(画像提供/とくし丸)
12月29日(月) 7:00
2021年にSUUMOジャーナルで紹介した移動スーパー「とくし丸」。コロナ禍を経て4年以上が経ち、その役割はどう変化したのか。事業担当の臼井善信(うすい・よしのぶ)さんにお話を伺うと、単なる買い物支援を超え、超高齢社会のインフラとして「見守り」や「地域連携」を担う、新たな姿が見えてきた。
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移動スーパーのとくし丸は、軽トラックに、魚、肉、野菜などの生鮮食品や、惣菜、パン、お菓子、日用品など約400品目を積み込み、週に2回ほど決まったコースを回り、お客さんの自宅前まで1件1件巡回して販売するサービスだ。商品を実際に「見て選ぶ」ことができ、積んでいない商品の注文も可能だ。
「4年前に比べると確実に台数は増えています」と臼井さん。
数字でみると、2025年10月時点で、約1200台稼働、提携スーパーは145社で、利用者数はおよそ18万人。ここ10年で台数は13倍にも増えている。
こうした事業拡大の背景には、団塊の世代が75歳を超えていき、自力で買い物に行けない層が増加していることが挙げられる。
「足腰が弱くなり、自力で買い物に行けなくなる世代の層が厚くなっているんです。それに加え、免許を返納して運転ができなくなることで、遠方に暮らすお子さんから“これなら買い物できるよ”と提案されることも多いようです」
また「買い物難民」というイメージから、山間部や島などの過疎地、スーパーのないエリアでの運営を想像しがちだ。確かに、とくし丸は2012年に徳島県のスーパーを拠点に、2台の車でスタートしたのが始まりだ。
だが実際は首都圏も稼働台数が多い。
稼働台数の第2位は埼玉県の61台で(第1位は新潟県の66台)、大阪の55台は長野県と同数の第3位。東京都は43台、神奈川県と千葉県は40台だ(※2025年10月時点)。
「例えばUR(旧日本住宅公団)の団地、都営住宅など、いわゆる“ニュータウン”の住宅購入層が高齢者となり、近隣のスーパーの閉店に伴い、買い物難民になるなど、首都圏のニーズは高いんです」
最近では、築50年以上の横浜の汲沢(ぐみさわ)団地では、高齢化が進み、近隣スーパーの閉店や送迎バスの廃止で買い物難民が深刻化し、導入されたばかりだ。
東京都内では、世田谷区、杉並区、中野区といった住宅街はもちろん、四谷、神楽坂といった都心も、とくし丸の販売ルートだ。
「買い物の困難度は、単にスーパーへの距離だけではありません。例えば大きな幹線道路があり、信号が渡り切れない、歩道橋は使えない、坂道が無理などといっただけで、買い物が困難になるのです。なかには、スーパーの裏手に暮らす方でも、とくし丸を利用している方もいるんです」
便利な立地で暮らしていた人こそ、車のない生活をしていた人も多く、足腰が弱くなったことで急に買い物が困難になるケースもあるだろう。都会はエレベーターのない集合住宅に暮らす高齢者も多く、家の前まで重い荷物を運んでくれる移動スーパーは高齢者には大助かりだ。
また、再開発により一時的に買い物が難しくなる地域住民のために移動スーパーが登場するのも、東京ならではかもしれない。
中野区の沼袋駅と新青梅街道の間を南北に貫く通称“バス通り”と呼ばれる商店街の通りでは、道路拡幅工事により商店街が生まれ変わる工事が進行中。その期間中の代役として、週に一度、近くの公園での販売ルートが加わった。近くに小さなスーパーはあるものの、コミュニティ支援の一環として地元の商店会からの要請があったそうだ。
とくし丸がこれだけ移動スーパーの台数を増やしてきた背景には、独自のシステムがある。
実際にお客さんに商品を届けるのは「販売パートナー」と呼ばれる個人事業主。販売パートナーが提携先のスーパーから商品を仕入れ、決められたルートを巡回し、販売を代行するというもの。商品はスーパーの店頭価格に1品目につき20円が上乗せされ、これが販売パートナーの収益の一部になるというわけだ。販売代行なので、販売パートナーは在庫のリスクは負わなくてよく、スーパー側は販売の車や人を自前で確保する必要もない。
「かつてあった移動スーパーは、決められた一定の場所に店を広げて巡回する“待つ”スタイルでした。でも、それだと、その場所まで来られる方しか利用できないんです。とくし丸は、お客さんの自宅玄関先まで訪問し、個別に販売するスタイルが基本なので、自宅から出るだけで精一杯という高齢の方にも利用できるんです」
「とくし丸」の出店、販売ルートを決めるには、ニーズがあるかの事前調査が大切。
「数カ月の開業準備の中で、販売エリアを一軒一軒丁寧に訪問し、『お買い物のお悩み』に耳を傾けニーズを把握します。こうした一人ひとりに向けたヒアリングによって、本当にとくし丸を必要としている人が分かり、最適な停車ルートが見えてきます」
提携したスーパーは売上を確保でき、販売パートナーは仕入先、売り先をある程度確保したうえで事業が始められるメリットがある。
販売パートナーは40代、50代がメインだが、20代から70代まで幅広い世代が活躍中だ。
「もともとスーパーなど小売でお勤めだった方もいますが、まったく異業種から開業する方も多いです。なにかしら、社会に貢献できること、お客さまに喜んでもらえることをモチベーションとされる方が多いです。いわゆる“宅配ドライバー”と比べれば、女性も全体の1/4を占めるのも特色だと思います」
買い物をしているうちに世間話になり、これが定期的、継続的になれば、自然と「人対人」の付き合いになり、単なる店主と客の関係を超えていく。
販売パートナーと定期的に対話することは、ともすると“一日中誰とも話さない”高齢者にとっては一番の刺激になるようだ。定期的に顔を合わせることで、高齢者の安否確認や体調の変化に気づくきっかけとなるなど、「見守り」という役割を担っている。
「さらに、とくし丸は、販売パートナーが“見守る”ということにフォーカスが当たりがちですが、逆にお客さまからの心遣いやありがとうの言葉が、販売パートナーを支えてくれる部分もすごく大きいんです。例えば、猛暑時にはお客さんから差し入れドリンクをもらったり、販売パートナーの子どもの成長を親せきのように喜んでくださったりします」
販売パートナーにとって、“ありがとう”という言葉は励みになり、 “あなたから商品を買いたい”という関係性は仕事のモチベーションになるようだ。
「実は高齢者の方々は、“見守られている”のを良く思われない方もいます。自分が庇護されている存在であることに抵抗感があるんですよね。ところが、買い物は日常ですから、3日に一度の頻度でお会いするわけです。年間なら100回以上なので、日常的に買い物ついでに“見守る”ことができるんです」
ヘルパー、介護サービスとなると身構える方も、いつもやってくる「とくし丸さん」なら警戒心はない。そうした関係性から、遠方に暮らすお子さんと個人的に連絡をとる販売パートナーさんも少なくない。
「一人暮らしの親御さんが心配だというお電話をいただいて、“買ったものを写真で送りましょうか”というケースもあります。これは、特に会社側からのマニュアルではなく、販売パートナーさんとお客さまの関係性から生まれたものです。また、ある兵庫の事例では、自宅を訪問した際にいつも出てくるお客さまが出てこず、室内に入って意識のない状態を発見し、販売パートナーが救急車を呼んだ例があります。残念ながら、その方は2週間後に亡くなりましたが、その2週間の間に家族が集まり、一緒の時間を過ごすことができたと、ご家族から大変感謝されたそうです」
「買い物をする」「誰かと会話する」は単調になりがちな高齢者の日常にとっては、大きな娯楽だ。
「ベッドから起き上がるのも大変だったお客さまが、とくし丸が定期的に訪れるようになって、玄関まで歩けるようになったというようなお話はよく聞きます」
そのため、個人宅だけでなく、福祉施設にとくし丸がやってくること自体がレクレーションになるケースもある。
最近では、こうした個別の「見守り」体制から、自治体と連携し、包括連携協定へと発展するケースが増え、例えば、販売パートナーが地域の高齢者へのお知らせ(詐欺防止のチラシ、熱中症予防のチラシ、熊出没の警告)を対面で積極的に伝達する役割を担っている。
「いくら行政がチラシをポスティングしても、認知されないもの。普段から信頼関係があるパートナーから声かけして直接手渡される方が、内容が理解されやすいと、各自治体から評価されています」
現在、東京都では江戸川区、世田谷区、練馬区、新宿区、墨田区、八王子市など、全国で約300の自治体と見守り協定を結んでいる。こうした活動が評価され、総務省や消費者庁から多くの賞も受賞している。
また、災害時における貢献も重要だ。2024年元日に能登で地震が発生した際には、稼働していた移動スーパーを使って避難所へ生鮮品などの支援物資を無償配布した実績もある。
「警視庁と連携し、防犯意識を高めるための活動もあり、販売パートナーが自宅の戸締まりや特殊詐欺への注意喚起を行います」
「見守り以上、介護未満」――まだ自分のことは自分でできるけれど、日常的な買い物は難しい高齢者は多いだろう。介護保険を利用して、生活面をサポートするヘルパーを依頼しても、毎日ではない。「買い物をする」「誰かと話す」そんな日常を可能にする「移動スーパー」は、高齢者が増え続けるなか、今後さらに求められていくインフラかもしれない。
●取材協力
とくし丸
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