三島由紀夫の本質の最も近くまで迫った出色の一冊

三島由紀夫の本質の最も近くまで迫った出色の一冊

三島由紀夫の本質の最も近くまで迫った出色の一冊

1月22日(木) 22:00

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三島由紀夫を見つめて 『三島由紀夫を見つめて』(ホーム社)著者:四方田 犬彦 Amazon | honto | その他の書店

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市ケ谷の自衛隊駐屯地で四十五歳の三島由紀夫が自刃してから五十五年。つまり二〇二五年は生誕百年に当たるわけで、三島関連の出版物も各種刊行された。

四方田犬彦『三島由紀夫を見つめて』(発行:ホーム社発売:集英社三二〇〇円+税)は著者が書き溜めた三島関係の批評やエッセイを一巻にまとめたものだが、三島関連本の中ではその本質の最も近くまで迫った出色の一冊。なかでも三島由紀夫に直接呼びかけるという形式をとった「三島由紀夫が死んだ日」というエッセイがおもしろい。

一九七〇年十一月二十五日、高校生だった著者は駒場の「KEN」でクラスメートと談笑していた。

“その日の午後も店内ではビートルズが流れていましたが、あるときそれが突然に遮られ、FM放送に切り替えられました。作家三島由紀夫が自衛隊駐屯基地に乱入し、割腹自殺を遂げたというニュースが、突然に流れました。その瞬間に、十人ほどいた他の客たちがいっせいに外へ飛び出して行きました。(中略)何が生じるのかはまったく見当はつかないが、とにかく居ても立ってもいられない気持ちに駆られて外に出てしまったというのが、実際のところでした。”

この感じはよくわかる。私は東大本郷で清水徹講師の『若きパルク』の講義を受けていて、授業の最後に清水氏から三島の割腹自殺を告げられ、あわてて教室を飛び出し、生協にテレビを見に出掛けた記憶があるからだ。

“このとき実現されたのは、もっとも理想的な形での死の演劇でした。死そのものが主人公として君臨し、一瞬ではあるが、東京全体をネクロポリス(死の街)へと変えてしまったのです。”

思うにネクロポリスの君臨は一瞬のように見えて、その実かなり永続的だった。なぜなら、三島由紀夫の死を境に昭和という「天皇の年号」は意味をもたなくなり、代わって一九七〇年代、八〇年代という西暦が支配する時代となってしまったからだ。

“三島さん、裕仁はあなたよりも十八年と二ヶ月ほど生き延びて、一九八九年に身罷りました。彼が支配していた昭和という時代は、六十四年目をもって終了しました。けれどもすでにそれ以前から、誰もがもはや(公文書ででもないかぎり)昭和という年号など存在していなくなったかのように振舞っていました。(中略)わたしは、こうした年号の喚起力の衰退の原因のひとつは、三島さん、あなたの割腹自殺にあったのではないかと睨んでいます。あなたは生命を賭けることで、裕仁の時間支配に修復しようのない楔を打ち込もうとしたのではないでしょうか。”

まさにその通りである。三島由紀夫の死は、少なくともこれに同時代的に立ち会った日本人にとっては、三島割腹以前(B.M.)と割腹以後(A.M.)と感じられるようになったのだ。

“死の御降臨。死の分節。あなたによって考案された禍々しい暦が、日本の時間秩序を攪乱し、神聖なる時間の起源を禍々しい紛い物へと摩り替えてしまうことを可能にしたのだと、わたしは考えています。”

ところで三島由紀夫の死をこのようなものとして受け止めたとするなら、遺作 『豊饒の海』 もその方向で読まなければならないことになる。
著者によれば、『豊饒の海』全体の転換点は、 『金閣寺』 の結末と対比される第二部 『奔馬』 のそれにあるという。

“ここには、三島の死生観における、一九五〇年代から六〇年代への転換が、あきらかに見受けられる。その内面において最初は微かな萌芽であった死への衝動が、あたかも何か不吉な特異細胞ででもあるかのようにしだいに増殖し、内面の襞という襞を侵食し、ついには皮膜を破って外部へと噴出しようとしている。”

その死への衝動が支配的になったのは 『天人五衰』 である。『天人五衰』のキーワードは表題にあらわれているように「衰退・衰亡」であるが、『天人五衰』はたんに衰退・衰亡を描いた作品ではない。エクリチュールそのものが衰退・衰亡として意図されている作品なのだ。

“『天人五衰』は贋の転生者を描いた小説ではなく、それ自体が衰弱した贋物であるように構想された小説なのだ。そこで五衰を遂げようとしているのは、小説を書くという、エクリチュールの行為そのものである。”

だが、結論の最後で著者は一発逆転を試みる。大芸術家には、衰退そのものを作品とする権利があると。

“優れた芸術家、誠実な芸術家は(中略)生涯の最後において、みずからの作品に衰亡を体験させることが許されているのだと主張したい。もし映画の世界に三島に匹敵する存在を探すならば、それは先行する『生の三部作』に〈棄教〉abiuraを宣言し、『サロ』(邦題は『ソドムの市』)と呼ばれる、不吉で謎めいたフィルムを遺した、ピエル・パオロ・パゾリーニではないかと考えている。”

本書の後半を占める「哲学小説『三島由紀夫、パゾリーニに逢う』」は、極めて類似した人生の軌跡を描いた二人の総合芸術家が七日間にわたって架空の対話を交わし、互いに共鳴・批判しあうコントである。会話には二人の全集のテクストが使用されている。三島由紀夫とパゾリーニの全集を両方読破した著者のみに可能な批評的な達成である。

◆【イベント情報】四方田犬彦 × 鹿島茂『三島由紀夫を見つめて』(ホーム社)を読む
【日時】2026/01/23 (金) 19:00 -20:30
【会場】PASSAGE SOLIDA(神保町)
東京都千代田区神田神保町1-9-20 SHONENGAHO-2ビル 2F
※1Fよりお入りいただき、階段で2階にお上がりください
https://passage.allreviews.jp/#access_solida

【参加費】現地参加:1,650円(税込) 、オンライン視聴:1,650円(税込)(アーカイブ視聴可)
※ALL REVIEWS 友の会 特典対談番組
※ALL REVIEWS 友の会(第5期:月額1,800円) 会員はオンライン配信、アーカイブ視聴ともに無料

https://allreviews.jp/news/7618

【書き手】
鹿島 茂
フランス文学者。元明治大学教授。専門は19世紀フランス文学。1949年、横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。元明治大学国際日本学部教授。『職業別パリ風俗』で読売文学賞評論・伝記賞を受賞するなど数多くの受賞歴がある。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。新刊に『日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三』(中央公論新社)、『フランス史』(講談社)などがある。Twitter:@_kashimashigeru

【初出メディア】
週刊文春 2026年1月15日号

【書誌情報】
三島由紀夫を見つめて 著者:四方田 犬彦
出版社:ホーム社
装丁:単行本(496ページ)
発売日:2025-10-24
ISBN-10:4834254100
ISBN-13:978-4834254105 三島由紀夫を見つめて / 四方田 犬彦
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