中国民間信仰の奥深さを語る著者の大谷亨氏
中国では毛沢東による文化大革命以降、政府が認めない宗教を信仰することは禁止され、民間信仰は廃れていったと考えられてきた。しかし、同一会社が運営する〝中国版TikTok〟であるDouyin(ドウイン。以下、TikTok)に投稿されたローカル中国発のショート動画を見ると、そんな教科書的な説明は当てにならないことがわかるという。
『中国TikTok民俗学スマホからはじまる珍神探訪』で、中国の知られざる〝宗教大国〟としての側面を描き出した大谷亨(とおる)氏に話を聞いた。
※※※
――本書では、両手を地面につけ両足を天に向けた狩猟の神様「逆立ち張五郎」など、日本ではほとんど知られていない珍しい神様が多く登場します。TikTokで得られた情報を基に中国の各地に赴いて、珍神を信仰する人たちを取材するというアイデアはどこから?
大谷
大学院生の頃、中国に留学しながら民俗学のフィールドワークをしていたのですが、コロナ禍のせいで強制帰国する羽目になりました。ちょうど暇な時間ができたそのタイミングで、留学仲間から「TikTokはヤバイ!民俗学やってるなら絶対に見るべき!」と熱く語られ、ふとのぞいてみたんです。
実は私も最初はあまり興味がなくて、そんなもの研究に使えるわけないだろうと思っていたのですが、実際に見ると珍しい民間信仰を映した動画が無尽蔵に出てきて、腰を抜かしました。
中国では電子決済システムの普及で田舎の老人もスマホを持っていて、かつプライバシー観念が希薄なことから、皆が気軽にTikTokに日常を映した動画を投稿します。その結果、津々浦々に根づく、地元民以外は知らないローカル文化の数々をのぞき見することができるんです。
以来、面白い動画を見つけるたびにXで紹介していると、プロの民俗学者の方たちにも興味を持ってもらえました。その頃からTikTokを手がかりにしてフィールドワークをすれば、今までになかったような調査ができるんじゃないかと思っていて、晴れてコロナが落ち着いた後、中国で働きながら調査を重ねて書いたのが今回の本です。
私は真面目な学者が相手にしないヘンテコな神様が特に好きで、今回もその方針で調査対象を選別しました。ばかにされている対象こそ語りがいがあるというのは、本書を読んでいただければ納得してもらえるはず。
――民俗学にはいつ頃から興味があったのですか?
大谷
私は母が中国人なのですが、日本で生まれ育ったせいで中国語が長らく話せませんでした。それではいけないと思い、大学で中国語の勉強を開始。語学と同時に、中国文学や東洋史の勉強もしましたが、実は民俗学の専門教育は受けたことがありません。
ただその後、私のライフワークである「政治や経済のニュースからは見えない、ごく普通の中国人の〝ゆるふわ〟な文化を研究し伝えること」にピッタリなテーマとして「無常」という名の死神に出会い、研究に着手。
無常は民間信仰の神様なので、自然と興味や関心も民俗学に引っ張られました。私は研究分野でものを考えるより、研究したいテーマや対象がまずあって、そのためにはどういう勉強や調査が必要かという順番で常に考えています。
――本書に登場する「セクシー九尾狐(きゅうびこ)」は人間の姿をした九尾狐が水着を着て谷間も見せたりする、中国的にはかなり卑猥な神様だと言えますが、若者を中心に「モテ」効果があるとして信仰を集めているそうですね。
これは中国で忌避されてきた九尾狐が近年になってタイで神様へと変貌を遂げ、逆輸入されたという仮説にたどり着いたとのことですが、同じように外国文化の影響を受けて誕生した神様はほかにも多くいるのでしょうか?
大谷
本書で取り上げた「大黒天の逆輸入」という現象もまさにそれですよね。日本独自のあの福々しい姿の和式大黒天がなぜか今中国で流行している。九尾狐にせよ大黒天にせよ、それらは氷山の一角で、ほかにも探せばたくさんいるはずです。
中国は国単位で考えると他国のものを軽々しく受け入れないというイメージがあるかもしれませんが、実際にはさまざまな文化が国境を盛んに往来しています。
現に本書が発売された直後に、「先生、変な本出したでしょ」と学生に指摘され、なぜ知っているのか尋ねると、「RED(レッド。中国のSNS)でバズってますよ」と言われ冷や汗をかきました。情報規制なんてあってないようなものなんです。
ことほどさように中国というのは、〝本音と建前〟がある国で、例えば「シャーマニズム禁止」と言いながら、実際にはそこら中で憑依儀礼が行なわれているという話なんかも本書に書いたとおりです。
公式の見解と実際の生活に乖離があるというのは、中国を理解する上で大事なポイントだと思います。
――フィールドワークを実際にする際、どのようなことに気をつけていましたか?
大谷
特別これをしていたというのはなく、人との関わりの中で当たり前のことをするよう心がけていました。
ただ中国には方言があるので、言葉が通じないときには筆談を使ってやりとりしたり、普通話(標準語)が話せる現地のタクシー運転手に多めにお金を払って一日貸し切らせてもらい、通訳の代わりをお願いするといった工夫をしていました。
安全面でいうと、今の中国にはそこら中に監視カメラがあるので治安は良く、さほど警戒せずにいろんな所に行けます。むしろ平和すぎて、「もっとトラブル起きろよ!これじゃあ面白い原稿にならないよ!」と思うことさえあります(笑)。
――本書をどのような人に読んでほしいですか?
大谷
専門家の方ももちろんですが、やはり一番は中国のことをあまり知らない一般の読者の方に手に取ってもらい、「思っていた国と全然違うじゃん」とびっくりしてもらいたいですね。
また、教科書のように体系的には書いていないですが、「フィールドワークってこういうノリで行けばいいんだ」と思ってもらえればいいなと思っています。
中国に駐在している日本人の方たちが、休日に自分の身の回りの地域を調べるだけでも良い研究ができるくらい中国は宝の山なので、そういう意味でも読む人に刺激を与えられたらいいですね。
■大谷 亨(おおたに・とおる)
1989年生まれ、北海道出身。民俗学者。2012年、中央大学文学部卒業。22年、東北大学大学院国際文化研究科修了。博士(学術)。現在、中国・厦門大学外文学院助理教授、無常党副書記。専攻は中国民俗学。著書に『中国の死神』(青弓社、23年)がある。「無常くん」の名前で「TikTok民俗学」を提唱してSNSでも精力的に発信を行ない、Xのフォロワーは1万5000人(26年1月時点)。本作が初の新書判での刊行本となる
■『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』
NHK出版新書 1485円(税込)
中国では当局による文化規制が強く、儒教・仏教・道教の三大メジャー宗教に属さない民間信仰はあまり行なわれていないと思われてきた。しかし、TikTokを駆使して中国各地でフィールドワークを行なうと、そこには世にも珍しい神々をおのおのの方法で信仰する人たちがたくさんいるではないか......!ネットの情報から仮説を立て、現地での取材を経て民間信仰の起源や実態に迫るまったく新しいルポルタージュ。写真は全点カラーの豪華版だ
『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』NHK出版新書 1485円(税込)
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