アイドルグループ「道玄坂69」で活動する天宮みすずさんは、セクシー女優でも風俗嬢でもない「エロインフルエンサー」という独自のポジションに立っている。裸になることは選ばず、それでもエロを武器に発信を続けてきた理由とは何なのか。なぜ彼女は、一般職とエッチな仕事を行き来しながら生きてきたのか。
複雑な家庭環境、様々な職種に就いてきた社会生活、アイドルとしての表舞台、そして労働裁判という経験。
数々の選択の積み重ねの中で形作られてきた、彼女なりの現実的な価値観が、本人の言葉を通して、その輪郭がひとつずつ明らかになっていった。
風俗嬢でもセクシー女優でもない“特別枠”
――ヌードの仕事やセクシー女優の仕事もしていない天宮さんは、現在、どのような活動をしているんですか? 天宮みすず(以下、天宮):現在は「道玄坂69」というアイドルグループに所属しているのと、ファン支援型のサブスクサイトにエッチな動画や写真をアップしています。その他にもコンカフェやソフト・オン・デマンドが経営する飲食店にも出勤しています。
――「道玄坂69」は当初、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが関わっていましたよね。 天宮:田村淳さんが関わっていた時期はテレビ番組の企画でやっていたので、そのテレビ番組が終わった時点でいったん解散したんです。その後に残ったメンバーの中には、まだ続けたい気持ちがあったので、新しいプロデューサーに変わったんです。現在、田村淳さんは全く関わっていないんですよ。
――最初は現役風俗嬢から生まれた「明日抱けるアイドル」をコンセプトにした女性アイドルグループでしたよね。天宮さんは風俗嬢でもセクシー女優でもないのに加入できたんですか? 天宮:“特別枠”なんです(笑)。加入したのは2年前なんですけど、当時、歯科助手の仕事をしていたんですが、他にもエッチな活動をしていたことがバレて、エロすぎてクビになったんです。途方に暮れていたところ、私もアイドルがすごく好きだったので、人生終える前に1回はアイドル活動を経験しとくかって感じで、まずは1日だけ体験入店したんです。
――ライブ活動なのに「体験入店」とは、ちゃんとコンセプトを守っていますね(笑)。 天宮:でも、地下アイドルはお金にならないイメージがあったので、アイドル活動を始めたとして、本当に生活ができるのかを考えてからやることに決めたんです。2か月ぐらい本気で考えたんですけど、動画配信サイトの収入が安定してるから、アイドルの収入がなくてもやっていけると思い、加入を決意したんです。
――「道玄坂69」のメンバーは風俗嬢ばかりですが、そこに加入することに抵抗はなかったですか? 天宮:私が加入する前にも、風俗嬢じゃない特別枠のメンバーがいたんです。私は現役の風俗嬢ではないんですけど、過去にオナクラで働いていたこともあり抵抗感はなかったです。
――ちなみに好きなアイドルグループは、どのグループなんですか? 天宮:小学生のときからハロー!プロジェクトが好きなんです。筆記用具も全部モーニング娘。でしたよ。ずっとアイドルと接していた人生だから、今は自分がアイドルになれて満足です。
語り尽くせないほど複雑な家庭環境
――その子ども時代はどんな環境でしたか? 天宮:結構複雑な家庭だったんです。話せば2時間ぐらいかかっちゃうんですけど、すごく複雑でしたね。父と母はいるんですけど、今は両方とも縁が切れているんです。小学1年生のときに実の母が胃がんで亡くなったんです。そのときに父は愛人を作っていたんですよ。
――壮絶ですね。 天宮:しかも、父は女子高生と不倫をしていたので、年中、愛人の家に行っていたんです。さらに八股をかけるような性にアグレッシブな父だったんです。その浮気の証拠も小学1年生の私が全部見つけて、子どもながらに「やっているなあ」って思いましたね。母が亡くなった後は、母方のおばあちゃんに中学2年生ぐらいまで育てられて、その後は母の妹夫婦に子どもがいなかったから、私が養子に入って、今はその2人の戸籍に入ってるんです。でも、その叔母夫婦2人とも馬が合わずに、縁が切れてるような感じなんです。もちろん実の父とは全く連絡を取っていないですね。だから、ずっと独りで自活しています。
――育ててくれた祖母とはどうなっているんですか? 天宮:祖母は、私が高校3年生のときに自殺しちゃったんですよ。
――自殺ですか? 天宮:70歳ぐらいのときに自殺したんです。私が祖母から離れて叔母夫婦と一緒に暮らすようになってから、孤独が増したらしくて、うつ病になって自殺したんです。
――きょうだいはいないんですか? 天宮:12歳離れた兄が存在するんですけど、全く連絡が取れないんです。
――血のつながりがあるのは父と兄だけですか。 天宮:「道玄坂69」のライブに父方の親戚の叔父さんが来てくれますね。
――かなりハードな人生ですね。学生時代はお小遣いや学費はどうしていたんですか? 天宮:中学生のときは祖母からちゃんとお小遣いをもらっていました。逆に高校のときは叔母夫婦に私から毎月7万ぐらい家賃みたいな感じで払っていました。コンビニなど様々なバイトをトリプルで掛け持ちしていたんです。
――明るい天宮さんからは想像もできない話です。 天宮:闇が深い人ほど、普段笑っていると思いますよ。
――当時から友人に自分の境遇は話していましたか? 天宮:小学生のときから仲良くしていた子が1人ぐらいいたので、その子は全部知ってたけど、全部語ると時間がかかるから、あまり話さなかったです。でも、当時彼氏はいたので、空いた時間はずっと彼氏と2人で過ごしていました。
――両親がいない寂しさはなかったですか? 天宮:特に寂しさはなかったかもしれないですね。亡くなった母が虐待する人だったんです。
――これまた複雑ですね。 天宮:だから、別に母と一緒にいる必要がなかったんです。祖母の方が優しかったから、母がガンで入院してるときも、祖母が私の面倒を見てくれたんです。
――その境遇がハンディキャップと思ったことはありますか? 天宮:大人になってからの方が、普通の家庭がどんなものか見えてくるから、当時はわからなかったんです。当時はこれが普通って感じで何も思っていなかったですよ。そこから大学まで進んだんですけど、半年で退学したんです。
歯科助手になるまでの職歴
――もったいない。 天宮:当時付き合っていた彼氏との関係を続けるか、大学を続けるかどっちかにしろっていう、よくわからない選択肢を学費を出してくれた叔母夫婦に出されてたんです。でも、私がすごい一途なタイプなので、初めて付き合った人とずっと付き合うのが叔母夫婦としては嫌だったらしくて。
――逆の貞操観念ですね。 天宮:支配的な叔母だったんです。だから、私は言うことを聞かずに大学を辞めて、声優にもなりたかったので、声優の養成所に1年通ったんです。そこでまた違う彼氏ができて、声優の夢よりも彼氏の方がいいってなり、声優も諦めちゃいました。
――それは男性依存症みたいなものがあるんですか? 天宮:好きになったらその人しか見えなくなっちゃうところもあるから、多分そうなのかもしれないです。普通の人よりも一途になりがちかもしれないです。
――ちなみに彼氏は普通の人が多い? ちょっと危ない人が多い? 天宮:普通の人でした。どちらかというといつでも連絡がついたり、あまり交友関係が広くない人の方が一緒にいてくれる確率が高いので、そういう地味な人を選びがちかも(笑)。
――声優養成所退所後は何をしていたんですか? 天宮:その声優養成所に行った後に、ハローワークに行ったら、実家の近くに歯科助手の募集があったので申し込んで、正社員で7、8年ぐらい勤めました。歯科助手になる前はコンビニ店員、回転寿司店員、飲食店店員、印刷会社派遣、運送会社の倉庫で仕分け、保育園、あとはオナクラと様々な業種を経験しました。
――そもそも子どもの頃の夢は? 天宮:子どもの頃の夢は特になかったんです。働くよりも結婚をしているイメージが強かったですね。でも意外と結婚って難しいんだなと思って、働かざるを得なくてやってるわけです(笑)。
――いろんなバイトをやっていたのは金銭的な面ですか? 天宮:そうですね。オナクラで働いたのは後半で、それまでは風俗の選択肢が特になかったんですよ。でも、数年前に50万円もする猫を買ったので、返済のためにオナクラで働きました(笑)。
――数々のバイト時代、天宮さんは可愛いので変な客はいませんでしたか? 天宮:当時はアイドルみたいなキャラでやってないから、変な人はいませんでした。歯科助手もおじいちゃん、おばあちゃん、お子さんという世代が多く来るような歯科医院だったので、若い世代の人とは出会いもなかったです。研修医の先生が来たとき、性的なノリが合えば、診察後にセックスをしたことはありましたけど、それも別に真剣交際ではないので、気まぐれみたいな感じでした。
――歯科助手をやりながらソフト・オン・デマンドが作った飲食店のアイドル「生中野女子~ナマジョ~」に加入したんですよね。それはどういういきさつですか? 天宮:歯科助手時代、秋葉原にある有名なコンカフェで土日限定で働いていたんです。そのコンカフェはすごく清い世界だから、エロい話しをしちゃいけないんですけど、私は怒られながらもエロい話をしていたんです(笑)。その近くにソフト・オン・デマンドが経営する女子社員酒場ができて、コンカフェを辞めた後に応募しました。セクシー女優じゃなくても働けるって書いてあったんです。
――エッチなDVDは割と観ていたんですか? 天宮:エッチなDVDは昔から観ていたので、好きなソフト・オン・デマンドが経営する飲食店で働けて嬉しかったです。
――好きなセクシー女優はいたんですか? 天宮:葵つかささんが好きでした。
――ご自身はセクシー女優になろうとは思わなかった? 天宮:セクシー女優という仕事にはあまり憧れはなくて、作られた演技の世界よりも、自分でやるならプライベートなハメ撮りを撮るほうが好きなんです。だからセクシー女優にはなりたくなくて、観る方が楽しいし、おかずとして消耗する方が好きなんです。
――ソフト・オン・デマンドの飲食店で働いていると、そのうちセクシー女優としてデビューするんじゃないかと勘違いする人もいませんでしたか? 天宮:「セクシー女優になったら、どう?」と言われることもなかったです。いまは女優さんがものすごい飽和状態じゃないですか。仕事に困ってる女優さんも多いし、1回セクシー女優として裸になると、その後の仕事の幅も限られてきますよね。
――クレバーですね。 天宮:だから、私みたいな裸を出してないエロい一般人の方が希少価値があるし、仕事も来やすいからおすすめだよって、所属事務所のマネージャーにも言われるんです。
ソフト・オン・デマンドとの出会い
――そのソフト・オン・デマンドが経営していた飲食店のアイドル「生中野女子~ナマジョ~」結成のきっかけは? 天宮:当時、ソフト・オン・デマンドが本社ビル1階で飲食店を経営していたんです。そこにはセクシー女優も勤めていて、それをサポートする形で私も働いていたんです。そういうサポートメンバーが増えてきて、割と人気だけど、タレント化していない惜しいポジションだったので、社員の方がグループ名をつけてくれたんです。その社員が電撃ネットワークさんが好きなので、アイドルではなくて、そういうパフォーマンスをするようなエロい集団を作りたくて「生中野女子~ナマジョ~」を結成したんです。
――イベントもいろいろとやっていました。初めて表舞台に立ったときはどうでしたか? 天宮:そもそも、人の前に立つのがそんなに好きじゃないというか、得意ではなかったんです。でも歌は好きで得意だから、やってもいいんじゃないかなと思って続けました。「生中野女子~ナマジョ~」は現在、1年に1回くらいしか活動していないんですけど、一応まだ存在はしています。
――ライブ中にステージ上から穿いていた下着を投げるパフォーマンスもやっていました。 天宮:できればエロいことしかしたくないので全然やりたい派でした(笑)。
――当時のツイッターでもバズりましたが、歯科助手時代にその活動がバレたんですか? 天宮:バレたというか、そもそも「生中野女子~ナマジョ~」の活動は隠してもなかったんです。隠してやましいことをしているつもりもないから、歯科医院の院長にもソフト・オン・デマンドの飲食店で働いていることは伝えていました。でも、別の案件でX(当時のツイッター)に、セフレとのエッチ後の写真を投稿したんです。フォロワー数も伸びていたので、すごく拡散もされ、院長の奥さんに知られてしまったらしく「あの子は辞めさせた方がいい」みたいな空気になったようで、辞めさせられてしまったんです。
――「生中野女子~ナマジョ~」の活動ではなくて、プライベートの「事後」ツイートが原因でしたか。当時は話題になりましたよね。 天宮:セクシー女優もやっていない一般人の私が、セフレを公言するのが珍しかったんです。
――その歯科助手を辞める辞めないとなったときは揉めたんですか? 天宮:揉めましたね。1か月後に辞めてくださいではなく、すぐに解雇を言い渡されたので、ちゃんと不当解雇で労働裁判にかけました。
――それは大事な権利です。 天宮:結果的には解決金で決着しました。
――普通の人は裁判が面倒なので、指示に従っちゃいますよね。どうしてそこまで闘ったんですか? 天宮:なあなあにするのがすごい嫌いなタイプの性格で、白黒はっきりつけたいタイプなんです。不当解雇はよくないし、今後もそれが当たり前にされては困るので、けじめをつけるためにやりました。
――裁判は長期化しましたか? 天宮:半年以上はかかったかな。やっぱりエロい仕事をしているだけで、裁判的にハンディキャップになるらしくて、慰謝料は取れなかったんですけど、解決金でどうですかという形に落ち着いたんです。
――弁護費用はどうしたんですか? 天宮:着手金ゼロの成功報酬の弁護士さんにお願いしましたし、マイナスにはならなかったので、裁判をしていい結果にはなりましたね。
――裁判をした結果、反響はありましたか? 天宮:白黒はっきりさせたいってスタイルが好きなファンからしたら、「みすずちゃんすごいね」って言われたり、YouTuberから「裁判結果がどうなったか知りたいので動画を撮らせてください」と声がかかったりしました。自分ではやってよかったです。大事な話をするときは録音をするとか、自分を守る手段を知りました。
セクシー女優にならない理由
――裁判をしてまで一般の仕事とエッチな仕事を両立したい理由はあるんですか? 天宮:芸能や水商売だけの仕事も逆に嫌なんです。でも、堅気というか、普通の仕事だけでもつまらないんです(笑)。両立しているのが精神的にも経済的にも安定すると思っているんです。芸能や水商売だと一気にお金をもらう機会もあるし、普通の仕事だと毎月決まった給料ももらえるし、どっちが優れているとか、どっちがダメとかもなくて、私の中では両方いいところがあるんです。現在は芸能と水商売だけでも安定しているし、向いてもいるから、いまのところは芸能と水商売だけでやってます。
――芸能と水商売、普通の仕事を両立してないと不安だというのは、どうしてですか? 天宮:親も連絡が取れないし、彼氏がいるわけでもないし、いざというときに頼れるところがないんですよ。たとえ彼氏がいたとしても全てを委ねられるわけでもないじゃないですか。自分で自分の面倒を見なきゃっていう気持ちが強いんです。
――だからといって芸能や水商売ではなく、一般企業の正社員も不安ですか? 天宮:東京でいっぱい働いたとしても、女の子で無資格で正社員だと、20万円から25万円ぐらいまでしか給料がもらえない。しかも、拘束時間が長い割にそれぐらいの給料だと、趣味や美容にお金が回らないんです。楽しんで生きていくためには、水商売も必要かなっていうのはありますね。そんなに莫大なお金は必要ないけど、プラスアルファでちょっと欲しいぐらいの欲はあります。
――出世や結婚の場面で、いまだに男女の格差はありますからね。 天宮:女性ならではの問題かもしれないです。
***
天宮みすずさんの語りから浮かび上がるのは、過去の壮絶さそのものではない。それをすでに引き受け切った人の、揺るがない視線である。
家族にも組織にも寄りかからず、自分で稼ぎ、選び、線を引いてきた経験は、彼女の中で明確な判断基準として確立されているのだ。
セクシー女優にならないという選択も、裁判まで起こした行動も、すべては「消費され方を自分で決める」という一貫した意思の表れだ。裸を出さずにエロを引き受け、アイドルであり、一般人でもあり続けるという立ち位置は、すでに代替のきかないものになっている。
その存在は今後、さらに希少性を増し、ジャンルや肩書きを超えて静かに存在感を強めていくことになるだろう。
天宮みすず(X:@misuzugakuen1)
<取材・文・撮影/神楽坂文人(X:@kagurazakabunji)>
【神楽坂文人】
世界一セクシー女優を取材しているカメラマン、ライター、インタビュアー。元成人誌編集者のため、最後の砦として活躍中。年間イベント取材数300本超え! 年間インタビュー数200本超え! バイクで都内を駆け巡り1日で複数の仕事を受けている。X(旧Twitter):@kagurazakabunji
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