アルファロメオの戦後ルネッサンスは、サルーンの1900で始まった。そこから熟成が進み、ザガートの手で、羽根のように軽いクーペバージョンが誕生する。これをジェイ・ハーベイが試乗した。
【画像】軽量で、空気の流れを味方に付けられる車。ダブルバブル・ルーフを備えた希少なアルファロメオ1900SSZ(写真9点)
古いアルファのツインカムエンジンがコールドスタートで立てる、かすれた甲高い音は独特の味わいがある。これほど人を惹きつける音はほかにない。最初は遠慮がちに咳をするようなスタッカートだが、ひとたび火が入り、キャブレターから真っ直ぐに伸びた吸気管から吸い込んだ空気と燃料を味わい、カーブした4本のパイプから吐き出すうちに、朗々と響きわたるサウンドに高まっていく。すると、ロサンゼルス近郊のコレクター、ブルース・ミルナーが私を手招きした。リンツのチョコレートと同じ色のレザーシートに乗り込むと、轟音を上げて発進する。にぎやかな4気筒のヴィンテージ・アルファなら、どれでも同じような轟音を上げるだろうが、この1台は洒落た赤で、サイドにはクロームの”Z”が付いている。
アルファロメオは、なぜこれほどまでにエンスージアストの胸を高鳴らせ、広く愛されているのだろうか。もちろん理由のひとつは、ほかのどのイタリアの老舗よりポートフォリオの懐が深いからだ。アルファならどんな人にもぴったりの車が見つかる。戦前の8Cのように桁外れに高額なものから、1980年代のハッチバックやセダンのように、わずかな金と”1ケースのビール”程度で取引されるようなものまである。なにしろモデルが多い。100周年を迎えた2010年、ロードカーとレーシングカーをすべて網羅したカタログをアルファが刊行したところ、重さで本棚もゆがみかねない900ページ近くの大冊になった。レースのあるところ、必ずアルファが出走し、曲がりくねった道のあるところ、必ずアルファがコーナーをなめるように駆け抜けた。
1900の登場
極めて多作なメーカーであるだけでなく、AnonimaLombarda Fabbrica Automobili(ロンバルダ自動車製造会社、略してALFA)は、イタリア屈指のデザイナーやカロッツェリアにとって、平等に機会を与えてくれる雇い主でもあった。ピニンファリーナのクラシックな華やかさを愛する人には、あの名高いバッジを付けたアルファが、同じ年代のフェラーリと比べればわずかな金額で取引されている。それよりベルトーネの洗練されたモダンなラインが好みだという人にも、ミウラやストラトスが誕生したのと同じ製図板から生まれたモデルが、アルファには目白押しだ。
同じことは、1919年にウーゴ・ザガートが立ち上げた会社にも当てはまる。ザガートはトゥーリングと並んで、アルファに最も早くから重用されたデザインハウスだった。1930年代になると、”ビッグZ”は競技用と公道用のいくつものアルファロメオにドレスを提供し、その蜜月は、すべてを破壊した戦争をまたいで続いた。イタリアでは降伏後も政治的な戦乱が続き、アルファのウーゴ、つまり社長のウーゴ・ゴッバートが1945年4月にミラノで暗殺された。
こうした混乱の中、先見の明のあるチーフエンジニアのオラツィオ・サッタは、戦前にアルファの代名詞だった一流カロッツェリアによる豪華なカスタムボディをまとった高価な高性能モデルではなく、もっと小型・軽量で価格も低いモデルにこそアルファの未来があると見抜いた。こうして1950年に、アルファにとって真の戦後最初のモデルとして、サルーンの1900が誕生したのである。アルフの市販車として初のモノコック構造を採用し、エンジンは鋳鉄製ブロックの4気筒とし、チェーン駆動 SOHCを採用したアルミニウム製シリンダーヘッドを組み合わせた。フロント・サスペンションはダブルウィッシュボーン/コイルで、リアはコイルスプリングとテレスコピック・ダンパーによるリジッド式だった。アルファはこの構成を備えた1900を「レースで勝てるファミリーカー」と宣伝した。その影響は、高級車とマイクロカーを手掛けていたBMWにも波及した。それから10年と少しのちに、BMWはコンパクトな”ノイエクラッセ”こと1500で、アルファと同様にブランドのターニングポイントを迎えるのである。
1900の生産は、破壊された工場で細々と始まったが、間もなく、出力100bhpの1884ccエンジンを搭載した高性能バージョンとして、スーパーやTI(Turismo Internazionale)、クーペのスプリントが登場した。また、レースに出走するカスタマーには、1975ccにボアアップしたSS(Super Sprint)が供給された。1954年に誕生したSSは、1975ccエンジンの圧縮比が引き上げられて、出力115bhpに向上し、5段MTで後輪を駆動した。この中には、さらなるパワーを求めて、標準のソレックス製から、初期のウェバー製デュアルキャブレターに替えた例もあった。
1900とザガート
アルファは1900でモノコック構造を採用したが、それゆえにセパレートフレーム時代のようにカロッツェリアが自由にボディを架装することが難しくなり、カロッツェリア産業が衰退することが危惧された(結局は衰退していくが)。それを防ぐために、1900ではモノコックでありながらボディを換装しやすい設計に配慮していた。
1900がレースで勝てるファミリーカーなら、その”ファミリー”は、少なくとも2億リラはする超高級車に見えるモデルも加えたいとアルフは考え、これに応えるように、トゥーリングやピニンファリーナ、ボアノなどが、1900をベースにこぞってセクシーなクーペやカブリオレを造った。製造数はごくわずかだったので、今やコレクターから垂涎の的となっている。
一方、ウーゴの次男で、家業の大黒柱となっていたエリオ・ザガートは、もっと軽量で、空気の流れを味方に付けられる車を造り出す可能性を見いだした。それを、ミッレミリアやツール・ド・フランス、アルペンラリーなどに出走したいと考えるアマチュアレーサーに提供しようと考えたのである。時は正に”乗ってきた車で出場する”イベントが黄金期を迎えていたときだった。
こうして1954~57年に、クーペのスプリント39台と、2台のコンバーチブルが、非常に特別なバージョンとなった。そのうちの36台がいわゆる”シリーズ1”で、ノーズが高めでとがっており、サイドウィンドウの処理がわずかに異なる。2台のカブリオレは前下がりのノーズに改められた。残り3台のクーペは、カブリオレと同じノーズを持つ”シリーズ2”で、写真の1台もこれにあたる。”ローノーズ”とも呼ばれ、インテリアの居住性が向上しており、ルーフラインとエクステリアトリムも変更されていた。最後の6台は、出力が100bhpから115bhpに引き上げられたスーパースプリントがベースで、現在では1900 SSZとして知られている。
極めてエキセントリックな角度やプロポーションで名を成したザガートにしては、1900のスタイリングはずいぶん素直な印象だ。高いショルダーラインはほぼまっすぐで、それをルーフの低さが強調している。とはいえ、グラスエリアは十分な広さがあり、視界は良好だ。3個のグリルが作るノーズと口ひげのモチーフは、オリジナルの1900のままだが、そこにフォグランプが組み込まれている。
ブルース・ミルナーの所有するこの1台は、後期SSZのうち4台のみのダブルバブル・ルーフである。また、バンパーの先端が円筒形で(別名”コーク缶”)、ミルナーによれば、これをファクトリーで装着したのは数台のみ、ひょっとすると3台だけではないかという。
後期SSZダブルバブル
クラシックカーを所有する理由は人それぞれだ。ニュージーランド生まれで、数十年前に広告業界で働くためにカリフォルニアに移住したミルナーの場合は、プロによる100点満点の完璧なレストアで古い車を救うことを何よりも愛する。
「仕事が成し遂げられていくのを見守るのが好きなんだよ」とミルナーは話す。また、調査も好きで、かび臭いフォルダーや色あせた写真を手がかりに、長い年月をさかのぼって車の所有歴をたどって楽しんでいる。一方、サンドブラストや脱脂処理、塗装や錆を削り取り、研磨する作業、溶接、塗装、機構部の調整などは、すべて各分野の最高のプロに任せている。
ミルナーの計算では、過去40年に所有したクラシックカーは78台に上る。その中には、フェラーリやランボルギーニ、イソ、マセラティ、モンテヴェルディ、AC、ビッザリーニなど、名高い血統書付きのモデルが数多く含まれる。損益を一銭残らずスプレッドシートに記録しており、現在、収支はとんとんだと明かして、「私がいかに無能かという証拠だよ」と話す。
ミルナーのコレクションは常に入れ替わっている。とくに目がないのは、単に希少性が高いというレベルを超えた、極めて希少な車だ。これまでに、製造2台のモンテヴェルディ・ハイ450を1台、12台のみのミドシップATS・2500GTを2台もガレージに収めたことがある。所有する車を人に見せることはあまり好まず、長距離ドライブもめったにしない。隣の部屋は、1950年代半ばのヴィンセントHRDから、1980年代のヤマハRZV500Rまで、30台ほどのクラシックバイクでいっぱいだが、こちらは使わずに飾るだけだ。ミルナーはモペッドより大きなバイクには乗ったことがないのである。
対して、妻はラリーに出走するのが好きなので、「アルファを売ることは絶対に認めてもらえないだろうね」と話す。たしかに1900SSZなら、カリフォルニア・ミッレやコロラド・グランドといったアメリカのラリーイベントで、素晴らしい相棒になるだろう。ルーフが日差しや雨をさえぎってくれるし、窓は巻き上げ式で、フロントウィンドウにはワイパーも備える。また、シートが快適で居心地がよく、操作系が軽いので運転しやすい。
ミルナーは少し走ってウォームアップすると、私に運転席を譲ってくれた。戦後は、イタリアンデザインで創造性が爆発した時代だ。1900はその好例で、4本のバーで構成されたバケットシートを見ると、当時イタリアで活躍したモダニストによるテクノユートピアのデザインが、たちまち脳裏に甦る。
クロームで縁取られた大径のメーターには、アールデコ風のフォントが使われている(洒落た見た目になるなら、旧式のものでも重宝されたようだ)。メーター類は逆向きのU字型に並び、重量感のあるメインパネルを構成している。パネルの中で一番下の目立たない隅に追いやられているのが回転計と速度計だ。そのディテールが実におもしろい。速度計の数字はkm表示で時計回りに並んでいる。最初の20と40の表示は、読みやすいように数字の下が外を向いているのに対して、60から180までは、おそらく同じ理由から、数字の下が内側を向いており、最後の200と220は再び逆向きになっている。ただし、速度計も回転計もステアリングで隠れてしまため、ちゃんと数字が読み取れるわけではない。
明らかにザガートは、レーシングカーで最も緊急に必要なデータは水温と油圧だと考えたのだろう。ブレシアでミッレミリアのスタートの旗を受ける頃には、ドライバーがスパークリングワインのランブルスコを何杯か飲み干していてもおかしくなかったからかもしれない。ダッシュボードの右側には”きさげ加工”を施したパネルがはめ込まれている。そこに並ぶライトやワイパー、フォグランプなどのスイッチ類には、レストアラーが現代のユーザーのために大きな文字のラベルを貼ってあった。同じように、シフトレバーの近くにプラスチックの板が付いており、一般的なHパターンの図に添えて、「4速からリバースへ入れないこと」という注意書きがある。
私はそんなことはしなかったが、3速から4速へ入れるのには苦労した。途中でレバーが迷子になってしまう感じなのである。オリジナルの1900はコラムシフトだったが、ほとんどのスーパースプリントは、当時か、もっと後年になってから、フロアシフトにコンバートされている。この幻のような4速を別にすれば、アルファは悠然と涼しい顔で、きびきびとした走りを見せる。ステアリングはクイックで正確であり、クラッチのつながり方も急激ではなく滑らかだ。
操作系は、車重が1トンほどの車と同じくらいの軽さだ。止まりたいときには、大きなドラム式ブレーキが待ってましたとばかりに力強く反応する。アルファの歴史でこのあとの数年間に出たジュリアやジュリエッタをドライブした経験のある人なら、1900SSZに同窓会のような懐かしさを覚えるだろう。
読者の中には写真を見て、ボンネットの下のエンジンがオリジナルの1975ccユニットではないことに気づく人もいるだろう。黒い結晶塗装を施した肋骨の形のカムカバーから、明らかにあとの時代のエンジンだと分かる。そのとおり、これはより大型の2300cc、出力149bhpの”リオ・ユニット”(リオデジャネイロのアルファ・ブラジル製)で、苛酷なラリーに出るために搭載された、いわばスタントマンだ。ミルナーはSSZのために、これを含めて3基のエンジンを所有しており、その中に、2002年の購入時に搭載していた”正しい1975cc”エンジンもある。
ミルナーは、車のヒストリーをたどる大好きな作業にも熱心に取り組んできた。いま分かっているのは、1974年にザガートのファクトリーでレストアされたことと、1977年にエリオ・ザガートその人のドライブで第1回のミッレミリア・ストリカに出走したことだ。ただし、1950年代のヒストリーは不明で、競技で使われていたとしたら、どのようなジャンルのレースに出走したのかは分かっていない。当時、レースに出た1900 SSZも存在したが、競技記録の一部は失われてしまった。ほかのSSZは、ヨーロッパの富豪が所有する領地の中で比較的静かな暮らしを送っていたようだ。
現在、アルファロメオ1900は、多彩で華やかなバージョンのどれもが、ミッレミリア出走を目指す者にとって格好のチケットとなっている。とはいえ、間違っても安い方法ではない。ザガートではないSSなら20万~30万ドルで手に入るものの、初期のザガートバージョンとなると、最近のオークションで100万ドルを超える値が付いている。SSZはどれを取っても、1950年代アルファの”コニサー”が認める頂点であり、戦後のスポーツアルファロメオを再始動した重要なエリートなのである。
1956年アルファロメオ1900SSザガート
エンジン:1975cc、4気筒、DOHC、ウェバー製キャブレター×2基
最高出力:115bhp/5000rpm最大トルク:16.0kgm/3700rpm
変速機:前進 5段 MT、後輪駆動ステアリング:ウォーム&ローラー
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):リジッドアクスル、ラジアスアーム、コイルスプリング、テレスコピック・ダンパー
ブレーキ:4輪ドラム車重:920kg最高速度:190km/h 0-100km/h:10.8秒
編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.)原文翻訳:木下 恵
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)
Translation:Megumi KINOSHITA
Words:Jay Harvey Photography:Evan Klein
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