『M-1グランプリ2025』全ネタをレビュー/テレビお久しぶり#184
長らくテレビを見ていなかったライター・城戸さんが、TVerで見た番組を独特な視点で語る連載です。今回は『見取り図じゃん』(テレビ朝日)をチョイス。
■天丼へ帰ろう『見取り図じゃん』
東京に進出した見取り図のふたりが、“東京に染まろう”をテーマに様々な企画に挑むバラエティ番組、『見取り図じゃん』。今回は、ロングコートダディ・堂前、さや香・新山、ゆにばーす・川瀬名人をゲストに、M-1グランプリを中心とした「俺が伝えたい以前、以後」トーク。たくろうの劇的な優勝で幕を下ろした『M-1グランプリ2025』の興奮冷めやらぬなかTVerで再配信された、2023年の放送回である。
「俺が伝えたい以前、以後」とは何か。番組内で堂前が挙げたもので言うと「コント師漫才はジャルジャル以前、以後」というような、歴史の変わった、革命の起きた瞬間のこと。まだ誰も気付いていないけど、自分の目からは確かに起きていた革命を、M-1ファイナリスト経験者の3人がフリップに書いて紹介していく。お笑いの深い……というか“内側”の話が次々と繰り広げられ、非常に興味深い内容であったのだが、素人である私が口を挟むスキも特に無さそうなので、今回は「伏線と回収」について話してみたいと思う。
さや香・新山が番組内で提唱していた、お笑いにおける「天丼」が今は「伏線回収」と変容したという説。これは本当によく理解できる。ただ笑わせるための手段である「天丼」に、必要性(それはすぐにカタルシスとなる)を付与したものが「伏線回収」なのだ。現代人は、理由のないもの、必要のないものには、興味を持たない傾向にあるんじゃないかと思う。フィクションにおける物事には意味があり、答えがある、それを前提としていなければ「考察ブーム」は生まれないだろうしね。天丼の面白さをまとったまま意味のカタルシスまで与えられるのだから、そりゃ競技漫才において伏線回収がカギを握ることになるだろう。
しかし、私はちょっと、「伏線」というものが、個人的に好きではない。というより、好きとか嫌いとか以前に、大したものではない、と思っている。私もたまにフィクションを執筆するのだが、伏線とその回収の方法を考えるのは、端的に簡単だ。できあがった物語に後から足せばよい。何年も連載している漫画なんかでの伏線回収は超大変だと思うけども、一本の小説や映画であれば、別に難しくないだろうと。でも、それによって、物語が何だかイッパシのものに見えてくる。コスパの良い手法だと常々思う。伏線を入れて回収された物語より、伏線もくそもなく、ただ起きることだけが起き続けて終わる物語のほうが好きだ。偉いとすら思う。伏線を回収してカタルシスをもたらすより、「いま面白い」を連続させるほうが困難なのだから。
もちろん伏線とその回収が悪いものだと言いたいわけではない。伏線が華麗に回収され、脳内で謎が氷解する気持ち良さは私だってよく知っている。ただ「天丼」に戻ってみてもいいんじゃないですか、と言いたいのだ。お笑いでは勿論そうだし、小説でだって、映画でだって、天丼を繰り出すことはできるだろう。天丼のうまい奴は何をやらせてもうまいから。ジョン・フォードとかね。
■文/城戸
【関連記事】
・
「テレビお久しぶり」バックナンバーをまとめて読む
・
『M-1グランプリ2025』全ネタをレビュー/テレビお久しぶり#184
・
敗北の歴史『ナンデモ特命係 発見らくちゃく!』/テレビお久しぶり#183
・
人間のキャラデザ『有吉ぃぃeeeee!~そうだ!今からお前んチでゲームしない?』/テレビお久しぶり#182
・
私のオカルト・ライフ『ジャパンオカルトアーカイブ~マジやば不思議話~』/テレビお久しぶり#181
・
「カナメストーン」という太陽「私が舞台で『手でやったM-1』を思い出す、その日まで」【連載:しょぼくれおかたづけ第18夜】
・
『M-1グランプリ』第21代目王者はたくろう東京進出は「いっぱい大人と相談します!」<M-1グランプリ2025>