【写真】田尾安志が楽天初代監督時代を「一番楽しかった」と振り返るワケ
2026年からは毎週月曜放送に引っ越し、1月5日に放送された野球トークバラエティ「ダグアウト!!!」(毎週月曜夜9:00〜10:00、BS10)。この日のゲストは中日ドラゴンズ・埼玉西武ライオンズ・阪神タイガースで活躍し、引退後には東北楽天ゴールデンイーグルス初代監督を務めた田尾安志だ。MCの上田まりえ、かみじょうたけしとともに現役時代の裏話から監督就任時の舞台裏まで、ここでしか聞けないエピソードが次々と飛び出した。
■失敗の内容を見極める田尾流“打者の評価基準”
楽天ファンで知られるMCのかみじょうは、この日の収録に楽天イーグルスのユニフォーム姿で登場。田尾がそのユニフォームにサインを書き込むという、ファン冥利に尽きる微笑ましい場面もあった。元気な姿で登場した田尾だが、実は収録の約1カ月前に心房細動の手術を受けたばかり。3カ月はゆっくり静養するように言われたそうだが、「10日目にはゴルフ行ってましたからね」と笑顔で自白する。かみじょうが「体力がえげつないんですよ」と感嘆するのも納得の、現役を退いてなおアクティブに日々を送っている様子が伝わってきた。
序盤のトークで明かされたのは、田尾ならではのユニークな野球観。田尾は「3割バッターでも7割は失敗するので、7割の失敗がどんな失敗かを見ている」と語り、凡退の“質”が重要であると強調する。たとえアウトになっても内容の良い凡退を積み重ねられる選手は、結果的に打率も上がっていくという考え方だ。
これを受けて、かみじょうは日本ハム・新庄剛志監督がドラフトの際に放った「その選手の悪いところを教えてくれ」という言葉を紹介。失敗や短所にこそ、伸びしろや本質が表れるという視点に田尾も深くうなずいていた。野球ファンの多くは選手の強みや成功だけに目を向けがちだが、失敗の中身をどう評価するかが一流ならではの目線なのだろう。
■ベストナインで往年の名選手を選出“6番打者の楽さ”も告白
番組名物コーナー「俺のベスト9」では、田尾が理想のスタメンを発表。福本豊、山本浩二、王貞治、江川卓など球史に残る名選手たちが名前を連ねた。
1番打者について田尾は「福本さん以外いないんじゃないかな。(塁に)出たら走ってくれる、長打も打てる」と絶賛。かみじょうが「三盗のほうが簡単やから、逆にやらなかった」という福本の言葉を紹介すると、田尾も「確かに、三盗のほうが隙があったらすぐに行ける」とうなずきを返す。スピードスターならではの奥深い盗塁論と言えるだろう。
4番には王貞治を選出。かつて王がソフトバンクの監督に就任した際、田尾にバッティングコーチのオファーが届いていたことを明かした。しかし田尾には3人の子どもがおり、「当時のバッティングコーチの給料じゃ生活できないんじゃないか」と悩んだ末に解説業を選択。それでも今もその選択には未練があるようで、「行っときゃ良かったな」と本音にスタジオが湧くひと幕も。
5番に選んだ原辰徳については、その明るい性格を評価。田尾自身、監督時代から「ベンチによしもとの人を1人置きたいと考えていた」と語るほど“ムードメーカー”の重要性を感じていたという。チームの空気が重いままでは本来の力を発揮できないという、指導者としての経験からにじみ出る言葉には大きな説得力がある。
そして6番打者には自身を指名。現役時代は1番や3番での出場が多く、常に結果を求められる重圧を感じていたという。しかし阪神時代に6番打者を務めた際は「こんな楽な打順ないわ」と感じたことを振り返り、プレッシャーから解放されたことで気持ちにも余裕が生まれたと明かした。かみじょうは「掛布さんも全く同じこと言ってた」としたうえで、もう一度現役時代に戻れるなら「DeNAの6番だな」と即答されたエピソードを披露。スタジオを大きな笑いが包むのだった。
■楽天初代監督就任「一番楽しかった1年」の背景にあった覚悟とファンの温かさ
今回の放送で最もインパクトがあったのは、楽天監督時代の裏話だ。創立間もない球団だった楽天には他球団のようなプロレベルの選手層はほとんどなく、まさにゼロからのスタート。楽天がなければユニフォームを着ていない選手が多かったため、田尾は「3年間でプロレベルの最下位まで上げたい」と考えていたと明かした。
上田が「球団ができてからシーズンに入るまであまり時間がなかったですよね」と振り返ると、田尾は「コーチを決めるのも2週間。首脳陣の給料も全部僕が決めていた」と衝撃の事実を披露。さらにゲームが始まる前には、相手監督に選手獲得の交渉までおこなっていたというから驚きだ。監督というより、まさにGM兼任のような日々だったことがうかがえる。
「必ず最下位をくらうし、“能無し監督”って言われるだろうなと覚悟していた」と当時の胸の内を吐露した田尾。それでも東北のファンは温かく迎えてくれ、球場で野次られることはほとんどなかったという。結果としてその年のチームは最下位に終わったが、田尾の野球人生の中で「一番楽しかったのがあの1年」と笑顔で振り返る姿が印象的だった。
戦力も環境も整わない中で、それでも前に進めるために全力で動き続けた1年。その過程を「楽しかった」と言えるのは、田尾の野球に対する愛情と覚悟が本物である証拠だろう。失敗の内容を見つめるという冒頭の言葉とも自然につながり、田尾の野球人生そのものを象徴するような放送回となった。今後も「ダグアウト!!!」では、結果だけでは見えてこないプロ野球のリアルな舞台裏と本音が語られていくはずだ。
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