【画像(5枚)】愛犬のぴーすと大江千里さん
「若いときは若いってことが武器。でも今は、若さがないから工夫ができる」 。そう語るのは、NYを拠点にジャズピアニストとして活躍する大江千里さんです 。 新刊エッセイ『ブルックリンの子守唄』には、60代に入って直面した体の不調や、そこから断酒や食生活の改善、ウォーキングなど生活習慣をガラリと変えていく様子が綴られています 。 愛犬との別れや自身の老いと向き合いながら、どのようにポジティブに心と体を整えているのか 。大江さんが実践する「今の自分」を大切にする暮らしのヒントを教えていただきました。
■ニューヨーク生活の悲喜こもごもを綴るエッセイ新刊。出会いと別れを繰り返した、60歳からの濃密な5年間を1冊に
――亡き愛犬ぴーすとの思い出が詰まった本作は、最後の最後まで締めの文章を練るなどこだわり抜いて作られたそうですね。ビーチで撮影したぴーすとのツーショットを描いた表紙イラストは、note読者の皆さんの意見も参考にしながら作られました。
大江:本当にありがたいですよね。地球の反対側に住んでいても心が繋がって、そうやって皆が参加してくれたことで、読んでいるみんなと書いてる僕の距離がより縮まって、す~ごくあったかい本になったと思います。
――この5年の間には、医療機関で断酒のプログラムを受けてお酒をやめ、食生活もガラリと変えるなど、生活習慣を次々に見直す様子が綴られています。60歳という節目を経て老いの実感をどう受け止め、ポジティブに変換しているのでしょうか。
大江:久しぶりに仕事が超忙しくて、多忙な日々が明けてふと鏡を見ると、老いという一言では片付けられない、まるで機械が動かなくなっていくような、油をさしていない状態に近い感じがして、これは……このままでいいやっていう問題ではないなと思ったんですよね。この老いを不自然に止めることはしたくないし、白髪が増えていくのもナチュラルなままでいいと思っているけど、規則正しい生活や、生活習慣を変えることでいろんなものに弾力性が出るというのは、僕は未開の可能性がどんどん広がる分野だと思っていて。
若いときは若いってことが武器で、それは素晴らしいこと。でも今は、若さがないから工夫ができるし、日々正しいリズムとテンポでゆっくり時間をかけながら、自分に必要なものと無関係なものの取捨選択を自分ですることにしたんです。そんなときに森山良子さんが元気の秘訣として唯一やっているというストレッチをやってみようと思ったの。そして、ある人から教わった朝晩の「正座」も、最初は痛いのなんの! だったけど今は大好きに。正座をしたときにどこが痛むかで、自分の体の秘密がわかるようになりました。
――(笑)。2024年秋に帰国して受けた人間ドックでは、体の不調の原因が食物アレルギーによるものだということが判明し、食生活を大きく変えられました。それによって体調も良くなりましたか?
大江:まず、ベッドに入ってコトンと眠りに落ちたらドンって気を失ったように寝て、パッと目が覚めると小鳥の声がしています。夜、全く目が覚めなくなって、とにかく調子がいい。8時間たっぷり寝て起きたら、コーヒーを淹れて飲み、ストレッチとピアノの練習をして、それから歩きます。
――朝のウォーキングの目安はどのくらいですか?
大江:本当は5000歩ぐらいがいいんでしょうけど、僕は頑張ったら道は開くという昭和世代なもんですから、昨日もつい1万3000歩、歩いてしまい、股が割れそうになりました(笑)。昔、30代のときにジムでランニングマシーンでハードに走っていたら、ジムの人がそばに来て、「そんなトレーニングの仕方でこんなに負荷をかけていたら、将来、自分の足で歩けなくなりますよ」と言われたんです。当時は鼻でフンって笑ってましたけど、その言葉を思い出して、この先、自分が衰えていったときに大丈夫になるために、今生活習慣を変えていくことができないか、そして10やるところを6や4で止める賢さを持てないものかと思う。それって昭和の働いて働いて働いて、ツアーの初日にスタッフを集めて、「大江は血尿が出るまで走ります!」と言っていた(笑)自分にはとてもチャレンジングなことなんですけど、その効果も少~しずつ出てきています。
■ジャズに日本語をのせてーープロデューサーとしての新たな試みについて
――2024年12月には、大江さんのプロデュースで森山良子さんのジャズ・アルバム『Life Is Beautiful』がリリースされました。日本語の歌詞でジャズを歌うというアイデアは、ずっとお持ちだったのですか?
大江:はい。日本語と英語って、音楽でいう波形が全く違って、日本語は点と線、アメリカの言語はflow=波線なんです。そういう中で生まれているジャズに日本語をのせるって、もっともチャレンジングなことだけど、僕はやってやれないことはないし、だからこそ面白いテクスチャー(質感)のものが生まれるんじゃないかと思ってて。僕はそれを森山さんと作ると、新しい日本語のジャズが降臨してくるに違いないと思って、スタンダードを歌うだけじゃなく、〝森山良子スタンダードジャズ〟を作ることを一緒にできないかなというご相談をしたんです。
――レコーディングに至る1年の間に、森山さんは大江さんの薦めで3回ニューヨークにジャズ留学をされています。
大江:良子さんは感覚が非常にシャープで、吸収もとても早いかただから、ジャズの拍の刻み方とか、これはいい、でもこれは違う、みたいなジャズの感覚的なことは、ニューヨークで直に触れて学んだ方がいいんじゃないかなと思ったんです。良子さんがニューヨーク大学で僕も知っているローレン・キンハン先生のクラスで学ばれたときなんて、彼女以外全員が20歳という中に入っていき、でもジャズのスタンダードをバリバリに歌えちゃうから、もうみんなのアイドルになって、全員と電話番号を交換したらしい。終わって「どうでした?」って訊いたら、「わぁ~楽しかった!ファビュラス‼」みたいな(笑)。本当にパワフルで、それを追いかける僕の方が時間がかかったぐらいでした。
――プロデューサーとしては狙い通りのことができましたか?
大江:彼女はもっともっと深くて、僕はその数パーセントもまだ引き出せていないんじゃないかというジレンマもありました。「ライフ・イズ・ビューティフル」というコンセプトワードや歌詞も、全部森山さんとのレッスンや、セッションしているときの会話の中で拾って、翌日、ブルックリンの僕のうちに「おはよう」っていらしたときに、ちょっとこれどうですか?ってピアノを弾いて、「ライフ、イズ~」と口ずさむ感じでできていった。
それは僕が作ったんじゃなくて、森山さんからヒントを得た森山さんの会話の中にあるグルーヴを、僕が1つの形にしたというのが正しい。でも音楽ってそういう風にしてできるものなんですよね。
――パワフルな森山さんとのユニークなエピソードは本書の中にも溢れています。
大江:やっぱり人間ってこれだけの細胞でできていて、それが分裂を繰り返して成長していくわけで、老いもいわば成長でしょ? そういう風に捉えていくと、ほんとに成長し続けていいんだなって。で、成長を無心で見せつけられるこのインパクトよ!と思ったときに、よそ見をしている暇はないと思わされましたね。
■愛犬との別れ、その思いは違う形で繋がりを作っていく。今はそういうふうに思っています
――17年前に共に渡米した相棒で家族で娘だったダックスフントのぴーすを亡くしました。深い喪失感に襲われながらも、森山さんとのアルバム作りを通して前を向いていく様子もつぶさに描かれています。
大江:僕はブルックリンでけっこう孤独にサバイブしていて、良子さんと共同プロデューサーのジュンコさんと3人でいたとき、ある歌詞の話からだったか、「僕の唯一の取り柄はお金と名声だ」と言ったんです。するとジュンコさんが、「そんなふうに思ってたんですか。こんなに優しくて素敵な才能をいっぱい持ってるのに。ごめんなさい、NY風に今ハグさせてもらってもいいですか?」と、泣きながらハグしてくれたことがあって。
それから、ぴーすが死んで僕も生きる意味がなくなったと良子さんに伝えたとき、良子さんはみるみる目に涙をためて、「素晴らしい作品を作っても、喜びを分かち合えないなら作る意味なんてないのよ。あなたが存在するから作品が生まれて、そこにあなたがいないと、作ったものの意味が全くない」と断言されたんです。
そう言われたときに、もう自分の中の思考の全てが入れ替わるぐらい、ああ……自分はなんて無責任で失礼な、自己愛に満ちた態度をとったんだろう、と思いました。その会話があってから、3人の中で何かが深まり、僕は、生きる死ぬを語る時間より、無我夢中で作品の中で渾身の言葉を紡ぎ出し、良子さんから溢れるエネルギーとそれを受けたときの自分の中の衝動を曲のカケラにしていきました。
――ご本には、グリーフケアに定期的に通われたことなども書かれていますが、ペットとの別れやペットロスは、動物と暮らす多くの人が直面する問題でもあります。
大江:ぴーすは僕の中で、おそらく言葉以上で理解力を持っていた存在。ペットの死は、その関係性によっては、人との別れと同じかそれ以上に辛いと言っても過言ではないですよね。それだけに、ペットロスにつける薬、効く薬というのはなかなかないんです。
ペットロスからの回復には様々な形がありますが、新しい出会いが心の支えとなる方もいらっしゃいます。あるいは、犬に関わる仕事で、例えば里親になって育てて、次のかたに渡すということをデュアルワークでやっていくのもフューチャーセレクションの1つとしてあると思います。
だけど僕は、お一人様をあえて選んで、ひとり宇宙ステーション的な感じでものを書いたり、音楽を奏でたり、スキルアップをしていこうと思ってて。「お前が最後の相棒~」じゃないけど(笑)、摩天楼のマンハッタンでtogetherみたいな、演歌な2人がいてもいいんじゃないかと思うし、それを僕はアメリカの社会で還元し、犬への思いは違う形で繋がりを作っていく。セオリー的にはそういうふうに今は考えています。
■"3代目大江千里"としての未来について。ひたひたと燃える闘志を次の作品に灯したい
――目下、べースとドラムのミュージシャンと組んだSENRI OE TRIOのジャズライブと並行して、ソロピアノのニューイヤーコンサートツアー中です。
大江:ソロでは、ほこりをかぶっていたポップ時代の曲を勇敢にも出してきて、原曲を忠実に再現しながらジャズコードを用いて、多層的なイメージを融合させるということをやっています。ジャズミーツポップが1段階レベルアップした様式を楽しんでいただけると思いますね。で、TRIOのブルーノートの方は、ポップ時代に書いた「REAL」をクイーンみたいな不思議で典雅なロックジャズに、「向こうみずな瞳」はキューティーなテクノジャズにアレンジ。それから、「mohawked(モウホークド=モヒカン)」っていうタイトルで、オールドスクールなスウィンギンジャズを完全ブランニューで書いたので、それもお披露目します。
――素材をたくさんお持ちだから、いろんな実験ができますね。
大江:僕はホントにラッキーで、ジャンルが違う世界を両方奏でるという稀有なことができていて。しかも、それを受け取ったお客さんの驚いた顔や、意外に嬉しそうな様子を直に見られるというなかなかすごいところにいます。そこで見えている景色をさらなるエナジーにして、また次の作品を作る。
ポップの頃は1代目大江千里、ジャズは2代目大江千里で、今、いろんなものがマージ(融合)した3代目ぐらいになりつつあります。でも歌舞伎と違うのは、1代目も2代目も3代目も同じ中身だというからくりがあるところで(笑)。いろんなものが今、紐解き、答え合わせの時期にもなってきている感じがします。
――最後に、この先のご自身への期待も含めて、今年の抱負をお聞かせください。
大江:僕は今、全ての生活を自分で構築し、足し算引き算して、何か新しいアートのジャンルを作って発信していこうと思い始めてて、その中心にジャズというものがキーワードとしてあります。ジャンルをまたいで、過去作も注意深く落ち葉拾いしたりと、さまざまな作り方を試しながらそれをやっていくというのがひとつ。
それと、僕はもうホントに頑張っちゃうタイプなんで、腹八分目で食欲は抑え、毎日の歩きも1万歩を超えないように気を付けるっていう、ほどほどで止める賢さを持つというのが今年のテーマ。それを密かな武器として握りしめながら、ひたひたと燃え続ける闘志を次の作品に灯して、アルバムという形できちんと勝負したいなと思っています。
インタビュー・文=浜野雪江/撮影=中村 功
【プロフィール】
大江千里
1960年9月6日生まれ。1983年、関西学院大学在学中にシンガーソングライターとしてデビュー。「格好悪いふられ方」「Rain」「夏の決心」など多数のヒット曲を生み、2007年までに45枚のシングルと18枚のアルバムを発表。NHK「トップランナー」MCや俳優としても活躍。2008年に愛犬とともに渡米し、ニューヨークの The New School でジャズを学ぶ。2012年卒業後、自らCEOを務める PND RECORDS からジャズアルバム『Boys Mature Slow』をリリース、本格的にジャズピアニストとして活動開始。以降、『Spooky Hotel』『Collective Scribble』『Answer July』『Boys&Girls』『Hmmm』『Letter to N.Y.』『Class of ‘88』と7枚のオリジナルジャズアルバムを発表。2024年には森山良子の日本語ジャズアルバム『Life Is Beautiful』をプロデュース。Sony Masterworks と契約し、日本や全米でのライブのほか、南米、ヨーロッパ、香港にも活躍の場を広げる。著書も多く、本作はアメリカに渡ってから5冊目の本になる。現在ブルックリン在住、音楽の新しい届け方に挑戦し続けている。
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