「太陽を盗んだ男」「青春の殺人者」で知られる長谷川和彦監督が、1月31日に死去した。80歳だった。
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【フォトギャラリー】ソフト発売イベントで、デビュー作「青春の殺人者」を語った長谷川和彦監督
1946年1月5日、広島で生まれた長谷川監督は、1968年に東京大学文学部を中退し今村昌平監督の今村プロに入社。同監督の「神々の深き欲望」(68)の製作進行としてキャリアをスタートさせた。72年~75年は日活撮影所の契約助監督として、田中登、藤田敏八、西村昭五郎らの下で研鑽を積み、「濡れた荒野を走れ」(73)「青春の蹉跌」(74)などでは脚本も務めた。
水谷豊を主演に迎え、中上健次氏の小説「蛇淫」を元に、衝動的に両親を殺害した青年・順(水谷)の姿を通して、親が子に向けるゆがんだ愛や若者の心の葛藤を描いた「青春の殺人者」(76)で監督デビューを飾ると、その年のキネマ旬報ベスト・テン第1位を獲得。
監督第2作であり、結果的に遺作となってしまった「太陽を盗んだ男」(79)は、沢田研二主演、菅原文太共演で、冴えない中学校の教師が原子力発電所に侵入しプルトニウムを強奪、自分のアパートで原爆を製造し、警察や政府に戦いを挑む姿を描いた。皇居や国会でのゲリラ撮影、幻のローリングストーンズ公演などを映したアクション・スリラーで、1作目とは変わってエンタテインメントを極め、広島で生まれ、胎内被爆した監督自身の体験も色濃く投影。今なお根強い人気を誇る一作となっている。
82年には、相米慎二、根岸吉太郎、高橋伴明、井筒和幸、池田敏春、大森一樹、石井聰亙、黒沢清に声をかけ、監督たちが主導する企画・製作会社「ディレクターズ・カンパニー」を設立。「台風クラブ」「逆噴射家族」といった意欲的な作品を生み出したが、興行成績は振るわず、1992年に活動を終了している。
長谷川監督は、その容貌と豪快なキャラクターから“ゴジ”の愛称で親しまれたが、SNSにはその死を惜しむ声があふれている。
【作品情報】
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太陽を盗んだ男
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