大阪市中心部にある土地と建物の不動産登記が、所有者になりすまされて書き換えられていた。大阪府警は、不動産の名義を不正に変更したとして、司法書士の男性ら2人を電磁的公正証書原本不実記録・同供用などの疑いで逮捕。捜査関係者によると、書き換えられていたのは大阪メトロ中津駅近くの約800平方メートルの土地と建物で、売却価格は4億~5億円に上る可能性があったという。
容疑者らは、偽造した運転免許証を使って所有者になりすまし、司法書士が代理人として登記申請を行った疑いが持たれている。登記簿が変更された後、この不動産は実際に売りに出され、複数の購入希望者が現れていたとされる。もし売買が成立していれば、被害はさらに拡大していた可能性が高い。
この事件が波紋を広げている理由は、「地面師」と呼ばれる詐欺グループの関与が疑われている点だけではない。不動産取引において、本人確認や権利関係のチェックを担うはずの司法書士が関与していたことが、取引の"最後の砦"が突破された形となったからだ。
その構図は、ドラマ『地面師たち』で描かれた手口と驚くほど重なる。なりすまし、偽造身分証、専門家の関与――フィクションだと思われていた手口が、現実の不動産市場でも通用してしまったのだ。
では、なぜこのような詐欺は防げなかったのか。司法書士は本来どこまで確認義務を負う立場なのか。こうした地面師被害は、一部の一等地や巨額物件に限られる話なのか、それとも一般的な住宅や相続予定の家でも起こり得るのか。
不動産取引の安全神話が揺らぐ今回の事件について、法的な視点から見ていきたい。
なぜ地面師詐欺は「ハイリスク・ハイリターン」なのか
「不動産取引では、単なる口約束では権利が動きません。所有権を移転させるためには、権利証(登記識別情報)や印鑑証明書、実印といった、法的に有効な書類をそろえた上での『同時履行』が商慣習として求められます」
そう語るのはアディーレ法律事務所の南澤毅吾弁護士だ。
他の投資詐欺であれば、口約束や虚偽の説明だけで資金を集めることも可能だが、不動産取引ではそれが通用しない。それだけに、この「同時履行」、つまり不動産決裁(代金決済)が非常に重要な意義を持つという。
「ドラマ『地面師たち』で象徴的に描かれた『もうええでしょう』という場面も、まさしくこの巨額のお金・権利が動く瞬間でした」
不動産詐欺は事前準備が極めて入念で、司法書士のような専門家の協力も必要となることから、犯罪としてのハードルは高い。にもかかわらず地面師詐欺が後を絶たない理由について、南澤弁護士はこう説明する。
「不動産取引は短期間で取引が完結する反面、一度成功すれば動く金額が非常に大きく、犯罪者側にとってハイリスク・ハイリターンになりやすいことにあると考えられます」
今回の事件とドラマの手口はどう違うのか
いわゆる「地面師」とは、赤の他人が所有する不動産について、本人になりすまして所有権を移転させる詐欺を行う者を指す。この点において、今回の事件は典型的な地面師事件と言えるだろう。
しかし、ドラマのモデルとされる積水ハウス地面師事件(五反田事件)と比べると、今回の事件には特徴的な相違点もあるという。
「最大の違いは、司法書士がより主体的に関与していた点です。積水ハウス事件では、あくまで『個人所有者へのなりすまし』であり、極論すれば、取引現場にいる人物が本人ではないと見破られれば、騙されることはありませんでした。また、取引後の登記申請も結果的に拒絶されています。しかし今回は、虚偽の委任状が作成され、取引現場の機会を作らずに、登記が移転されています。法務局をも欺いたという点が積水ハウス事件との違いであり、強奪とすらいえる荒業です」
このように、ドラマのような取引を行うことなく、司法書士によって虚偽の登記移転が行われたという側面がある。
なぜ偽造免許証で登記が書き換えられてしまうのか
「率直に言えば、現行の登記申請制度では、完全に見抜くことは困難です。登記手続を行う法務局には形式的審査権しか認められておらず、形式上整った書類が提出されてしまえば、登記は書き換えられてしまうからです」
今回の場合、起点と考えられるのは逮捕された司法書士による「住民票の取得」だという。
「司法書士は、『職務上請求』という制度によって住民票を取得することができますが、これによって取得された住民票を悪用して本来の不動産所有者の住民票を取得し、そこから免許証の偽造に繋げ、偽造された免許証を元に印鑑証明を乗っ取り、登記の偽装に繋げる、という手順が取られたのではないでしょうか」
一度でも真正とおぼしき書類があれば、そこからドミノ倒しのように偽りの手続が連鎖してしまうのだ。
この根本要因として南澤弁護士は、法務局に形式的な審査権しかない点に加えて、「いわゆる『役所仕事』という言葉のイメージ通り、各手続段階が流れ作業のようにアナログに処理されてしまう、日本の行政の限界もあると考えられます」と指摘する。
司法書士は「グル」か「被害者」か
司法書士は、不動産登記申請にあたり、「依頼者本人であることの確認」「提出書類の真正性の確認」「登記の適法性の確保」といった注意義務を負っている。
「『なりすまし』があった場合でも、司法書士の立場では、『騙された』という言い訳は成立しません」と南澤弁護士が断言するとおり、もし「地面師」のなりすましを見抜けなかった場合、民事上の損害賠償責任や懲戒処分の対象となり得るという。南澤弁護士によれば、判例上も、本人確認を形式的に済ませた結果、詐欺被害が発生した場合、司法書士の注意義務違反を認め、高額の損害賠償責任を負わせた例があるそうだ。
今回の事件では、さらに重大な問題もある。
「今回に関しては、本人確認という点以上に、司法書士の職務上請求によって取得された住民票をもとに免許証が偽造されたと考えられます。この『職務上請求』は、司法書士や弁護士などの有資格者しか行えない権限で、法的手続のために住民票取得ができる制度です。
もし有資格者にのみ認められた制度が犯罪に悪用されたのであれば、司法書士の信頼性を損なう言語道断の悪行といっても過言ではありません」
今回逮捕された司法書士は「自分も被害者である」「地面師であればとっくに捕まっている」などとメディアの取材に応じていたようだが、南澤弁護士は「被害者であるどころか、犯罪の中核を担っていたという評価をされる可能性もあると思われます」と指摘する。
もし第三者が購入していたら…買主はどうなる?
もしこの不正登記された不動産が実際に第三者に売却されていた場合、購入者はどうなるのだろうか。
「まず、不動産に関しては、結論として、不動産を取得することは困難です。日本の法律上、たとえ登記簿上に名前があったとしても、それが偽装された無効な登記であれば、不動産を買っても自分のものにはできません」
そのため、代金を払ってしまった被害者は、「地面師」たちにお金を返してもらうよう、弁償を求めるしかない。しかし、現実はさらに厳しい。
「組織的な犯罪の場合、『地面師』たちはマネーロンダリング・海外送金等によって代金の行方をくらましてしまっていることがほとんどでしょう。特に今回、その場で現金の受け渡しによって決済されたということで、犯人らの口座を追跡し差し押さえることも不可能です」
地面師被害はどんな物件でも起こり得るのか
地面師が狙う物件には、「成功しやすいか」「見返りが大きいか」という2つの視点があるという。
「成功しやすい物件としては、『長期間放置された空き家・空き地』『管理が行き届いていない物件』『所有者が個人、高齢、遠方在住のケース』などが典型です。これらの場合、物件の実態を把握している関係者が少なく、取引過程で違和感を察知されにくいためです」
今回の事件でも、物件は高齢女性が所有している、活用されずに放置されていた空き物件だった。また、詐欺としてリターンが伴うかという点も地面師たちの関心であり、「本件では、大阪ミナミの地価が上昇していたという背景が犯行を後押ししたと考えられます」と南澤弁護士は分析する。
今後の懸念事項として、南澤弁護士は次のように警鐘を鳴らす。
「近年、特に都心部でのタワーマンション価格が高騰し、外国人を含めた遠方の所有者が投資目的で購入・取引するケースは増えています。ここに地面師が介入する可能性もあるのではないか、と感じます」
不動産取引におけるデューデリジェンス(適正評価)の重要性が、今後ますます高まりそうだが、いずれにしろ、ドラマの話だと思っていた地面師詐欺は、現実のすぐ隣にあるということは確かなようだ。<取材・文/日刊SPA!取材班監修/アディーレ法律事務所久木克則 司法書士>
アディーレ法律事務所南澤毅吾 弁護士「パチスロで学費を稼ぎ、弁護士になった男」という異色の経歴を持つ。司法修習時代は、精神医療センターにて、ギャンブルを含む依存症問題について研修を受けた経験があり、一般市民の悩みに寄り添った、庶民派の弁護士を志す。アディーレ法律事務所・北千住支店長として対応した法律相談数は、累計数千件に及び、多様な一般民事分野の処理経験を経て、現在は交通事故部門の責任者となる。
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