社会の目まぐるしい変化によって、我々の生活はかつてない脅威に晒されている。治安悪化、家庭崩壊、雇用形態のドラスティックな変化──いつ奈落の底に落ちないとも限らない危機がそこかしこに潜んでいるのだ。
そして今、静かに広がっているのが“スピ沼”という新たなリスクだ。神社ブームの陰で、エセ科学や陰謀論と結びついた不安商法が拡大し、家計や家庭を壊すケースも相次ぐ。当事者の証言から、その実態に迫った。
神社ブームが勃興
1月のある平日、日本橋の小網神社には80分待ちの大行列ができていた。強運厄よけや金運の御利益があるとして人気の神社だが、近隣住民は呆れ顔でこう語る。
「銭洗い弁天といえば鎌倉が有名ですが、近年は東京でも同じことができると外国人観光客に人気が出ていたんですよね。それがマツコ・デラックスさんのテレビ番組で紹介されたり、ゲッターズ飯田さんが薦めたりして、今年に入ってからは日本人まで来るようになりました」
参拝とお札やお守りを買う列は別になっているが、夕方になっても列は途切れない。
「特別なお守りの授与がある日は、早朝から驚くほど人が来ていますね」
エセ科学スピ志向がコロナ禍を経て増加
物価高は止まらないのに給料は上がらない――そんな社会不安もあり、“神頼み需要”は高まるばかりだ。神社参拝程度なら問題ないが、過激なスピリチュアルに傾倒するとなれば話は違ってくる。マルチ商法やビジネススピリチュアルに詳しいフリーライターの山田ノジル氏が警鐘を鳴らす。
「震災後にもパワースポットや神社ブームがありましたが、昨今はさらに陰謀論などと接続しつつ、オカルトやスピリチュアルが盛り上がっているように見えます。特にコロナ禍以降は、ワクチン懐疑派周辺などで、スピリチュアルとエセ科学、ナショナリズムがごった煮にされ、排外主義的な政治運動に利用されるケースが目立っています。典型例が、参政党の発信です」
確かに、YouTubeをはじめSNSで「運気アップ」や「波動」などのキーワードで検索すると、正体不明な人物の動画が何百万回と再生され、感謝の言葉や肯定的なコメントで溢れている。小学生の子供を持つ歯科医の板谷繁明さん(仮名・48歳)の妻も、そんな一人だった。
「妻は子供のアレルギーやアトピーに悩んでいたのですが、コロナ禍で腸活にハマったんです。その頃から、『波動』や『周波数』に傾倒し、周りの話に一切耳を傾けなくなった」
科学リテラシーがあったはずの妻が…
ネット上でスピに傾倒し始めると、アルゴリズムによるフィルターバブルとエコーチェンバーによって、情報収集の偏りはより強化されていく。
「こっそりタブレットを見たら、無農薬農家の動画に『見ただけで周波数が上がりました!』と妻がコメントしているのを見つけて、ゾッとしました。以前は藤原紀香の引き出物が水素発生器だったことを笑うくらい科学リテラシーがあったはずの妻が、今ではよくわからないYouTuberの信者になって波動に憑かれてしまった。学資保険を解約していないか、預金は無事か、確認を急ぎました」
幸い、板谷さんの妻は金銭的にのめり込むまでには至っていなかった。だが、前出の山田氏はこう指摘する。
「反ワクなど陰謀論的なものを含め、特に健康問題につけ込む不安商法の闇は根深い。『探偵!ナイトスクープ』で取り上げられヤングケアラーとして炎上した家庭では、サロン経営者の母親が、典型的な自然派マルチ商法に傾倒していたことでも話題になりました。高額なトンデモ健康食品のマルチは家計を壊し、ママ友などの人的ネットワークを介して被害者を増やすので悪影響があまりに大きいです」
スピリチュアルを入り口とし、詐欺にまで至るようなスキームが今、静かに拡大している。下にまとめた用語が家族の口から飛び出たら、要注意だ。
こんな発言に要注意!
【レイキ】
大正時代発祥の「臼井霊気療法」が源流。施術者が軽く手を当てる、または手をかざす伝統的な療法だが、「遠隔でも行える」と謳う悪徳レイキマスターも存在する。
【自然派マルチ】
スピリチュアルな考え方と親和性が高く、隣接しているケースが多い。アロエベラジュースや精油、サプリメント、プルーンエキスなど、さまざまな商材がある。
【大調和波動米】
参政党和歌山県第1区国政改革委員の林元政子氏が祈りや想念を込めた=波動を転写した米。「未来の食糧危機の際に買える権利」として最大350万円で販売。
【浄化整体】
「水晶や突起のついたローラー、墨と筆などを使用し、エネルギーを入れながら深部の負のエネルギーを集中浄化する」と謳う整体。施術費もかなり高額だ。
【そしじ】
'00年代半ばに造語として誕生したとみられるが、'20年代になり「古代から存在したがGHQにつぶされた文字」などの言説がスピ界隈で盛り上がる
数百万円をドブに捨てたスピ沼サバイバーの逆転
「当時の私は、毎月20万~30万円を占いやスピに課金していました(笑)」
そう振り返るのは、タロット占い師として活躍するゆうこ学長。今でこそ明るい人柄で人気の占い師になっているが、その過去は壮絶だ。
「幼少期は貧しく、親の愛にも恵まれなかった。結婚式直前に浮気され婚約破棄になるなど、とにかく人生がうまくいかない時期が続きました。どん底のメンタルで上京し、頼ったのが霊視やレイキ、除霊などを含むあらゆる占いだったんです」
占い依存の沼に落ちた20代の数年は、派遣社員の収入では到底まかなえないほどスピ活にカネを注いだ。当然、生活を圧迫。それでも止まらなかった。
「占いに行くために、夜はキャバクラや警備員のバイトまでしていました。占い師に『持っているお守りに悪いものが憑いている』『大きな災いが起こる』など不安を煽られるたび、恐怖心からお札やお守りなどのグッズを買いまくっていたんですよね……」
“スピ沼”から這い上がった方法は…
そんなゆうこ学長は、どうやって“スピ沼”から這い上がることができたのか?
「あるとき、初めて霊感商法ではないタロットの先生に出会ったんです。私があまりにしつこく『いつ運気が上がるのか』と聞いていたら、『いっそ自分でやってみたら?』と呆れるように言われて。それでちゃんと勉強したんです。
すると結局、タロットには特別な能力や霊力なんて必要なく、誰もができるものだとわかった。そもそもただのカードゲームで、未来や吉凶を当てるものではなく、自分が前向きに行動する指針として付き合うべきツールだということがわかり、ぱっちりと目が覚めました」
では、もし妻や家族がスピ沼にハマってしまったら、どうすべきなのか。山田氏は、まず「傾聴が重要」だと語る。
「カルト宗教と同じく、スピに傾倒して覚醒スイッチが入ってしまった人に全面否定は逆効果です。本人が気づく以外に根本的な解決は難しいからです。まずはママ友や地域コミュニティなど、スピに染まるきっかけを突き止めるなど、周囲の見守りは欠かせないでしょう。孤独にさせず、アイデンティティの喪失を取り戻すサポートが重要だと思います」
現代の世界的な社会不安と政治動向は、現実逃避としてのスピリチュアル、オカルトと非常に相性がいい。誰しもが闇落ちと背中合わせの時代を生きていると自覚することが、ひとまずの予防策になるだろう。
【フリーライター 山田ノジル氏】
女性誌ライターとして美容・健康情報を取材する中で、非科学的な言説に注目。新著に漫画『ママ友は「自然」の人』(竹書房)の原作
【タロット占い師 ゆうこ学長】
アンリッシュ代表。個人鑑定1400人以上の実績と自身の経験を生かし、初心者からプロのタロット占い師を育成するスクールを主宰
※週刊SPA! 2月17日号より
取材・文/週刊SPA!編集部
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