【写真】池井戸潤作品に共通する“まっすぐ”な主人公像を体現した伊藤淳史
愚直でまっすぐな人物像を軸に、リアルで骨太な人間ドラマを描くことで知られる人気小説家・池井戸潤。これまで数々のヒット作がドラマ化され、そのたびに大きな反響を呼んできた。12月27日・28日夜10時からは、池井戸の短編小説4編をオムニバス形式で映像化した「連続ドラマW池井戸潤スペシャル『かばん屋の相続』」(WOWOW、全4話[※第1話無料放送])が放送・配信された。そこで本記事では同ドラマに加え、社会現象を巻き起こした「半沢直樹」(TBS系、2013年放送)や、TBSの日曜劇場版(2015年、2018年放送)とWOWOW版(2011年放送)という2つの異なる形でテレビドラマ化された「下町ロケット」などの代表作を例に挙げながら、改めて池井戸作品の魅力を紐解いていく。
■思わず応援したくなる…誠実さを武器にする魅力的な主人公像
まず注目したいのは、池井戸原作ドラマに共通する主人公像だ。彼の描く主人公たちは、決して最初から華々しい成功者として登場するわけではない。むしろ、組織の中で声が届きにくい立場に置かれ、理不尽な圧力や不条理と向き合う“現場の人間”として描かれることが多い。
その主人公像に共通しているのが、“誠実”“まっすぐ”“情熱家”という要素である。状況に流されることなく、自分なりの正義や信念を貫こうとする姿勢こそが、池井戸作品の核と言えるだろう。
例えば、町工場の技術者たちの誇りを描いた「下町ロケット」の主人公・佃航平。彼は目先の利益よりも技術者としての矜持や社員への責任を優先する人物だ。巨大企業との競争や資金繰りに追い詰められながらも、社員を信じ、自分たちの技術に誇りを持ち続ける姿は、多くの視聴者の共感を集めた。
また、最終回の視聴率が42.2%という驚異的な数字を記録した「半沢直樹」の主人公・半沢直樹(堺雅人)も、大組織の出世争いに巻き込まれながら、不正やごまかしを決して見過ごさない強い正義感を持つ人物として描かれている。敵を作ることを恐れず、信念を貫く姿はまさに池井戸作品を象徴する存在だ。
絶体絶命のピンチに立たされながらも、実直に、信念を持って行動し、そしてひと筋の光を手繰り寄せて逆境を跳ね返していく。近年流行している「スカッと」を超越するカタルシスが池井戸作品の魅力だろう。
そして「かばん屋の相続」第4話「かばん屋の相続」の主人公・小倉太郎(藤原丈一郎)もまた、現場に足を運び、人に寄り添う姿勢を大切にする信金マン。誠実さを武器に周囲と信頼関係を築いていく姿は、池井戸作品の主人公像をしっかりと受け継いでいる。
さらに第3話「セールストーク」の主人公となる京浜銀行の融資課長・北村由紀彦(伊藤淳史)も、不審な資金調達の動きを見せる中小企業に対し、揺るぎない正義感をもって真正面から向き合っていく人物だ。
作中では、曖昧な説明で事実を覆い隠そうとする小島印刷の社長(石黒賢)に詰め寄り、北村が胸の内に秘める熱い思いをあらわにする場面も。立場や損得に左右されず、“不正は決して見過ごさない”という信念を貫く北村の姿勢は、池井戸作品が描き続けてきた“まっすぐな主人公”のあり方を体現している。
こうした自分なりの正義に従って行動する主人公たちの姿に、視聴者は自然と「最後まで見届けたい」「応援したい」と感じるのだろう。
■序盤の常識を覆し、視聴者を一気に引き込ませる“意外な真実”
池井戸作品のもう一つの大きな魅力は、巧みに練られた物語構造にある。彼が手掛ける多くの作品では、序盤に“誰にでも分かりやすい”構図が提示される。「善と悪」「被害者と加害者」「勝ち組と負け組」といった対立関係が明確に描かれ、物語の方向性が一見すると単純に見えるのだ。
しかし、物語が進むにつれてその構図は徐々に揺らぎ始め、やがて当初の常識を覆す“別の真実”が浮かび上がってくる。
「下町ロケット」では、佃製作所が大企業との競争や資金繰りに苦しむ姿が描かれるが、その背後では特許を巡る駆け引きや業界内の力関係といった“見えない戦い”が動いていることが明らかになっていく。
「半沢直樹」も、序盤は上司との対立や取引先との軋轢を描いたビジネスドラマのように見える。しかし物語が展開される中で、その対立が銀行組織全体の権力構造や、金融業界に根付く暗黙のルールと密接に結びついていることが浮き彫りとなる。
もちろん「かばん屋の相続」も例外ではない。第1話「十年目のクリスマス」では、かつて融資を担当しながらも救えずに倒産させてしまった神室電機の元社長・神室(上川隆也)と、銀行員・永島(町田啓太)が10年ぶりに再会するところから物語が動き出す。一度はすべてを失ったはずの神室だが、なぜか羽振りが良さそうな姿に疑問を抱き、真相を追い始める永島。やがて、“倒産=失敗”という単純な図式では語れない事情が浮かび上がり、序盤で提示された常識が静かに覆されていく。
こうした“意外な真実”を随所に織り込むことで、「本当の敵は誰なのか」「この人物は本当に味方なのか」という緊張感を生み出し、視聴者を一気に物語へと引き込んでいくのだ。
■勧善懲悪のストーリーによって生み出される痛快な逆転劇
池井戸作品の醍醐味として、“悪が裁かれ、正義が報われる”という勧善懲悪の構図を基盤とした逆転劇も欠かせない。理不尽な圧力や不正に追い込まれながらも、最後にそれらをひっくり返す展開は、視聴者に強烈なカタルシスを与えてきた。
その象徴的な例が「半沢直樹」だろう。半沢が放つ名ゼリフ「倍返しだ!」は、上司や取引先による不正を暴き、立場の弱かった側が一気に形勢を逆転する瞬間を象徴するフレーズとして社会現象化した。理不尽な権力構造の中で泣き寝入りを強いられてきた人物が、正攻法で相手を追い詰める――その明快な逆転こそが、多くの視聴者を熱狂させた。
「下町ロケット」でも同様に、佃製作所は大企業からの特許侵害訴訟という圧倒的不利な状況に追い込まれる。しかし、技術への誇りと粘り強い交渉、そして法廷での攻防を通じて、巨大な力に立ち向かい、状況を覆していく。弱者とされる町工場が、不正や理不尽に屈することなく正当性を証明していく過程は、まさに池井戸作品ならではの“逆転劇”と言えるだろう。
ここで描かれる逆転は、単なる“正義が勝った”という結果だけではない。主人公が「正しさを貫く覚悟」を持って選択することにこそ意味がある。選択を誤れば、立場や信頼、時には自らの居場所さえ失いかねない緊迫した状況の中で、信念を貫いた末に訪れる勝利だからこそ、物語は深い余韻を残すのだ。
「かばん屋の相続」第4話でも、老舗かばん屋である“松田かばん”の相続を巡り、長年店を支えてきた次男・均(中尾明慶)ではなく、家業に関わってこなかった長男・亮(青柳翔)が後継者となる危機的状況が描かれた。理不尽とも言える現実を前に、自らの信念に基づいた選択をとり、新たにかばん屋を創業した均。その決断がどのような“逆転”を導くのかが、本エピソード最大の見どころとなっている。
■企業ドラマであり人間ドラマ…池井戸作品がリアルに映し出す人間関係
そして池井戸作品で繰り返し描かれてきた銀行や町工場を舞台にした“企業ドラマ”の根底には、単なる経営や取引の話を超えた、人間関係の物語が存在する。内部派閥や上下関係、責任の押し付け合いといった組織のマイナス面だけでなく、困難な状況の中で育まれる信頼や絆といったプラスの側面も丁寧に描かれているのだ。
「半沢直樹」では、バブル期入行組の同期同士の関係や、旧産業中央銀行と旧東京第一銀行の出身者同士の対立など、銀行内の出自や立場が人間関係に色濃く反映されている。そこに個々の性格や感情が絡み合い、一言では言い表せない濃密な人間ドラマが展開していく。
「下町ロケット」でも、佃製作所のメインバンクである白水銀行の融資担当者や支店長の態度が、立場や状況によって変化する様子が描かれ、企業社会のリアルな一面を映し出している。
そして池井戸作品の奥深さは、こうした人間関係の“ドロドロ”とした部分だけにとどまらない。取引先や家族、仲間といった人々との間に生まれる絆や葛藤を丁寧に描くことで、物語全体に確かな人間味と温度を宿らせている。
「かばん屋の相続」第2話「芥のごとく」では、産業中央銀行の新人行員・山田一(菅生新樹)と担当先である土屋鉄商の女性社長・土屋年子(黒木瞳)が、まるで親子のような信頼関係を築いていた。また第4話でも、太郎が担当する松田かばんの家族(均や彼の妻)から“太郎ちゃん”と親しみを込めて呼ばれる姿も印象的だった。
銀行と中小企業という利害関係が前提にある中でも、確かな人間関係を描き出す――それこそが、池井戸作品が世代を超えて支持され続ける理由なのかもしれない。
誠実さ、正義、そして人と組織の関係性。池井戸潤が長年描き続けてきたテーマは、「かばん屋の相続」においても色濃く息づいている。本作は、池井戸作品の魅力を再確認すると同時に、その奥深さを改めて味わえる一作と言えるだろう。
なお、動画配信サービス・WOWOWオンデマンドでは「連続ドラマW池井戸潤スペシャル『かばん屋の相続』」に加え、連続ドラマW「空飛ぶタイヤ」「下町ロケット」「株価暴落」「アキラとあきら」「鉄の骨」「シャイロックの子供たち」など、多岐にわたる池井戸原作のドラマを全話配信中。
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