イタリア人はミラノ・コルティナオリンピックに盛り上がっているのだろうか?
そんな素朴な疑問があった。
なぜなら、オリンピックのメダル数などに熱狂するのは一部の国々であり、選手は人生を賭けているとはいえ、日本のように一般国民までが夢中になるものなのか。特にラテン系のイタリア、フランス、スペイン、ポルトガルの人々は通常、スポーツ報道はサッカーが大きなウェイト(6~7割か)を占め、次はモータースポーツで、ほかの話題が紙面に割かれるのはわずかばかりだ。
そこで"開幕前夜"のミラノの町を歩きながら、現地の一般のイタリア人に話を聞くことにした。大会ボランティアや報道関係者、もちろん競技関係者ではなく、あるいは五輪観光客で賑わうレストランの店主のような人でもない。リアルな意見が知りたかった。
ミラノ・スカラ座近くの建物に掲げられたソフィア・ゴッジャの写真 photo by Yoshiyuki Komiya
まず、トラムで町の中心に出る途中、親切そうな中年女性を呼び止めた。
――オリンピック開幕が迫っていますが、誰を応援しますか?
女性は一瞬考えて、こう答えた。
「選手の名前はわからないけど、イタリア人選手を応援するわ!誰かひとりの名前を挙げるなら?うーん、ごめんなさい。あまり選手のことをわかっていないの」
勢いで隣にいた若者にも同じ質問を向けたが、まったく同じような返答だった。
なるほど、誰もがオリンピックフリークというわけではない。スポーツが嫌いな人もいるだろう。ただ、町中の観光スポットであるスフォルツェスコ城やドゥオーモでは五輪特設会場も用意されていたし、たまたま関心が薄いふたりが続いた可能性は大いにある。
次に賑やかな通りにあるACミランのグッズショップに入った。
ミラノで一番有名なものは何か。日本人にとっては観光スポットやファッション、料理になりそうだが、世界的にはミラン、もしくはインテルという世界的なサッカークラブの存在が挙げられる。どちらも欧州で覇権を争ってきたビッグクラブだ。
スポーツとの距離が近いショップの店員に話を聞いてみた。
【金メダリストの名前も「?」】――どのユニフォームが売れているの?
「やっぱりルカ・モドリッチだよ。世界王者にもなって(ミランに)来たわけだから当然さ。次がポルトガル代表のラファエル・レオン。これからのクラブを背負う存在さ。3番目がアメリカ代表のクリスティアン・プリシッチかな」
――ところで、オリンピックで応援している選手はいる?
「特にいないかな」
――あまり興味はない?
「イタリアのことは応援しているよ。でもカルチョのほうが気になるな」
カルチョとは、サッカーのことである。
日本では人気のフィギュアスケートだが、欧州では女性の人気こそ一定程度あるものの、サッカー関係者はまったく興味がない。
余談だが、『Web Sportiva』のご意見番であるミケル・エチャリ(レアル・ソシエダの強化部長や育成部長などを歴任したスペイン人)に筆者がミラノに来ていることを伝えたら、「ミラノに日本人サッカー選手はいないだろ?」と言うので、「いや、オリンピック取材だよ」と伝えたものの要領を得ず、オリンピックが開催されることも把握していなかった。これが欧州サッカー大国のサッカーおじさんたちの実像である。
サッカーおじさんに聞いたのが間違いだった。
城の周りを走る男性ジョガーがひと息ついていたので、件の質問を投げた。さすがに名前がポンポン出ると思ったが、「えーと、前回のオリンピックで金メダル獲った人。誰だっけ?彼女を応援している」と答えた。名前は知らないが、応援しているという。北京五輪ショートトラック500メートル金メダルのアリアナ・フォンタナのことだろうが、記憶は怪しかった。
もはや、選手の顔写真を突きつけ、聞いてみることにした。スカラ座の正面には、建物一面を飾るジョルジオ・アルマーニの巨大な宣伝看板があって、アルペンスキーのソフィア・ゴッジャの写真が掲載されていた。ゴッジャは平昌五輪で金メダル、北京五輪では銀メダルを手にしており、冬のスポーツのスーパースターであることは間違いない。
しかし、その場で「あの人の名前、知っている?」と通りがかりのふたりの女性とひとりの男性に聞いたが、3人とも名前は出てこなかった。うちひとりは誰かもわからなかったのである。何だか、パラレルワールドに迷い込んだような錯覚を受けた。
気を取り直し、今度は宿泊しているホテルのレセプションで、男性スタッフふたりにゴッジャの写真を差し出して聞いた。若い男性ホテルマンは「名前?知らない」と素っ気なかった。一方、年配の男性のほうは「ゴッジャを知らないなんて、おまえは勉強不足だぞ!」と勢い込み、初めてオリンピックに対して熱いイタリア国民に会えた。
「ゴッジャはベルガモ出身なんだ。ベルガモの女はめちゃくちゃ気が強いんだよ。やばいくらいな。だから勝負強い。今回もきっとメダルを獲るだろう」
年配ホテルマンは右腕でスキー滑走するようなジェスチャーをし、誇らしげに語った。ステレオタイプなジェンダー差別表現が混ざっている気がするが、彼の強い思いをそのまま伝えることにした。自身がベルガモ出身で、同郷人である彼女を応援しているという。
「へー。大会が始まったら注目してみるよ」
隣に立つ若いホテルマンはそう言って、肩をすくめた。
実際のところ、大会が始まらないとオリンピックへの関心度はわからない。筆者が取材したパリ五輪でも、大会前は反対派の騒ぎのほうが目立ち、市民の関心は低かったが、日を追うごとに高まり、最後は熱に浮かされたようになっていた。その"毒の強さ"こそがオリンピックとも言えるだろう。身命を擲(なげう)つ選手たちの一挙手一投足に対し、いつのまにか感情移入するのだ。
2月6日(現地時間)、開会式はカルチョの聖地と言えるスタジアム、サン・シーロ(インテルファンは「ジュゼッペ・メアッツァ」と呼び、ミランファンは「サン・シーロ」と呼ぶ。スタジアム名ひとつにもミラノの現実が浮かぶ)で行なわれる。すでに一部競技が先行してスタートしており、5日にはスノーボードの予選などが行なわれる。
大会後、ミラノの人々がオリンピックをどう受け止めているのか。その変化を感じるのが楽しみだ。
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