時々刻々と変容している。そんなざらっとした感覚を覚えた。
【私の好きな街】この連載でも紹介しているように、2024年以降、いろいろな国のいろいろな街に出かける機会が増えた。そしてそれに伴って、「いままで行った街(や国)の中で、いちばん好きな街(や国)はどこ?」と訊かれる機会が増えた。
私がいままで訪れた中で、「また行きたい!」と強く思う国は、圧倒的にイタリアである。食べ物が抜群においしい。気取った感じのレストランでなくとも、庶民的なお店で、地中海の恵みを受けた食材を使ったおいしいイタリアンを食べることができる。
しかし、「好きな街」と訊かれると、ちょっと趣が変わる。
――グラスゴー、サンフランシスコ、シアトル、メルボルン、京都。
パッとでてきそうなのがこの辺。共通するのはおそらく、ヒッピー的で「オルタナティブ」な息遣いが残っているからだろうと思っている。
そして、グラスゴーはロンドン(あるいはエジンバラ)に対して、サンフランシスコはニューヨーク(あるいはロサンゼルス)に対して、メルボルンはシドニーに対して、そして京都は東京に対しての、都市の規模や文化からくる反骨精神というか、「ナンバーワンに負けてなるものか」という姿勢が見え隠れする。
それが、街の文化の原動力になっているように感じる。
ちなみにシアトルは、90年代のマイルストーン的なバンド「ニルヴァーナ(Nirvana)」による「グランジ(Grunge)」発祥の場所である。
「グランジ」は「オルタナティブロック(英語でAlternative Rock、あるいは略して『オルタナ』)」と呼ばれることもあるように、「メジャーシーンに対抗するカウンターカルチャー」という意味合いのジャンルでもある。
余談だが、「トラヴィス(Travis)」や「ベルアンドセバスチャン(Belle and Sebastian)」に代表されるオルタナティブロックバンドを多数輩出しているグラスゴーという都市、そして、J-ROCKを代表するバンド「くるり」を生んだ京都という都市も、私の中ではこの延長線上にある。
山形という片田舎に生まれ、京都で自意識を育んだ私は、「メジャーシーンに対するカウンターカルチャー」に対する親近感が無意識にある。
「メジャーシーンで活躍したい」とか「ナンバーワンになりたい」というヒロイズムよりも、「ナンバーワンに負けてなるものか」という反骨精神からくる原動力に親しみを覚える。現状に甘んじることなく、常にベターを目指す、という姿勢に好感を覚えているのだと思う。
【日本の「サブカルチャー」に対する姿勢】翻って日本では、そういうカウンターカルチャー、あるいはサブカルチャーに対する意識が薄れているように思う。私が中学生の頃は、渋谷や原宿が日本のサブカルチャーのメッカだった。しかし、現代の若い子たちが集うサブカルチャーの中心地は新大久保にある、という話をよく耳にする。
言うまでもなく、日本のメインカルチャーは、歌舞伎や茶道、着物や和服などに代表される伝統芸能、つまり「和」の文化である。
それに対する日本のサブカルチャーはさまざまあるが、世界的に有名なのは、アニメや漫画に代表される文化だろう。そして現在の日本は、その自覚に疎く、それを軽んじすぎているように感じることがある。
スタジオジブリはもとより、ドラゴンボールに、ドラえもん、ナルト。これらは、現在私の研究室に来ている留学生たちにとって、日本に憧れをもつ原動力となったサブカルチャーである。しかし今は、それが変わりつつあるように感じる。
私が海外に赴いたときに、アジアのカルチャーとして耳にする機会が増えているのは、韓国や中国のアニメである。日本にいると、「日本のアニメが世界一」と無自覚に思うことが多い。実際、10年ほど前までは、世界のアニメ産業は日本の寡占状態にあった。
しかし今や、アジア諸国のアニメ文化が台頭していて、世界のアニメ産業の半分ほどを海外発のアニメが占めるまでに成長してきていることは意外と知られていない。
【「京都」というサブカルチャーのメッカ】京都は実は、サブカルチャーに溢れる街でもある。観光のために京都を訪れた場合、清水寺や金閣寺や嵐山などの神社仏閣、つまり、「日本のメインカルチャーの聖地」のようなものを求めて訪れる人が多いと思う。
しかし、京都で学生時代を含む13年過ごした私としては、その真髄は、木屋町や鴨川に代表されるサブカルチャーにある、と思っている。
京大はもちろんのこと、同志社や立命館、さらには京女(京都女子大学)や同女(同志社女子大学)、京都外大などなど、京都にはたくさんの大学がある。そのため、街の規模に対しての学生の比率が大きい。学生の街、と言っていいかもしれない。そしてその学生たちが集うのが、木屋町という京都の歓楽街、飲み屋街である。
京都の大学には、たくさんの海外からの学生たちが留学している。彼らが集うのも、やはり木屋町である。花見の季節から、木屋町沿いのテラス席のあるバーにはたくさんの学生と留学生が集う。
夏になると、三条大橋のたもとにあるローソンで酒を買い込み、鴨川河畔に陣取って酒を飲むようになる。ファイヤーパフォーマンスや路上ライブをしているような人たちがBGMを醸し、えも言われぬヒップな空気が生まれる。
私が京都で大学院生をしていた頃は、こういう空気感こそが、「新しいなにか」が生まれる原動力だったように思う。
――しかし現在、海外に出てみると、「日本に留学したい」という声を聞くことはあまりない。欧米でそのような声を聞くことはほとんどないし、アジア諸国でも実はそれはあまり変わりがない。
「日本は良い国だ!」と言ってくれるのは、過去に日本に留学し、母国に帰って教員になっているシニア層ばかりで、それに追随したいという若者の姿を目にすることは、残念ながらほとんどない。
早ければ今年(2026年)の4月から、大学院生の生活費を支援するある奨学金制度から、留学生が除外される。日本人の学生を支援することによって、日本の研究力を底上げするための制度だから、とのことらしいが、それで本当に日本の研究力は向上するのだろうか?
日本の中から見ていれば、日本の漫画やアニメはずっと世界一に見えるだろう。しかし世界から、日本の外から見たとき、それはそうとはかぎらないのだ。それに気づいていないのは日本人だけで、世界ではもっと他のカルチャーが台頭しつつある。
現在の日本は、いったい何を原動力にするつもりなのだろうか?日本が世界のメジャーシーンの中心にいるとはさすがに思ってはいないだろうが、それでは、変容する世界の中で、現在の日本が誇る「メジャーシーンに対抗するカウンターカルチャー」とは、いったい何なのだろうか?
文/佐藤 佳写真/PIXTA
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