1月23日(金) 5:20
新NISAの成長投資枠を生かそうと、まとまった資金を一括投資する人は少なくありません。仮に300万円をS&P500連動の投資信託に投資したとします。しかし、市場は一直線には動かず、経済指標の悪化や為替変動が重なれば、短期間で20%程度下落することは珍しくありません。
マイナス20%の暴落なら、300万円が240万円になり、損失額はマイナス60万円です。数字上では「マイナス20%」ですが、「60万円」という金額を突きつけられたとき、人は冷静さを保(たも)てるでしょうか。
「このままでは資産が半分になるかもしれない」「取り返しがつかなくなる前に逃げたい」そうした衝動に駆られ、損失を確定させる売却ボタンを押してしまうのが株価の暴落時に多くの人が陥る典型的な行動パターンです。
冷静に考えれば、「売らなければ損は確定しない。数年待てば回復する可能性がある」と判断できるでしょう。しかし、実際に資産が目減りしていく渦中で、その理屈を実践するのは簡単ではありません。
これには、行動経済学における「プロスペクト理論」が深く関わっています。プロスペクト理論とは、人間は「利益を得る喜び」よりも「損失を被る苦痛」のほうを強く感じやすいという考え方です。
提唱者であるカーネマンらの研究(Advances in Prospect Theory, 1992)によると、勝つ確率と負ける確率が五分五分の賭けにおいて、人は「利益」が「損失」の2倍以上見込めない限りリスクを負おうとしないことが明らかになりました。この結果から、損失の苦痛は利益の喜びの約2.25倍強く感じられると推定されています。
「これ以上、傷口を広げたくない」「ゼロになる恐怖から逃れたい」この防衛本能が働くと、論理的な思考が停止し、「今すぐ売って楽になりたい」という逃避行動が優先されます。これは人間の生存本能に根ざした反応であり、意思の力だけであらがうのは容易ではありません。
暴落時に狼狽(ろうばい)売りをしてしまう原因は、個人のメンタルの弱さだけではありません。根本的な問題は、「生活防衛資金」を確保せずに投資をしている点です。
もし、投資に回した300万円が「貯金の全額」だったとしたらどうでしょうか。銀行口座には日々の生活費しか残っていない状態ということです。
このような手元に現金がない状態で株価が暴落すると、「今、急な出費があったら対応できない」「病気や失業に直面したら生活が破綻する」という現実的な生存不安が直撃します。
ここで重要なのが「生活防衛資金」の確保です。これは、病気や失業、家電の故障や冠婚葬祭など急な出費に備え、投資に回さず、いつでも引き出せる現金として確保しておくべきお金のことです。
「生活防衛資金」は、一般的に会社員なら生活費の3ヶ月~6ヶ月分が必要とされます。
・月の生活費が25万円の場合:75万円~150万円
・月の生活費が30万円の場合:90万円~180万円
300万円の資金がある場合、そのうちの150万円程度を銀行に残し、残りの150万円を「余剰資金」として投資に回すと言う考えがあります。そうすれば、たとえ投資分が暴落しても、「生活の基盤は揺るがない」という安心感につながり、心理的に余裕ができるでしょう。
暴落時に売却すれば、損失は確定しますが、精神的には楽になるかもしれません。しかし、それは「老後資金を作る」という本来の目的の放棄を意味します。もし現在、含み損を抱えて不安を感じているなら、まず自身の足元を確認してください。
・今の投資額は、仮にゼロになっても今の生活が変わらない金額か
・銀行口座には、半年間無収入でも暮らせるだけの現金があるか
答えが「NO」なら、それは生活に必要な防衛資金まで投資に回してしまっている危険信号かもしれません。生活費が脅かされる状態では、冷静な判断ができず、株価が下がるたびにパニックになってしまいがちです。
その場合は、相場が少し落ち着いたタイミングで、投資している金額の一部を売却し、手元の現金を増やす調整(リバランス)を行ってください。
投資は20年、30年と続くマラソンといえるでしょう。途中で退場してしまっては、元も子もありません。市場に残り続けるには、「価格の回復を待っている間も今の生活が守られている」という盤石な資金管理が重要です。
Tversky, A. and Kahneman, D.(1992) Advances in prospect theory:Cumulative representation of uncertainty
執筆者 : 南波喜憲
2級ファイナンシャルプランナー技能士
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