移動に欠かせない交通手段のひとつである電車。しかし、通勤や通学の時間帯は混雑するため、殺伐とした雰囲気がある。車内では譲り合いの精神を持って、お互い気持ちよく過ごしたいものだ。
今回は、電車内での数分の出来事が、今も心に引っかかっているという2人のエピソードを紹介する。
荷物で塞がれた座席の違和感
佐藤真知子さん(仮名・30代)は仕事帰り、満員電車に乗っていた。帰宅ラッシュの時間帯で、車内は張り詰めるような空気だったという。
「その中で、一部の座席だけ“結界”みたいに見えたんです」
斜め前の座席には、明らかに某夢の国の帰りと思われる女性が座っていた。首元には、有名なキャラクターを思わせる耳あてのようなものがかかっている。
問題は、女性の左隣だった。夢の国のお土産がぎっしり詰まったショップ袋が置かれ、1人分の座席を占領していたのだ。
「荷物が“人”みたいに座っていました。周りも気づいているのに、誰も何も言えませんでした」
女性は周囲の視線を気にする様子もなく、スマートフォンを操作していた。電車が駅に停車するたびに、スマートフォンをもったまま隣の荷物にもたれかかり目を閉じるという行動を繰り返していたそうだ。
「どう見ても、寝たフリでした」
発車してしばらくすると、軽く伸びをして再びスマートフォンを触りはじめる。その一連の動作が、数駅にわたって行われていたという。
数秒の空白に起きた攻防
やがて、女性の反対側にあたる右側の席が空いた。そこへ、仕事帰りと思われる中年男性が向かった。
「その男性は立っているのもしんどそうでしたね。“今日一日終わった”って感じでした」
男性は座るなり眠りに落ち、首が振り子のように前後に揺れはじめたそうだ。
「現実に疲れきった会社員と、夢の国帰りの若者……。その距離が、徐々に縮まっていく様子を見ていました」
すると、ついに男性の頭が女性の肩に触れたという。
「一瞬、女性の眉間がピクッと動いたのが見えました」
数回の接触のあと、女性は荷物を持ち上げた。自分と荷物の位置を入れ替えようとしたのだろうと、佐藤さんは思ったようだ。そして、ほんのコンマ数秒の出来事だった……。
「座席に生まれたわずかな空間に、近くの吊り革につかまっていた中年女性が滑り込んだんです。吸い込まれるような動きでした」
若い女性は、ショップ袋を抱えたまま中腰で固まり、結局“不服そうに”2人の間へ座り直したそうだ。
「さっきまで座席を占領していた荷物が、今度は女性の膝を圧迫している光景に、ちょっとだけスッキリしました」
優先席をフルに使う朝帰りの男性
田中彩佳さん(仮名・20代)が“その光景”を目にしたのは、平日の午前10時ごろだった。ラッシュのピークは過ぎていたが、車内にはまだ多くの乗客がいたという。
「車内は落ち着いているのに、端っこだけ空気が違ったんです」
優先席付近には、20代と思われる金髪の若者が、3人がけの座席をフルに使い横たわっていたのだ。派手なスウェット姿でイヤホンを耳に差し込み、大きな口を開けて眠っていた。
朝の時間帯には不釣り合いな、“ツン”とした酒のニオイが漂っていたようだ。
「朝まで飲んで、そのまま電車に乗っているんだろうなって思いました」
男性は靴を履いたまま座席に足を投げ出し、シートには汚れが残っていた。隣には、今にも倒れそうな飲みかけの缶が置かれていたそうだ。
「周りの乗客が気づいていないはずはありませんでした。でも、誰ひとり声をかけることはなかったんです」
高齢男性はポールをつかんで立ち尽くしていた…
しばらくして、腰の曲がった高齢男性がゆっくりと車内に入ってきた。そして優先席を目指したが、そこには若者が眠り続けている。
「男性は何度も、若者と席を見比べていました」
男性は声をかけることができず、近くのポールをつかんで立ち尽くした。
「見ているだけで、胸の奥がざわざわしました。若者は周囲の気配に気づくことなく眠り続けていたんです」
主要駅に到着すると、金髪の男性は何事もなかったかのように起き上がり、高齢男性に視線を向けることもなく電車を降りたという。
ようやく席に座った高齢男性の姿は、今も田中さんの記憶に残り続けている。
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。
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