高額な体験は本当に必要か 「非認知能力ブーム」に警鐘

『子どもの体験 学びと格差 負の連鎖を断ち切るために (文春新書 1491)』おおたとしまさ文藝春秋

高額な体験は本当に必要か 「非認知能力ブーム」に警鐘

1月5日(月) 18:00

「ペーパーテストの点数よりも、これからは非認知能力のほうが大切だ」
「海外旅行やボランティア、多様な探究学習ツアーに行かせよう」
「無人島でキャンプ体験させて、非認知能力を育てる」

昨今トレンドとなっている「非認知能力」。子どもの将来のためと思い、なるべく多くの体験を与えて非認知能力を育みたいと思うのが親心でしょう。先行的な教育投資と捉え、この冬休みにあちこちの体験イベントに足を運んだ家庭も多いのではないでしょうか。

しかし、本書『子どもの体験 学びと格差 負の連鎖を断ち切るために』は、こうした体験学習が本当に子どものためになっているのかと疑問を投げかけます。

著者の教育ジャーナリスト・おおたとしまささんは、体験格差をメディアが煽り文句にしたことにより、「実際、体験が不足すると、"負け組"に転落するかもしれないという恐怖を、子育て世代の無意識に深く刻み込んだ」(本書より)と指摘します。さながら課金ゲームのように、次から次へと体験を繰り出す風潮は「まるで体験の詰め込み教育」(本書より)であり、「かつての右脳教育ブームを彷彿とさせる」(本書より)と、ブームそのものを危惧します。

例えば絵本作家の五味太郎さんに取材した章では、五味さんによる以下の言葉を紹介しています。

「だから体験っていうようなものに格差なんてことをやっぱり考えちゃいけない。それは絶対にいけない。『体験格差』って言葉に対する違和感は、違和感なんてもんじゃないよ。いい悪いじゃなくて、『そんな視点、どこから出てくるの?』っていう感じ」(本書より)

今や体験不足を埋めるための体験斡旋ビジネスが続々と生まれ、放課後や休日に余白がなく、習い事や体験漬けで疲れ切ってしまう子どもも少なくないといいます。そして皮肉なことに、体験格差をなくそうとする動きが、体験の格付けを生み、高額な体験をしなければ不幸になるかのような"呪い"になっているとも指摘します。

「偉人のことを考えたら、みんなとんでもない経歴だよね。ニュートンにしろダーウィンにしろ、いまでいえば学習障害みたいなやつだもんな。だからあんまり平均的にみんなに同じ体験をさせようなんて考えると、そういう子はつまんなくなることは間違いないよ」(本書より)

そもそも非認知能力とは「やり抜く力、コミュニケーション能力など、テストでは測れない能力のこと」(本書より)です。数値化できない能力にもかかわらず、その獲得のために学校的教育観に基づいた標準化した体験パッケージを与えることは、子ども本来のオリジナリティを損ないかねないと本書は警鐘を鳴らします。

体験格差への対策として、自治体による習い事助成や企業の体験支援プログラムも広がっています。しかし本書は、こうした施策が根本的な解決につながるとは限らないと述べます。豊かな体験によって非認知能力が身につくという考え自体が思い込みであり、「非認知能力さえあれば稼げる」という強迫観念のような呪縛を手放す必要があると提案します。

近著『ルポ 無料塾 「教育格差」議論の死角』(集英社新書)では、無料塾という存在を足掛かりに、教育格差の問題に切り込んだおおたさん。近著に続き、多くの専門家への取材を重ねた本書は、「お金を払わないと体験ができなくなってしまったこの社会で、子どもをどう育てていけばいいのか」(本書より)を問い直します。体験格差という言葉がひとり歩きする今、大人自身の価値観が問われているのかもしれません。

[文・山口幸映]



『子どもの体験 学びと格差 負の連鎖を断ち切るために (文春新書 1491)』
著者:おおたとしまさ
出版社:文藝春秋
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