角田裕毅2021〜2025ベストレース10(前編)
2021年に日本人F1ドライバー史上最年少の20歳でアルファタウリからデビューした角田裕毅。小林可夢偉以来、7年ぶりの日本人F1ドライバーにメディアは大いに湧き立った。
2000年代生まれの日本人ドライバーとして、新たな歴史を刻み続けた5シーズン。荒削りなドライビングを武器に攻めまくる若手時代を経て、緻密なレース戦略を完遂する成熟したプロフェッショナルへと変貌を遂げた。
F1界を駆け抜けた2021年〜2025年をあらためて振り返り、記憶に強く残った角田のベストレースを10個ピックアップした。
角田裕毅はF1デビュー戦で衝撃の走りを見せてくれたphoto by BOOZY
(1)2021年@第1戦バーレーンGP
角田裕毅のF1デビュー戦。予選Q1でいきなり2位、という走りで強烈な印象を残した。
ミディアムタイヤで走ったQ2では13位で敗退を余儀なくされたものの、決勝では思いきりのいい走りを再び披露。フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)やセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)らとバトルを繰り広げ、9位までポジションを上げて初戦入賞を果たした。
デビュー戦の角田は、まだF1のことを熟知していないがゆえの怖いもの知らず。自信に満ちた姿勢で、角田らしいドライビングが冴え渡っていた。
見る者をあっと驚かせる一発の速さ、バトルでの鋭い飛び込み、そしてその裏側にあるいくつも前のコーナーから仕掛けた駆け引き......。デビュー戦の走りは、角田裕毅というF1ドライバーのこれからに大きな期待を抱かせるに十分な光を放っていた。
2021年のアルファタウリAT02は、ピエール・ガスリーが4強チームに次ぐランキング9位に入ったことからもわかるように、非常に出来のいいマシンだった。それゆえに角田自身も難しいことを考えず、素直にドライビングに専念すれば、好走・好結果が望める状態だった。
それと角田のナチュラルな速さと感性にマッチした結果が、この2021年の開幕戦バーレーンGPだった。
「ポイントは意識せず、ガムシャラに前を狙って走っていました。スタートで出遅れたのと、1周目にアグレッシブに行かなさすぎて、ポジションを落としてしまったんです。そこからはポジションを挽回するばかりのレースになってしまった。
(問題は)最初に順位を落としすぎてしまっただけですね。特に難しいところはなく、想定していたとおりでした。50パーセントはうれしくてホッとした気持ちと、50パーセントは悔しい気持ちです」
(2)2021年@第22戦アブダビGP
デビューイヤーの最終戦アブダビGPで、角田は4位という自己最高位を挙げた。5年間のキャリアを通しても、これがベストの結果となっている。
衝撃のデビュー戦に続く第2戦エミリア・ロマーニャの予選で、過信とフラストレーションから無謀なドライビングで激しいクラッシュを演じてしまった角田は、一気にスランプに陥ってしまった。F1の難しさを知ってようやくその壁の高さに気づき、自信を失い、マシンにも異常が見られるようになって、負のスパイラルへと飲み込まれてしまった。
そこからエンジニアたちの協力や、アレクサンダー・アルボン(当時レッドブルのリザーブ兼テストドライバー)の助言、新造モノコックの投入などもあって、後半戦に入りようやく調子を取り戻し、迎えた最終戦アブダビGPでは予選8位と初めてチームメイトのピエール・ガスリーを上回った。そして決勝でも好走を見せ、アルファタウリ勢は7位・8位と快走する。
残り1周のセーフティカーリスタートで4位に浮上し、ターン8からのシフトアップミスがなければ3位表彰台もあり得た。それはあくまでオマケでしかなく過大評価するべきではないが、ルーキーの角田がスランプから脱し、チームメイトも上回り、実力で中団トップの7位を走ったのは、これ以上なく上出来のレース週末だった。
これがあったからこそ、角田は2年目のシーズンに向けて自信を持ち、さらなる飛躍を果たすことができたと言える。そういう意味で、角田にとっては大きなマイルストーンとなるレースだった。
「今週末は全体を通してペースが非常によかったです。レースペースもあそこまでいいとは、正直思っていませんでした。最後はバルテリ・ボッタス(メルセデスAMG)を抜いて4位でフィニッシュすることができましたので、この結果にはとても満足しています。
ターン9の前で少しミスがなければ、カルロス・サインツ(フェラーリ)を抜くことができたかもしれません。今週は特に自信を取り戻すことができました。ここまで長い道のりでしたが、それができたのは来年に向けて、とてもいいことだと思います」
(3)2022年@第4戦エミリア・ロマーニャGP
新規定の初年度となった2022年。アルファタウリAT03は完成度が高くなく、マシン特性もそれまでとは真逆で、角田にとっては扱いづらいマシンとなってしまった。
エミリア・ロマーニャGPの舞台イモラ・サーキットは、角田が初めてF1マシンをテストドライブした場所だ。チームにとっても地元であるだけに、角田も経験豊富で自信のあるサーキットである。ただ、前述のように1年前のここで予選でクラッシュという大きな挫折も味わっている。
そのイモラで角田は、土曜朝の予選は16位ながらガスリーを上回り、スプリントレースでも12位へとポジションを上げ、そのグリッドからスタートした決勝ではセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)やケビン・マグヌッセン(ハース)をコース上で抜き、7位まで挽回して入賞を果たした。
まだ未成熟だった当時のスプリントフォーマットのなかで這い上がっていったことも見事なら、週末を通してガスリーを上回ったことも大きかった。
「クルマはよかったと思います。(スタートポジションとしては)ポイント圏内にいたわけではなかったので、失うものはないし、毎周プッシュしていました。そのなかでもミスのないようにできるだけ限界で走って、どのオーバーテイクも一発で決めることができたので、そこはよかったなと思います。去年のアブダビGPと並ぶくらい、いいレースだったと思います」
角田らしいドライビングを見せたというだけでなく、1年前のトラウマを克服し、F1ドライバーとしての成長を印象づけたという点で、2年目のイモラはベストレースのひとつに挙げてしかるべきだろう。
「自信の持ち方だったり、レース週末の組み立て方だったり、特にレースペースはかなりよくなっていると思います。去年のイモラの頃は、まだ状況がコントロールできていませんでしたし、毎周限界までプッシュして、そのせいでミスを犯したりしていました。
でも、そういった経験がドライバーとして学びを与えてくれて、成長させてくれました。それによってまた一歩、前に進むことができたからこそ、今日こうしてポイントが獲得できたのだと思っています」
(つづく)
◆角田裕毅ベストレース・中編>>「中団グループで最も生きのいいドライバー」
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